異動や出向などで、それまでの職場を離れると急に元気がなくなる人がいる。40の坂を越えてから新しい職務につく場合はなおさらそうで、不本意に感じる人が少なくない。「これまでのキャリアが活かせない」「新しいことを始めるのはおっくうだ」と。年齢を重ね、経験を積むに従って、人は「変化」より「保守」を好むようになる傾向がある。しかし、そうした姿勢が逆に、本人のキャリア形成を阻む要因ともなる。

「偶然」をプラス思考でチャンスにできる人

キャリア開発に関する考え方としては、これまで長くエドガー・シャイン(マサチューセッツ工科大学教授)のキャリア・アンカー理論が主流だった。人はそれぞれの個性に合わせて早く方向性を決め、その実現を目指すのがよいという考え方だ。紆余曲折なしに、まっすぐ進むことを是とする思想が根本にある。これは今でもビジネスパーソンの適性検査などに応用され、専門職志向、管理職志向、独立志向など、いくつかのタイプに分類して各人のキャリア形成を促す根拠となっている。
しかし、これをくつがえす理論が10年前に発表された。「計画的偶発性理論(Planned happenstance theory)」というものがそれで、人のキャリアの大半は、本人も予期しない偶然のできごとによって形成される、という趣旨だ。スタンフォード大学のクランボルツ教授によってキャリアカウンセリング学会誌に発表され、関係者から大きな注目を浴びた。
例えば、会社法務の実務家になりたいと思って会社に入った若者がいたとしよう。念願がかなって法務部に配属となり、数年間そこで働いた。しかし会社の業績が悪化したため、間接部門のスタッフの多くは営業にまわされることに。彼も営業部門で一からの出直しとなった。ここで逆境にさらされるうちに、かえって彼の能力はいかんなく発揮された。30代でナンバーワン営業マンとなり、40代前半で、不振が続く関連会社に営業部長として出向。みごと再建を果たして、経営幹部に抜擢された。―というと、きれいなバラ色シナリオのようだが、ここで肝心なのは、法務部から営業部への異動、親会社から子会社への出向などが、本人の思い描いていたキャリア計画とは全く別のものだったということだ。
成功者の多くにアンケートをとってみると、およそ8 割の人にこうした事態(一種の偶然が作用していたこと)が認められるというのが、「計画的偶発性理論」の骨子である。
“偶発性というのは理解できるが、どこが計画的なのか?”と不審に思う読者も少なくないだろう。こういうことだ。人は多くの偶発的なできごとに見舞われるが、能動的な生き方をしている人にはそれがチャンスとなって作用する確率が高い。偶然がプラスに働いて、結果としてキャリア形成の助けになる。後から見ると、それが計画的に起きたように必然化することができる、というのである。「だから逆境を糧として前向きに生きよ」と言うと、自己啓発書によく出てくる言葉になってしまうが、要するにそういうことなのだ。それをクランボルツ教授は、学者らしく実態調査によって明らかにしたのである。
しかし、誰もがみな偶発性を好機として活かせるわけではない。活かせる人の条件(行動特性)を、クランボルツは別表のように5 つ挙げている。

“口ぐせ”がキャリアを左右する

第1回 「偶然」を活かせる人・恐れる人
“いくつも特性を挙げられると分かりにくい”という方のために、単純な口ぐせで説明しよう。予期せぬ事態に遭遇したとき、マイナス思考に傾きやすい人は次のような言葉を口にする傾向がある。

(1) 「何でそういうことになるんだ」
(2) 「私はそういうことに関心がない」
(3) 「私はそういうことには向いてない」
(4) 「やってもどうせ駄目だと思う」
(5) 「今のままでよかったのに……」
頭につけた各番号が、先の特性の番号にほぼ呼応する。こうした口ぐせは、キャリア形成という大きなテーマに関してだけでなく、日々の仕事やコミュニケーションにも大きな影響を及ぼす。管理職あるいは上司として、このような言葉をふだん口にしている人は要注意だ。自分が新しい状況に適応できないだけでなく、周囲の人たちのモチベーションをも低下させてしまうからである。
とはいえ、冒頭に記した通り、人は年齢を重ねるにつれて変化より保守を好むようになる。それを戒めるために、何かプラス思考のよい口ぐせはないだろうか。あれこれ列挙しても実行に移すのが大変だから、ひとつだけ、紹介しておく。「それは面白そうだ」である。予期せぬ事態に遭遇したとき、まずは「面白そうだ」とつぶやいてみる。本当に面白いかどうかは後で吟味するとして、尻込みする前に、一歩前に心を振り向けてみるのだ。
部下が何か新しい提案を持ってきたときも、「面白そうだ」という気持ちで接してみる。すると、身を乗り出して部下の話に耳を傾ける姿勢に自然となるものだ。その姿勢が相手の気持ちを高め、コミュニケーションの原点である信頼感を醸成する。

「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」という。ただし、「それは面白そうだ」と、その気になって迎えない限り、ピンチからチャンスを引き出すことなどできないのである。

(2010.11.18掲載)
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