まもなく多くの会社には希望に胸をふくらませた新社会人がやってくる。それどころではないとの思いも一部にはあるだろうが、彼ら彼女たちの中から次代を担う精鋭が育っていく。ここはしっかり育成に集中していただきたい。
風向きが悪い時代ではあっても、求心力の高い会社からは活気が感じられるもので、これは誰が見ても察しがつく。学級崩壊になぞらえて「職場崩壊」というほどの無秩序が支配しているのでな今回は、ごく基本的な事柄を確認する内容で話を進める。

メンターの存在が世代間ギャップを埋める

あなたの会社では誰が新人の指導役を担当することになっているだろうか。「直属の上司」という例が数の上ではまだ多いが、「メンター制度」あるいは「ブラザー/シスター制度」などを設けて、中堅の社員にサポートさせるところが急増しているのはご存じの通り。
直属の上司がすべてを担当するのが悪いわけではないが、それだけで大丈夫と安心してはいけない。特に上司の年齢が離れている場合はなおさらである。早期に離職した若者たちに聞いてみると、よくこんな指摘をされる。
 ● マニュアル的なことしか教えてくれなかった
 ● 教え方が一方的で質問できる雰囲気ではなかった
 ● 「今どきの若者」を信用していない感じがした


質問をしても、「こんなことが分からないのか?」とイヤな顔をされる。そのため相談がしにくくなるのだが、そうすると今度は「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)ができていない」と叱られ、どうしていいか分からなくなる。あげく退職―といった例がよくある。
だからうまくいかないのだ。若者たちはそこにジェネレーション・ギャップを感じる。
「何かあったら聞きにおいで」「質問ウェルカムだよ」。そんな軽いノリで「仲間意識」を感じさせてくれる人でないと、ツーウェイのコミュニケーションはなかなか育たないのが現実なのだ。

仲間意識なんて言葉は甘いというなら「メンバーシップ」と言い換えてもよい。要するに「きずな」を感じさせるために、どんな手を打つか、ということである。「きずな」を感じさせるには、年が離れていない20代の社員をメンター(指導役)とするのが効果的だ。私のクライアント会社では、 2年目・3年目の先輩を部門内メンターとして充てるようにしている。

年の近い兄貴・姉貴だから「相談」もできる
「新人に毛が生えた程度の社員に適切な指導ができるか」と思う人もいるだろう。結果として、全く問題ない。むしろ、「だからこそ大丈夫」なのである。
この場合、メンターが相談に乗るのは次のようなことだ。
 ● 上司から教えられたことをきちんと実践するコツは何か
 ● うまくいかないときにはどんなふうに考えればよいのか
 ● メンター自身はどのように克服してきたのか
新人が聞きたいのはこういう事柄なのだ。

業務の基本的なやり方は上司が教えてくれるが、どうしても「上から目線」になりがちで、ホウレンソウの“相談”ができない。それをできるのが「同じ目線」に立ってくれる年の近いメンター、くだけて言えば“兄貴・姉貴”である。
兄貴・姉貴のほうも、新人の相談に乗るために、自分の経験や知識を整理し直し、上手に伝えるための工夫をする。それが自身の自己啓発にもつながる。新人に「なるほど、分かりました」という共感的理解を与えることができれば、双方のモチベーションアップに貢献する。リテンションの観点から見ても一石二鳥の効果が見込める。
考慮したいのはメンター役の人選だ。特別に優秀な人材でなくてかまわないが、仕事に前向きな人、斜に構えない人、性格が明るい人が条件となる。新人はメンターを見習うものだからだ。


この部門内メンター制度によって、クライアント会社ではもうひとつ別の効果も見られる。上司はメンターに定期的な報告をさせるが、それ以外にもメンター自身が答えに窮することがあれば、自然と上司に相談にいく。そのことによって上司とメンター役とのコミュニケーションも向上するのである。
上司は新人に基本的な教育を施したあとは、こんなふうに新人と接すればよい。
「困ったことや分からないことがあったら、○○君(メンター)にいろいろ聞いてみなさい。それでも分からなかったら、いつでも私のところに相談にきなさい」
ついでに、「○○君はわが部のホープだ。彼の言うことを聞いていれば間違いない」とでも言っておく。それはたいていの場合、新人の口からメンターに伝わる。メンターがますますやる気になるのは言うまでもない。

メンターは自慢ではなく失敗談を語れ
ひとつ注意を要するのは、メンターが自分の体験を通して教訓を述べる場合に、成功体験ではなく失敗体験のほうを取り上げる、ということだ。新人の側に聞いてみると、メンターの話が当人の自慢話になって、あまり参考にならなかったという指摘は少なくない。これは上司と部下とのコミュニケーションでもよく見られる。
「私は靴が擦り切れるほど営業活動に打ち込んだものだ」「点滴を打って頑張り、同期で一番の成績をあげた」など得々として語る人がいるが、これでは共感を得られない。「安い靴を履いていたんでしょ」「点滴を打ってまで頑張りたくはない」と、後ずさりされてしまうだろう。


「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」。プロ野球・元楽天監督の野村克也氏がよく口にするこの言葉は、江戸時代の平戸藩主にして剣術の達人、松浦静山によるもの。勝ち(成功)には敵失などラッキーによるものもあるが、負け(失敗)にはそれがない。勝ちに浮かれて驕るのではなく、負けの理由を分析して謙虚に学ぶことがステップアップにつながる、との教えだ。
上司であれメンターであれ、後進にものごとを伝える立場の人はこの教訓を銘記するとよい。ケーススタディとして自身の失敗体験を語れる人は、それだけで人の共感を得ることができる。リスペクトにもつながる要因ともなる

(2011.03.07掲載)
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