念願のマイホームを建てた筆者の友人が,興味深いことを言った。
 「上から目線での物の言い方は,相手が専門家でも,いやだね」
 注文住宅の設計を依頼した業者に腹を立てたというのである。打ち合わせの段階で,こちらが注文を出すたびに,「それはやめたほうがいい」「ふつうはこうするものだ」と口をはさむ。相手は名の通った業者なので,はじめはプロの助言だと考えて引き下がったものの,そのうち気分が悪くなってきたというのだ。
 「注文住宅のはずなのに,ほとんど客の注文を聞いてくれないんだ」
 二度の交渉の末,そこはやめることにし,別の業者に発注した。結果として,とても満足のいく家を建てることができたという。

「先方の意見をよく聞く」 ─この基本を貫けるか?

  新築の家に招かれて,筆者はこのような話を披露されたわけだが,コンサルタントとして参考になる点が多々あった。
 友人が出した設計上の注文は,実は二軒目の業者にもそれほど採用されなかった。家全体の設計から見ると,採用し難いおかしな注文が多かったのだろう。にもかかわらず,彼は納得し,家の出来栄えに満足していた。
 例えば次の2 つの注文は,一軒目の業者にも二軒目の業者にも,やめたほうがよいと言われ,実現しなかった。
①空が見えるように大きな天窓を設け,すぐ近くの壁にも別の窓をつけたい。
②室内は全面グリーンにして,目に優しい自然な色合いを楽しみたい。
 一軒目の業者は,①について設計上,無理があると却下した。②については,モニターでCG画面を見せ,グリーンの室内は暗く陰気になるからやめるよう進言してきた。
 二軒目の業者も,結果として採用しなかったが,客の意見にはしっかりと耳を傾け,よく理解したうえで別の提案をしてきたのだ。
業:「どうして天窓の近くに別の窓を作りたいのですか?」
客:「私は風を浴びながら空を眺めるのが好きなんだ。部活も天文部だったから」
業:「そうですか。夏などは気持ちがよいでしょうね」
客:「このあたりは空気がきれいだから,星がよく見えると思うんだ」
業:「分かりました。では,涼しく星が眺められるよう考えてみましょう」

意を汲んだ代替案こそ 納得と満足をもたらす

  こうしたやりとりを経て数日後,業者は新しい提案をしてきた。それは風がよく通るよう,ドアの位置との兼ね合いから,天窓とは離れたところに窓を作る案だった。夏はドアを開けておけば,この窓から涼しい風が吹き込んでくる。それは天窓の下に座ってくつろぐ主人に,快適な空間を提供するだろう。
 要するに,大きな天窓のそばに別の窓を設けるのは設計上難しい,あるいは予算よりだいぶ費用がかさむということなのだ。だから一軒目の業者は難色を示した。二軒目の業者は,キャッチボールをしたうえで客の考えを把握し,それに沿った代替案を示した。
 室内の色合いについても,この業者は「グリーン」という客の指定ではなく,「目に優しい自然な色合い」という“価値観”のほうに着目した。客は自然な色合いをかもすためにグリーンの壁にしたいと言っているにすぎない。グリーン一色の室内は,実際に暗い印象になるようで,後悔する客が少なくないのだ。ということで,業者はこう言った。
 「グリーンは庭の芝生がばっちり保障してくれますから,壁紙は芝生の緑がよく映える色にしてはいかがでしょう」
 芝生の緑を背景にして,よく似合う壁紙は何色か。業者はパソコンの画面でバリエーションを示した。客はその中からベージュの花柄を選んだ。
 どちらの例も,客の注文はそのままの形で採用されることはなかった。それでも客は,まるで自分の意見が聞き入れられたかのごとく二軒目の業者の提案に満足したのだ。肝心なのはこの点である。
①人は自分の意見が反映された案には納得しやすい。
②逆に反映されていない案には反発を覚える。
 交渉ごとは,勝ち負けを決めるゲームではない。相手と協議することによって問題の解決を図ることが本質なのだ。そうであれば,できるだけ先方の意を汲んで解決策を考えるのが,交渉を進める人の常道といえる。

代替案の発想に役立つ 「オズボーンのチェックリスト」

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