馬脚を現した営業担当者たち
・態度に表裏のある人

 もう30年も昔のことである。社会人1 年目,出版部の編集者見習いの私はその日,上司の編集長とともに自社の応接室にいた。相手は印刷所の営業部長と部下1 名。ぜひわが社を新規参入させてくれるようにと営業に見えていた。
「編集長さま,どうぞ私どもをお引き立てください。よろしくお願いいたします」
 営業部長はそう言って深々と頭を下げ,しばらくは身動きもしなかった。仕事で人に頭を下げるときはこのようにするものなのかと,私は素朴な感動を覚えた。
 「編集長さま」という呼び方には少し違和感があったが,時候のあいさつから簡潔な会社説明,ツボを押さえたセールストークにさりげない殺し文句の挿入など,営業部長の話は巧みで耳に快かった。編集長は断る理由を見つけるのが大変だろうな,と思ったものだ。その直後に緊急の電話が入って,編集長がしばらく席を外した。私は見習いらしくお茶を替えたり,灰皿をきれいにしたりしていた。すると背後で,「何かここ,暑くないか」「そうですよね。暑苦しいですよ」
 部長と部下がひそひそと話す声が聞こえた。私が部屋の隅にいるのは承知のはずだが。「あれ,何て書いてあるか読めるか」「読めっこないですよ,あんなの」「読めないものを飾っておくなって。ハハハ」「意味ないですよね。ハハハ」─応接室の壁に掲げてある額縁を指して軽口を叩いていた。それまでの行儀のよさは影をひそめ,品のないおしゃべりに終始している。そのやりとりを聞いて,私はすっかり落胆してしまった。彼らにとって営業の相手とは,決定権のある編集長であって,何の権限もない私など眼中になかったのだ。
 やがて編集長が戻ってくると,2人は一瞬にして営業用の態度に戻った。そして再び非の打ちどころのない営業トークと営業スマイルを披露するのだった。
 結局この印刷所と取引することはなかった。「君はどう思った?」と上司に聞かれて,私は否定的な見解を示した。理由を語ると,上司は黙ってうなずいた。
 その後もたびたび同じような席に同伴させてもらい,あとで意見を求められた。さすがに先の例ほど露骨に表と裏を見せる営業マンはいなかったが,似たような感じでフッと馬脚を現す人はよく目にした。

・心のネクタイを緩めてしまう人

よそ行きの装いでしっかり身を固めても,それが板についていないと,気を抜いたときに本性が垣間見えるものだ。「化けの皮がはがれる」といっては厳しい指摘かもしれないが,要するにそういうことである。
 つい先日,この昔話を知人の女性にしたところ,さらに面白いエピソードを聞かせてくれた。「うちなんか,その手の人がワンサカやってくるわよ」
 彼女は女性社員だけで運営している会社の経営者だ。そのこともあって,新規の売り込みが非常に多い。彼女はそれを逆手にとり,営業マンへの対応にはわざと“いまどきギャル風”の若い社員をアシスタントにつける。責任者が中座すると,それまで誠実そうなトークに終始していた男の態度が変わるのだという。「ここは皆さん,きれいな方が多いですね」
 はじめはそれでも,丁寧な口調だ。「あら,そうですか。若い子ばっかりなものですから」
 気軽に応じてみせると,探りを入れるような調子になる。「結婚している方も多いんでしょうね」「社長はまだ独身なんですか?」「いずれ合コンでもやりましょうよ」─。営業のターゲットとなる相手には作法通りの受け答えをするが,“その他”に対しては態度が崩れ,心のネクタイを緩めてしまう。そんな営業マンが現実に少なくない。
 女性経営者はアシスタントから報告を聞いて,この手の会社はすべてリストから外すことにしているそうだ。「そんなにひどいところが多いのですか?」と尋ねると,「率にしたら,イチロー選手の打率並みでしょうね」とのこと。「3 割以上?」「4 割も夢じゃないってところかしら」
 今,エラい人に取り入ることばかり考えている者は,“今エラくない人”には目を向けようとしない。目を向ける仕草はしても,心がこもっていないから慇懃無礼になり,相手に悟られてしまう。それが災いして,大事な局面で失態をおかすケースがよくある。

・他社(者)の悪口を言う人

また,A社に行くとB社の悪口を言い,B社に行くとA社の悪口を言う人。営業関係者の中に意外とこのタイプを見かける。その場その時の相手に好かれようとするあまり,競合会社をおとしめる発言をするのだ。「私はあなたの側の人間ですよ」と,一種の忠誠心を示そうとする心理が働くわけだが,残念ながら本人の意図に反して,相手の信頼を勝ち得ることはできない。
 「あそこの新商品は売れてないそうですよ」と言ったとしよう。単に情報を伝えるだけなら,別の商品が売れているときにはその情報も伝えるだろう。しかし取り入ろうとする人は「あそこは売れてない」に類する情報しか伝えようとしない。商品だけでなく,人事や財務などさまざまなマイナス情報を「ここだけの話ですが」と,いかにも秘密めかした雰囲気で語ったりする。他社の悪口を言うことで取り入ろうとする思惑しかないからだ。
 この思惑は,やがて相手に見透かされる。よそに行けば同じようにウチの悪口もしゃべっているのだろうと。それは当人の表情や語り口調を注意していれば,おのずと察せられる。特別な洞察力などなくても,ある程度の場数を踏んだ人間には察しがつくのである。

品性を磨くには?

相手の歓心を買おうとすることと誠意を尽くすこととは,似て非なる態度だ。伸びる営業マンはその微妙な境界線を無意識のうちに体得している。ひとことで言えば「品性を磨くことが肝要」ということだが,その程度のことは誰でも理屈では分かっている。理屈では分かっていても,なかなか行動が伴わないところに,人間の難しさがある。SBIホールディングスの北尾吉孝氏や,ワタミの渡邊美樹氏などが推奨するように,「まずは『論語』を読め」ということになるのだろうか。
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