会社の研修で「心に残った嬉しい言葉・嫌な言葉」のアンケートをとると,ほとんど次のようになる。
● 嬉しい言葉―自分の存在価値を認め,賞賛し,励ましてくれる言葉。
【例】「ありがとう。君だからできたんだ」「君ならきちんとできると思っていた」「予想以上にすばらしい出来栄えじゃないか」「頑張ったのだから,しばらくゆっくり骨休みしなさい」「また次に期待しているよ」
● 嫌な言葉―自分の失敗をことさらに追及し,罵倒し,感情を逆撫でする言葉。
【例】「なんだ,この程度しかできないのか」「新人レベルじゃないか」「何年ここの釜の飯を食ってるんだ」「給料泥棒みたいなやつだ」「期待はしてなかったけどな」「これなら別の人に任せるんだった」

部下を罵倒する上司はすでに管理者の資格がない

良好な人間関係を保つために,またモチベーション・マネジメントの観点からも,言葉遣いには繊細な配慮が欠かせない―などということは誰だって知っている。にもかかわらず,忌み嫌われる管理者の多くは,今もってこの程度の配慮ができず,部下との間に不
協和音を発生させている。
 人生観や仕事観のズレ,性格の問題などは二の次と言ってかまわない。現実にはどこの職場でも,「ちょっとした言葉遣い」の問題のほうが,はるかに大きな障害を発生させる。管理者にとって,部下とのコミュニケーションで大切なのは「現実的な効果を高める」ことである。お互いを理解し合う,士気を向上させる,能力を発揮させるなど,すべて現実的な効果を高めるために言葉を交わしているといってよい。
 上に立つ者が部下の失敗を罵倒し,感情を逆撫でする言葉を並べたてるのは,感情的になるあまり,コミュニケーションの目的を忘れているからに他ならない。
 管理者個人が感じたナマの印象(例えば“こんなこともできないのか”“よくそれで給料をもらえるもんだな”“君と一緒に仕事をするのは不本意なんだ”といったこと)を率直に披露したところで,何の意味もない。人についての短絡的なマイナスの評言は決して口にしないことを,日頃からポリシーにしておく必要がある。
 思わず口を滑らせてしまうことは誰にだってあると,弁護に回りたい方もいるかもしれない。しかし「思わず口を滑らせてしまうこと」は,リーダーの立場にある者にとっては許されない罪だ。結果の重大性を考えれば,それだけでリーダー失格の烙印を押されても仕方がないほど致命的な事柄なのだから。口の災いが人に与える大きな影響について考えてみれば,たやすく理解できるはずだ。

人を励まし,傷つけもする 言葉の魔力

どこの会社でも,コスト意識の必要性については社員に徹底して教え込んでいる。費用対効果の観点から不要なコストはないか,常に点検するようにと指導している。この「対効果」という視点を,人の上に立つ者はコミュニケーションにおいても忘れてはいけない。
 ソニーの工場長を務めた人事教育コンサルタント片山寛和氏の名言に「すべての対話はモノローグ(独白)にすぎない」というものがある。相手のことを思いやりながら話しているようでも,人間の対話は独りごとのキャッチボールにすぎない。やや誇張的な感じはあるものの,“話す”という行為の本質を的確にとらえた言葉だ。
 人に対するマイナスの印象表現は,職場に爆発物を持ち込むことにもなりかねない危険なモノローグである。口にする者のストレス解消には役立つかもしれないが,「対効果」を考えると,非常に高くつく行為と言わざるをえない。研修で,ある会社の営業社員の方が「心に残った嬉しい言葉」のアンケートに,こんなことを書いていた。
 「1 ヵ月の売上げが過去最低を記録してしまい,上司から大目玉を食らうだろうと覚悟していたところ,『分かった。事情はいろいろあったんだろう。来月に期待している』とだけ静かに言われた。自分は信用されているんだと思って,それがとても励みになりました」
 翌月には前月の未達成分を補って余りあるほどの成績を上げたそうだ。
 人を見て法を説かなければならないことは言うまでもないが,どうせなら落胆にではなく,励ましにつながる表現の仕方を工夫したいものである。言葉とは,口から発せられるそばから消えていく,か弱いコミュニケーションの道具にすぎない一方で,人の思いを激しく奮い立たせる灯火ともなれば,逆に人の心のつながりを一瞬にして断ち切る刃物にもなる。
 「白き圭たまの欠けたるは尚磨くべきなり。この言の欠けたるは為すべからざるなり」。中国の古典『詩経』にある格言だ。玉についた瑕きずは磨けば治るが,人の失言は取り返しがつかない。南容という者がこの詩句を自戒の言葉としていると知って,孔子は安心してこの男に姪を嫁がせたという。

コミュニケーションの違いが 業績の明暗を分ける

さて,こんな話を長々と綴ったのには理由がある。つい最近,某社の2 つの営業所で同じ研修を行う機会があった。それぞれの職場でのコミュニケーションが,そのまま業績に反映しているのを知り,改めて「物言いの大切さ」というものに深く思いを致す機会となった。両営業所の所長をはじめ社員の能力には,ほとんど差は感じられなかった。同じような経営環境と条件のもと,同じツールと営業方法で顧客開拓をしていた。一方は人を認めるコミュニケーションが多く,他方は頭ごなしのやりとりが多く見られた。当然のことながら,「上下のコミュニケーションは良いですか」「信頼関係は築けていますか」との問いに,明らかな違いが出た。
 “甘え”や“なあなあ”の関係を勧めるつもりは全くないが,コミュニケーションのあり方については,人事教育部門が中心となって,もっと全社的に注意を喚起する必要があるのではないか。景気後退に伴って,さらにギスギスした職場が多くなったのを見るにつけ,その感を強くする。
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