何も知らない新人だから“おかしなこと”に気づく
こちらは数年前,クライアント先であった出来事。私が担当した新入社員研修のフォローアップで,こんな質問が出た。「なぜわが社では商品カタログが統一されていないのですか」。この会社では, 7 つの事業本部別にそれぞれのカタログが作られており,自部門の商品が最初のほうに並び,他部門のものがその後に紹介されている。コスト高になるので,総合カタログが1 つあればよいのではないかとの指摘だった。なるほど,新人らしい目のつけどころだ。しかしこの提案は当初,無視された。今までのやり方でも問題ないではないか,との判断からだった。改革を妨げる意見の大半はこのような見地から生まれるものだ。要するに面倒くさいのである。
しかし新人は粘った。カタログに掲載されている他部門の商品情報には誤った記述が多い。どの部署も他部門の商品には関心が薄いため,古い情報をそのまま掲載していても気がつかないのだろう。これまで社内の誰もそのことに気がつかなかったのはそのためだ。なぜ入社したばかりの新人がそれを指摘できたのか。上司から勉強しろと言われて渡されたカタログを,言われた通りにきちんと見たからだ。同期の何人かが,本部別のカタログを持ち寄り照らし合わせてみて,おかしい点があることを発見した。新人は自分の会社のことについて,右も左も分からない。だから虚心に学ぼうとした。その気持ちがあれば,誰もがもっと昔に気づくことができたはずなのである。
2 つの事例は,ともに同じ教訓を私たちに授けてくれる。先入観を捨て,新人の目をもって社内を見渡してみよう。ふだんどれほど多くのことを見落としているかについて学ぶことができるはずだ。
ちなみに上記の会社では,新人の指摘によって社内の情報遮断の深刻さに気づき,部門間の壁を壊そうと総合カタログの制作に取り組んだ。各本部から1 名ずつ招集し,意見を出し合って新たなカタログを作った。これによって古い商品情報が掲載される愚は一掃され,コストも大幅に削減することができた。
慢心を戒め、虚心に耳を傾ける姿勢が大事
上司は部下に「問題意識を持て,改善意識を持て」と指導する。しかし上司にとって肝心なところは,部下が問題意識や改善意識を持って提案をしてきたとき,それを真摯に受け止めようとしているかどうかである。かつてこんなことがあった。中華料理のチェーン店で,新入社員が上司に提案をした。「うちではお客様用の箸を1 種類しか用意していないが,もう少し長めのものも用意したらどうか」と。彼は友人と店を利用したとき,箸が短くて使いにくいと2 人して感じたのだそうだ。それを聞いて,上司は答えた。「新人は自分に与えられた仕事を黙ってやっていればいいのだ」。
最悪の答えだが,これも珍しい例ではない。問題意識を持てと言いながら,実際にその意識を持って発言すると,嫌な顔をする。こうした体験を2 度3 度すると,部下はどうなるか。提言をしたら文句を言われると悟り,以後は何か気づくことがあっても,語るより沈黙を選ぶ。指導育成の観点から見て,上司の罪は非常に重いと言わざるをえない。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」─私たちは敵についての情報収集には力を入れるものの,己についてはそれほどでもない。もう十分に知っているという慢心があるからだ。新人の何気ない一言に耳をそばだてよう。虚心から発せられた一言には,10年20年の体験によって得た知恵よりも深い洞察が潜んでいることが,ときとしてある。
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