労働市場が衰退していく中で、今後必要とされるのは、女性の活躍や、病気や介護者を抱えていても働ける就業環境であろう。多様な人々が、多様な働き方で、幸せに生きていける社会を目指す中、最近、巷で話題となっている、パワハラ・セクハラ事件。こうしたハラスメントは、多様性、生産性はおろか、仕事にも人生にも、何一ついいことはない。その防止対策は、日本社会において重大なテーマである。
パワハラの実態
ハラスメントは一般に「いやがらせ」と訳されるが、EUやEU加盟諸国では、“暴力”に近い趣旨でとらえられている。日本では、セクシャル・ハラスメント(セクハラ)、パワー・ハラスメント(パワハラ)などが、多くの人に認識され、一般化している。ちなみにパワハラは、企業組織におけるハラスメント防止に取り組む株式会社クオレ・シーキューブが造った和製英語で、欧州ではモラル・ハラスメントなどと呼ばれている。
セクハラは、個人間のトラブルではなく、雇用管理上の問題として企業が対応しなければいけない問題である、と法的に位置づけられている。パワハラも、加害者だけでなく、企業が責任を問われる判例が増えている。とはいえ、企業責任としてのハラスメント防止は、そこで働く従業員皆の行動や態度にかかっている。
厚労省の「平成28年度 職場のパワー・ハラスメントに関する実態調査」(平成28年7月から10月にかけて実施した、企業と従業員調査からなるアンケート調査)によると、従業員向け窓口への相談で最も多いテーマは、パワハラ(32.4%)であるようだ。
予防・解決の取組みを行っているのは、全体の52.5%。企業規模が小さくなると、こうした取組みの実施比率は低くなる。なお、ハラスメント全般にまつわる従業員向けの窓口を設置している企業は、全体の73.4%を占める。
企業のこのような取組み姿勢にはきちんと効果が見られ、従業員の感受性や心身によい影響を与える傾向があり、また、それに付随して職場環境も変わり、従業員同士のコミュニケーションがよくなったとされている。さらには、求職者、離職者、メンタル不調者が減少するといった効果も見られたという。
社内においてハラスメント行為があるか否かで、こうした取組みを行うべきかどうか考えがちだが、大切なことは「相手を思いやる職場風土」にあるのではないだろうか。
セクハラ、パワハラ共通の特徴は、職務上の上下関係、力関係を背景にしているケースが散見することだ。上に立つ者がその権力を笠に着て支配的な立場になることで、互いの関係性が歪められ、「思いやり」は去っていく。
思いやりは訓練可能
ここで、職場での「思いやり」に関連し、「自分の終生の目標は、内面の平穏と思いやりを広げ、それによって世界に平和をもたらすことだ」と語っている、ビジネスパーソン向けのマインドフルネス研修の第一人者、チャディー・メン・タン氏について触れてみよう。ちなみに彼は、グーグルのエンジニアで、SIY開発の中心人物としても有名である。SIYとは“Search Inside Yourself (己の内を探れ)”の略で、マインドフルネスに基づく「EQ(情動的知能)育成プログラム」を指す。
マインドフルネスとは、心を整える手法であるとともに、「余計な評価判断を手放して、あるがままの“いま”に注意を向け、その“今”にしっかりと気づいている状態”」のことをいう。そのマインドフルネスを鍛錬するワークが、「瞑想法」と呼ばれるものだ。これを用いれば、都会にいながらにして、禅寺に籠って修行をするのと同じ効果を、教室で7週間、合計20時間をかけて、体得することができる。2016年に出版された彼の著書『サーチ・インサイド・ユアセルフ 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』には、そのカリキュラムが示されている。言わば、グーグルからのプレゼント、というわけだ。
このプログラムは、グーグルで2007年から教えられているもので、その高い評価から日本も含め世界に広がっている。
一口に「瞑想」というと謎めいているが、私達はこれに近い概念とされる、座禅やヨガを特に怪しいとは思わないだろう。これらは言ってみれば、心のトレーニングであり、瞑想もその一手法だ。加えて、誠実、思いやり、優しさなどという内面を磨く技術、訓練を科学的に再現可能にしたものと言ってもいいだろう。
では、瞑想が、どうやって思いやりに結びつくのか説明していこう。その一歩は、「共感」を育むことにある。
コミュニケーションスキルの一つに「傾聴」がある。質の高い傾聴は、相手が感じたのと同じような感情や感覚を共感することで、相手と信頼関係を結び、同時に、相手が自身で内面の深い感情にたどり着くことを手助けする。しかしながら、まるで相手と同じように感じる、といわれても、最初はわからないだろう。これを実感するには、実際に自身がコンサルティングを受けるのが一番といわれている。
この点についてチャディー・メン・タン氏は、同著の「共感と、脳のタンゴ」の章で、共感を育む望ましい心の習慣を生み出す練習を、初歩的なものから、高度なものまで紹介している。例えば、「私とまったく同じ/愛情に満ちた優しさ」の瞑想エクササイズは、実際に行うと、本当に相手自身になったかのようにタッチできる。読んでみると、そのわかりやすいトレーニングに驚かれるだろう。
同著において「思いやり」とは、「他者の苦しみに対する気遣いの感覚と、その苦しみが取り除かれるようにしたいという強い願望とを伴う心の状態である」と、チベットの学者、トゥプテン・ジンパの定義を引用している。
手法は多種あれど、自社の風土に「思いやり」を根付かせるために相応しいものを選び、従業員皆が、明るくのびのびと働ける職場づくりを考えてみませんか?
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