何か話材になりそうなエピソードをと思い,研修や朝礼などで使えそうな話をいくつかご紹介する。
自分の好きな仕事を求めるよりも、与えられた仕事を好きになることから始めよう。
~稲盛和夫氏から佐伯昌隆へ~
ソニーの井深大,ホンダの本田宗一郎,パナソニックの松下幸之助と続く創業者列伝に,この人も連なるだろう。京セラを興し,第二電電(現・KDDI)を育てた稲盛和夫氏。経営の第一線にある頃から若手経営者養成のための「盛和塾」を立ち上げ,産業界全体の底上げにも尽力してきた。今年は日本航空の建て直しに取り組まれる。
 井深大や本田宗一郎は,初めから自分の好きな分野で起業したが,稲盛氏は違った。いつつぶれてもおかしくない小さな碍子メーカーに就職し,たまたまファインセラミックスの研究を始めることになった。4 年間のサラリーマン生活を経たあとで,仲間と京セラを設立する。その体験をもとに,稲盛氏は若いビジネスパーソンにこう説いている。
 「自分の好きな仕事を求めるよりも,与えられた仕事を好きになることから始めよう」 社会に出る段階で,好きな仕事や専門が決まっている人は,むしろ少数派だ。どんな分野であれ,即戦力となる能力なり技術なりを持っている人となると,ほんのひと握りではないか。そうであれば,あれがやりたい,これはいやだと言う前に,与えられた仕事に全力を注いでみること。そうするうちに,今の仕事が好きになってくる。好きになれば,結果としてその仕事が天職にもなる。だから,こうも言う。
 「『天職』とは,出合うものではなく,自分でつくり出すものなのだ」
 こうした稲盛氏の言葉を人生訓として,律儀に学んでいる者が,筆者の周りにも大勢いる。名前を出した佐伯昌隆もその一人。
 「素直な心,熱意,努力といった言葉は,あまりにプリミティブなために,誰も気に留めない。しかし,そういう単純な原理こそが人生を決めていくポイントなのだ」
 こんな言葉も佐伯から紹介してもらった。松下幸之助の言葉ではないかと思うほど,よく似たフレーズである。伸びる人とは,結局のところ「単純な原理」を大切にする人,それを貫き通すことができる人,という点で共通する。

多治見で一花咲かせてみろ。今辞めたら、どこに行っても同じ繰り返しだぞ。

~支店長から河田哲也氏へ~

「七五三」という言葉について説明はいらないだろう。入社3年後の平均離職率は,景気が良いときだけの話ではない。就職氷河期といわれた時代でも,この数値はほとんど変わっていない。キーワードは,今も昔も「自分さがし」と「自己実現」であるようだ。納得のいく天職を見つけたい。ここではないどこかに自己実現の場があるのではないか。そう考えて,多くの若者は自分さがしの旅を続ける。
 天職とは何だろうか。「生まれながらにして身に備わっている職務」などと説明している辞書が少なくないが,そんなものが,果たしてあるものだろうか。筆者は若者から相談を受けたときは,『新明解国語辞典』の定義を紹介することにしている。
 「その人が満足して従事している職業」というものだ。生まれながらに備わっている職務と考えると,先天的に決まっているように感じるが,満足して従事している職業と解するなら,後天的に決まる。つまり,一生懸命になって働いてみなければ,天職かどうかを判断することはできないのである。「ここではないどこか」に憧れる前に,「今ここで」全力を傾けてみること。
 掲げた言葉は,新聞の特集記事で目にしたものである(朝日新聞2009年10月14日夕刊)。河田哲也氏はGifu BMW多治見支店の営業マン。入社してしばらくは成績が上がらず,「田舎じゃ輸入車は売れない。会社をやめようか」と悩んだ。そのとき支店長からこの言葉をかけられた。それで迷いが吹っ切れたというのだから,心の柔軟な若者だったのだろう。入社5年目には年間122台の新車を売って,全国のトップセールスとして表彰されるまでになった。人口10万の地方都市でも,その気になればトップを記録することができると実証してみせた。これはすごい数字である。
 「やればできるは魔法のことば」
―数年前,夏の甲子園に初出場で初優勝を飾った済美高校(愛媛県)のユニークな校歌が話題になった。同様に,「ここで一花咲かせてみろ」は,社会人にとっての魔法の合言葉かもしれない。

心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。人格が変われば運命が変わる。

~山下智茂監督から松井秀喜選手 へ~

元はヒンドゥーの教えともアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズの言葉とも言われるが,星稜高校の野球部時代に恩師・山下智茂監督から授けられたこの言葉を,松井秀喜選手は座右の銘にしている。「今も自分の心の中で輝いている宝石のような言葉です」と言って。
 日本のプロ野球からアメリカのメジャーに移籍してプレーを続けている松井選手を見ていると,一人別格の境地にいるのではと感じる場面が多々ある。「けがを治すのも修行のうちだと思います。しっかり治して出直します」とは,左手首を骨折して連続試合出場の記録が1,768試合で途切れたときのインタビューだ。特に気負いも落胆の色もなかった。
 「自分がコントロールできないものに気をもむのではなく,できることを精いっぱいやりたい」とは,守備の機会を与えてくれない監督に言いたいことはないか,との質問を受けたときの答え。
 淡々としてすべてを受け入れ,いつも同じ柔らかな物腰で語る姿には,風格のようなものが漂っている。気取らず,率直な態度で,無理がない。メジャーリーグで活躍している選手の中で,おそらく最も記者団からリスペクトされている人物だろう。
 その雰囲気にいちばんぴったりする言葉は「平常心」。これは本人の著書のタイトルでもある。
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