新入社員教育の話材になりそうなエピソードを3つ,ご紹介する。

■机の上には、辞書と地図をいつもおいておけ。わからないときはすぐ調べる癖をつけろ。~平井雄三先生から西山昭彦氏へ~

小学生か中学生の頃,誰もが一度は聞いたことがありそうな平凡な言葉である。しかし西山昭彦氏はこう書いている。
「深く感銘を受けた。この言葉が,今日の私を支えていることをひしひしと感じている」(西山昭彦著『人生の転機』新潮新書)
 知らない字や地名を見たら,反射的に辞書なり地図なりを取り出す癖がついたというのだ。辞書を引けば自然と字を覚え,やがて文章力がつく。地図を見れば知らない土地に興味がわき,旅行好きになる。西山氏は東京ガス西山経営研究所の所長を務めている。これまでに人材開発の分野で50冊を超える本を書き,50ヵ国を超える国々を訪れているが,どちらも小学校4 年生のときの恩師・平井雄三先生の言葉によるところが大きいという。
 どんな分野であれ頭角を現す人は,他人の意見を謙虚に受け止める人である。自己流を振りかざす前に,人の教えをきちんと聞く。いわば「大きな耳」を持っているのだ。聞いて,その教えを実践してみたあとで,自分には合わない,あるいは間違っていると感じたら,捨てればよい。それもひとつの貴重な体験となる。芸事においてはよく「守破離」という言葉が使われる。まず師の教えをよく守る段階がある。そして免許皆伝のレベルに達したら,自分の流儀を作る。「破」の段階だ。やがて達人の域に達した後は,師から離れ,新たな流派を興す。基本はまず謙虚に学ぶこと。こうした単純な教えを守るかどうかが,やがて将来に大きな差となって表れる。
 辞書を引け。地図を見ろ。実践するのは,社会人になってからでも遅くはない。

■世の中には二種類の人間しかいないんだよ。環境がなくてもやる人間と、環境があってもやらない人間だ。 ~社長から佐藤徹次氏へ~

これも『人生の転機』に見つけた言葉である。佐藤徹次氏は,大手企業から転籍した会社で新規参入分野を担当した人。社会人になって何年か過ごした人なら,誰しもうなずける言葉ではないか。
 豊臣秀吉に「墨俣一夜城の建築」という有名なエピソードがある。主君の織田信長に命じられ,一夜にして敵方の最前線に城を築いたというものだ。一夜というのは誇張で,実際には周到な準備をしたうえで,一気呵成に行ったわけだが,この話には秀吉の持ち味がいかんなく発揮された。
・ まず大勢の地元の衆を集め,これから面白いことを始めると宣言する。
・ 短期間に重労働を強いることになるが,よろしく頼むと懇切に説明をする。
・ 自分が先頭に立ってあおり立て,人々のモチベーションを大いに高める。
 動機づけ,説明責任,そして率先垂範。何か新しい,実現困難なことをやろうとする人間は,かくあらねばならないという見本を示しているかのようだ。まだ木下藤吉郎を名乗っていた30歳の秀吉は,この功績によって大きく頭角を現すことになる。
 進取の気性とは,金がない,人が足りない,環境が整っていないなど,ないない尽くしの状況にあって,「だから面白い」「やりがいがある」と,プラス思考ができることである。例えば新規事業などがそうだ。ないない尽くしの状況だからこそ,紆余曲折が多く,必死になって知恵を絞らなければならない。人が“ひと皮むける”というのは,こういう状況で悪戦苦闘するときである。
 金があり,人が余っていて,環境が整った状況では,人は創意工夫などしようとしない。工夫をする必要のない環境にいれば,気力も能力も自然に衰えていく。そういう環境に対しては逆に,危機意識を持つ必要がある。

■今どきの若者は、大したものです。私たちが若かった頃と比べても、はるかに優れています。~盛田昭夫氏から本田有明へ~

最後に,筆者の体験をひとつ披露させていただく。上記の言葉を聞いたとき,筆者は自分の耳を疑った。そういっても誇張ではないほど驚いた。それまで,年長者から若者を手放しで賞賛する言葉など聞いたことがなかったからだ。
 当時は日本能率協会に就職してi2 年目の駆け出し。経営誌『マネジメント』の編集長から誘われ,ソニーの取材に同行した。取材のテーマは,その頃,快進撃を続けていたウォークマンの開発秘話で,みずから音頭を取っていた盛田昭夫会長にインタビューをするというものだった。
 「ところで会長は,今どきの若者をどのように見ていらっしゃいますか?」
 予定していた聞き取りが終了したあと,編集長が何気なく尋ねた。
 「今どきの若者は,大したものです。私たちが若かった頃と比べても,はるかに優れています」
 盛田会長は間髪を入れずに答えた。これには編集長も驚いた様子だった。そして,「どういうところが優れているんですか?」と重ねて聞いた。
 「まず感性がすばらしい。これは昔の人とは比べものにならないほどです。それと,自分が好きなことに打ち込むときの集中力。いいですね」
 若者一般を論じたのか,あるいはソニーの優秀な若者について限定的に語ったのかは不明だが,正面からほめる内容の発言だった。「今どきの若者はなっちょらん」式の小言ばかり聞かされてきた筆者には,たいへん新鮮に感じられた。しかも発言の主は当時,日本の産業界を代表する経営者である。こういう観点から人を見ることもできるのだ,という発見に蒙を啓かれた。
 いずれ自分が年長者になったときの参考にさせてもらおう。そう強く思ったことを今も鮮明に覚えている。
 期待し賞賛すれば,人はおのずとその期待値に近づく。逆に批判したり無視したりすれば,人は能力を発揮できなくなる。ことさらにピグマリオン効果,ゴーレム効果の名を出さずとも,それが人間心理のいわば常識であることは説明するまでもないだろう。
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