「越境学習」という学習形態が、企業をはじめ様々な場面で注目を集めている。しかし、その実態については、いまだ企業や人事担当にとってなかなか捉えにくい。越境体験を通じて、学習者にはどのような学びが生じるのか? そしてそれはどんな場面で生じるのか? 本記事では、越境学習の代表的な実施形態であるALIVEプロジェクトの約3ヵ月間について、キックオフ~プロジェクト完了までを追うことで、越境学習プロセスを連載形式でレポートしていく。
「異質な経験」を通じて、異業種メンバーのチームがまとまっていく【連載:越境学習のプロセスを追う(第2回)】

ショートプレゼン――自らの意見をまとめ、団体へぶつける

前回の記事(連載第1回)では、ALIVEプログラムのキックオフの内容を基に、異業種メンバーのチームビルディングの様子を報告した。今回からは、具体的なプログラムの活動内容に入っていく。

キックオフのセッション1を踏まえて、チームはそれぞれ、団体から提示されたテーマに取り組み始める。例えば、筆者が参画している 「認定NPO法人 市民セクターよこはま」(以下、市民セクターよこはま)のプログラムでは、「市民主体による、よこはまの”まち”づくりがこれからも豊かに続いていくために~2026 年までに自主事業で売上1億円を生み出す仕組みとは~」というテ―マが提示された。これに向けて、具体的にどんなことをやっていくべきか、各チームが団体向けに内容の方向性をプレゼンテーションするのがセッション2だ。(進行プロセスは以下の図を参照)
「異質な経験」を通じて、異業種メンバーのチームがまとまっていく【連載:越境学習のプロセスを追う(第2回)】
市民セクターよこはまのプログラムの場合、セッション1からセッション2の期間は約2週間。その間にチームとして団体の活動内容や事業状況を理解し、その上で自分の意見をまとめる。

このプロセスは、スケジュール的にも内容的にも決して楽ではない。実際、筆者が参画したチームも、セッション本番のギリギリまで内容のとりまとめに苦労している様子が見られた。その上で、セッション2の場で団体の代表らに向けて意見をプレゼンすることが求められるのだ。

団体からの率直なフィードバック――異質な経験と向き合う

このプレゼンの場であるセッション2は、単に各チームからの報告がされるだけではない。各チームからのプレゼンについて、団体の代表やNPOの事業に詳しいアドバイザーが評価とフィードバックを行う。具体的には、5段階(快晴~雷雨:詳細は以下の図参照)の評価と共に、プレゼン内容について直接のフィードバックコメントがなされる形式だ。
「異質な経験」を通じて、異業種メンバーのチームがまとまっていく【連載:越境学習のプロセスを追う(第2回)】
今回のプレゼンの様子はどのようなものだったか。一言でいえば、各チームに「率直なフィードバック」がなされた場だった。

通常、このようなプレゼン評価は、大体の場合、5(快晴)や4(曇り時々晴れ)あたりに終始するのが、よくある形式のように思う。しかし、今回のプレゼンについては、最低評価の「雷雨」が大半を占めた。団体代表からのコメントも印象的であった。「私たちのことを上に見ろとは言わない、ただ、せめて対等に見てほしい、と感じた」。このコトバは、代表からのチームに求める目線の水準と、代表自身の取り組みに対する本気度が明示された瞬間だった。

このような場は、参加者メンバーにとって、普段なかなか出会うことのない経験だ。メンバーたちも、決してわざと手を抜いて取り組んでいたつもりはない。にもかかわらず、自分たちのプレゼンに対して、率直にフィードバックされたことを、すんなり受け入れることは難しい。さらに、NPOの代表者からの意見は、ビジネスの場で活動してきた自分たちとは全く異なる考え方や視点、存在からされるものであり、簡単には理解し難いものだ。

このような経験は、メンバーにとって「異質性」の経験であると言える。越境学習という観点から見ると、この異質な経験こそが学習の源となる。これまでとは異なる視点からの率直な意見は、受け容れることも理解することも難しい。そんな、受け取りづらい異質な経験と向き合い、自分たちの中に取り込んでいくことが、新しい視点を獲得するきっかけとなるのだ。

