忙しくても人が定着する店 ヒマでも人が辞めていく店
 最寄り駅のすぐ前に, 2 軒の焼き鳥屋がある。味に大差はないが,一方は連日満員の大盛況,他方は閑古鳥が泣いている。この差はどこにあるのだろうかと,ひとり手酌でやる口実を兼ねて,じっくり観察してみた。
 満員盛況のA店の従業員は,いつも忙しいにもかかわらず,みな活気に満ちている。焼き物を一手に引き受けている店長の,要領を得た指示に従って,すみやかに立ち働いている。
「3番席にカシラ10本あがり!」
―「かしこまりました!」と間合いよく,うるさくはならない範囲で元気よく動く。それが店全体に律動的なリズムをかもしだし,客は気分よく美酒に酔いしれる。

 客のまばらなB店のほうは,店長がのべつまくなしといった感じで,従業員を叱っている。「早くお通しを出してこい!」「おい,鳥刺しのワサビが少ないじゃないか!」と,指示の一つひとつが喧嘩腰なのだ。それはいやおうなく客の耳にも入り,どうも腰が落ち着かない。もっと静かに酒を飲ませてくれよと言いたくなる。

 A店の店長も叱責に近い指示を出すことはある。しかし「○○君,オーダーはきちんと復唱しよう。お客さんも安心なさるよ」「お待たせしたときは『お待たせして失礼しました』と頭を下げてごらん。キミもお客さんも,すっきりするから」といった具合に,小声でていねいに注意する。客の耳に入っても不快感はない。

 超満員の日は,ひと段落すると「今日はご苦労さま。少し早いけど,あがっていいよ」とねぎらいの言葉をかけ,大入り袋を進呈する。筆者がいくら入っているのかと尋ねると,「ほんの気持ちだけです」とのことだった。せいぜい500円玉ひとつというところだろう。

それをもらうとき,従業員はとても嬉しそうな顔をする。お金で釣るほどの中身ではない,気持ちの問題なのだ。忙しくても忙しくなくても決まった時給で働く者たちへの心づかいが込められているのだ。わずか5分か10分の早帰りとねぎらいの言葉,そして大入り袋。それがどれほど価値あるものかは,もらった人にしか実感できないだろう。

 かくして,従業員を観察すると多くの労働を求められるA店のほうが人の入れ替わりが少なく,ノンビリできるはずのB店のほうが人が居着かないという現象が生まれている。B店の店長は,慣れた頃には辞めてしまう従業員に腹を立て憂鬱を深める。「今どきの若者は」などと愚痴をこぼし,次の若者にも高圧的に振る舞うのだろう。両店の格差がますます大きくなっていくのは目に見えている。焼き鳥屋のみならず,B店タイプのマネジャーでありながら「今どきの若者は」と嘆いている人が少なくないように感じるのだが,いかがだろうか。

褒めて信頼関係を築き 馴染みの客になる人

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