経営環境が厳しさを増す昨今、現場を率いる管理職の業務負荷もますます増大しています。しかし一方で、リーダー層の人口は今後減少することが予想されており、次世代リーダーの育成は年々難しいものになってきました。そこで本講演では、『人材版伊藤レポート』で人的資本経営の方向性を示された一橋大学CFO教育研究センター長・伊藤邦雄氏と、社外人材による1on1で「個の変容」に伴走し、自律的な組織づくりをサポートするエール株式会社 取締役・篠田真貴子氏にご登壇いただき、持続的な企業成長につなげる次世代リーダー育成のための仕掛け、仕組みについてお話いただきました。
持続的な企業成長につなげるための“次世代リーダー育成”

人的資本経営時代の次世代リーダー育成の重要性

一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤邦雄氏

人的資本経営時代の次世代リーダーの選び方や育成方法は、時代とともに大きく変わってきています。従来は、現社長がOJTの中で、それなりの「優秀」者を選び、継承していくことで、企業は連続成長・安定経営が可能でした。しかし環境変化がますます激しくなるこれからの時代は、次世代のトップは「非連続の成長」をリードしなければならないため、新しいリーダーシップ・スタイルが求められます。したがって、求められる役割も要件もスキルセットも変化し、それにともなって人材の発掘・開発方法も変わっていかなければならないのです。

歴史家で昭和史の大研究家でもあった半藤一利氏は、長年の研究の蓄積の中で次のように語っています。「日本人は国民的熱狂を作って流されやすい」「重要な危機に直面したとき、日本人は抽象的な観念論を好み、具体的な理性的方法論を全く検討しようとしない」「日本型タコツボ社会における小集団主義の弊害がある」「世界を大局的に見て、国際社会の中の日本の位置づけを客観的に把握していなかった」「何か起こった時に、対症療法的なすぐに結果を求める短兵急な発想をする」と。これらの言葉は私自身、大事な教訓としています。そして半藤氏のこの警鐘を踏まえて、これからの時代はそうではない人たちがリーダーになる必要があります。求められる要素は大きく分けて4つ。プロフェッショナリズムと、統合力、対話力、そして人間力です。それぞれのポイントについてお話しいたします。

まずは統合力です。昨今、経営空間は広がりながら複雑化しており、企業にとってはさまざまな事柄が喫緊の課題となっています。人材戦略、脱炭素・気候変動、ESG・SDGsなど、どれか一つだけ突き詰めればよいというわけではなく、これらを統合的に使い分ける能力、ケイパビリティが不可欠なのです。神、あるいはプロフェッショナリズムは細部に宿りますが、新たな価値は各技の統合から生まれます。また最近ではこうした情報を財務情報、非財務情報の2種類に分けて開示する必要があり、さらにこれらの情報をもとに、従業員、投資家、ステークホルダーときちんと対話していかなければなりません。

時代は流れますので、その時々で必要なテーマも変わっていきます。それを流行りというならば、これからのリーダーは、流行りを追う「器用」人材から、「蓄積力」「統合力」を持つ人材へと変わっていく必要があるでしょう。例えばこれまで私は、伊藤レポート1.0では資本コストや稼ぐ力、伊藤レポート2.0ではESG・無形資産投資、伊藤レポート3.0ではSustainability Transformation(SX)などの重要性を提唱してきました。するとその時々で、追い求めるテーマが切り替わっていると思われる方がいらっしゃる。しかしこれらは切り替わり方式ではありません。いわば3階建てのような多重蓄積型なのです。そして私はこうした「蓄積力」や「統合力」を兼ね備えたリーダーが必要だと考えています。

「〇〇さんは優秀だよね」と、いい意味でレッテルを貼られると、新しいプロジェクトが立ち上がるたびに、いつもそういう「優秀人材」だけが呼ばれるわけですね。しかし私はもうそういう時代ではなくなってきていると感じます。一言で言うなら、「優秀」人材から「真の経営リーダー」へとトランスフォームする必要があるでしょう。言い替えるならば、「優秀」の定義を変える必要があるのです。つまり過去に成功体験のある人よりも、未来に成果を出せそうなポテンシャルを持っていそうな人を見出し、比較的若い時から修羅場体験を踏ませることが重要だと思います。

また経営人材の質や、後継人材の評価軸を変えていく必要もあるでしょう。特にマインドバリアーの低い人材の登用・育成が重要です。さらに早めのタフアサインメントを課して、技を磨いてもらう必要もあります。しかもタフアサインメントは1回だけではなく、繰り返すこと。一つの事業部門だけではなく、いくつかの事業を経験し、かつコーポレートと事業分野を両方経験するということも欠かせません。リーダーが育つ確率を高めるために、研修と配置転換の往復運動をどのように設計し、実践するか。ポイントは知的修羅場から実践的修羅場への転換にあると思います。
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