越境学習のプロセス可視化――越境者の学習状況の推移を測る

ここで、団体から率直なフィードバックを受けるという経験をしたメンバーは、その時点でどんな学習状況にあったのか見てみたい。

一般に、越境学習は、【1】(上述の通り、)異質な経験と向き合い葛藤すること、【2】異質性を乗り越えて、新しい視点や行動様式を獲得することの2つを通じて学習が生じると考えられる。今回、これらのプロセスを確認するために、セッション1とセッション2の実施後に、各メンバーの状況を定量的に可視化することを試みた。具体的には、各メンバーについて、【1】どれくらい異質性と向き合い葛藤しているか=「モヤモヤ度」、【2】どれくらい異質な考え方を受け容れて取り組めているか=「乗り越え度」をそれぞれ5段階評価で定量化した(【1】・【2】共に、3項目の評価項目からスコアを算出している。なお、回答は、各チームに伴走しているチームサポーターがしている)。これらを通じて、具体的に参加者がどのような学習のプロセスにいるのか、可視化することを目的としている。

現状のデータをグラフ化したのが下図になる。
「異質な経験」を通じて、異業種メンバーのチームがまとまっていく【連載:越境学習のプロセスを追う(第2回)】
これを見てみると、「モヤモヤ度」については、セッション1から2にかけて下がっており、逆に、「乗り越え度」についてはセッション1から2にかけて向上している。

この変化をどう解釈するか、もう少し検討を重ねる必要があるものの、筆者の第一印象はこうだ。すなわち、セッション1の時点では、具体的に異業種チームでどのような活動をしなければいけないか分からなったものの、試行錯誤を重ねてセッション2でプレゼンというアウトプットを通じて、チームとしての協働作業や共通の体験が増えた。その結果、「モヤモヤ度」低下と「乗り越え度」向上につながったというプロセスである。この場合、団体からの率直なフィードバックも、チームメンバー同士にとっては強烈な共通体験となったように見える。団体へのプレゼンとしては相手の目線に及ばなかったものの、チームとしての考え方やプロジェクトへの目線については共通のものが出来てきているプロセスが生じているように感じられた。この点については引き続き、プロジェクトの推移を追う中で確認していきたい。

チームに伴走する「サポーター」たちの葛藤

このように、参加者たちが異質性の経験を通じて、学習のプロセスが進むのと並行して、プログラムの中でもう一つの葛藤の場面があったことを取り上げておきたい。それは、「チームサポーター」たちの葛藤である。チームサポーターとは前回の記事(連載第1回)にも記載した通り、各チームに1名ずつ伴走し、メンバーの状況を観察しながら内省を支援する役割を担っている。言い換えれば、彼らはプロジェクトのアウトプットの質を上げることは、役割に入っていない。

このような立場のために、チームサポーターたちは、メンバーとは異なる葛藤と向き合っている。チームサポーターは、チームに伴走しているためにチームのアウトプットを客観的に見ることができる。それゆえ、チーム活動の進め方のつまずきや、アウトプットの改善点について良く分かる。しかし、チームサポーターの役割はあくまでもメンバーの内省の支援であり、成果物へフィードバックすることではない。

そのため、チームサポーターたちからは口々に「黙って観察していることが辛い」という声が聞こえてきたことが、筆者には印象的だった。単に成果物の質を上げるだけであれば自分が伝えればいい。しかし、あくまでメンバーが主体となって自らの足らなさに気づき、改善していくにはどうすればよいかを考えなければならない。チームサポーターたちは唇を噛むような思いでチームに伴走しているのである。このような葛藤をチームサポーターたちがどう乗り越えていくのか、これをもう一つの「越境学習」として注目していきたい。

今後の注目ポイント:異業種チームのチームワークと成果物のクオリティ

本稿は、連載の第2回目として、越境学習における学びの源となる「異質性」や、定量的な学習状況のプロセスを取り上げた。ここでは、メンバーが、団体へのプレゼンに試行錯誤しながらも、チームとしては少しずつまとまっていく様子が見て取れた。

今後は、このチームワークがどのように変化していくのか引き続き注視していきたい。新たな葛藤が生じ「モヤモヤ度」が再び向上するのか? このまま「乗り越え度」は高いままで推移していくのか? これまでに誰も試みたことのない、越境学習のプロセスデータがどのような姿となるのか、筆者としても楽しみにしている。

同時に、プロジェクトの成果物のクオリティについても注目したい。確かに、メンバー間のチームワークは高まっているものの、そこから生まれる成果物が団体の納得いくものではなかったことは見落としてはならない。実際、チームサポーターも、その点に葛藤を感じていた。チームワークの高まりは本当に成果物の質向上につながるのか? むしろ、きちんと葛藤し続けた方が、最終的には良い成果物につながるのか? この点は、筆者自身にもまだ回答が見えていない。次回以降、これらの点について、プログラムが進んでいく中で見えてくるものがあるように思う。引き続き、実際のメンバーの様子を見ながら筆者なりの考察を加えていきたい。
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