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人事×経営の未来をともに考える スペシャル講演レポート

「戦略的」人事を考える

女性活躍推進を通して「戦略的」人事を考える

本日の講演でわたしは「戦略的」人事を考えてみたいと思います。戦略的とは何でしょうか? 人事の今日的課題の一つである女性活躍推進を考察しながら、「戦略的」人事を考えてみたいと思います。 女性活躍推進施策の二つの柱は、家庭と仕事の「両立施策」、そして男女雇用機会の「均等施策」です。人事部は女性活躍推進のために施策を策定し、役員会に上げて予算承認を受けて実行します。

ところで「なぜ女性活躍推進施策が必要なのか?」について考えたことはあるでしょうか? 法律で定められているから? 政府が言っているから? 社会で論じられ、マスコミが大きく報道するから? そうではありません。女性活躍推進は「戦略的人事」なのです。

戦略的人事とは経営品質を高めること

戦略的人事を英語では「Strategic Human Resource Management」と言います。この概念は1980年代後半にアメリカで生まれ、日本でも1990年代に登場しています。 戦略的人事の目的とは、「人事」を通して経営の品質を高めることです。経営資源の選択と集中を行うチョイスの基準と言い換えることもできます。

経営品質を高めることは収益を上げることを指します。「機会収入−機会費用」を最大化することです。事業の収入をX軸(\)、費用をY軸(組織規模(人))にしてグラフ化すると、費用(人)を増やして行くと最初は収入も増えていきますが、徐々に増え方は下がっていきます。これを収入逓減と言います。その一方で費用(人)の増え方は次第に大きくなります。これを費用逓増と言います。
収入と費用が交わると、収益がないので事業の継続は不可能になります。そして経営品質を高めるとは、収入と費用の差が最大になるようにすることです。

限界費用を低減し、限界収入を増大させる人事施策

機会収入と機会費用の曲線を微分すると接線の傾きが得られます。この接線は直線なので、限界費用と限界収入の差を最大化する組織最適ポイントがわかりやすくなります。経営品質を高めるためには、限界費用を低減し、限界収入を増大させればいいのです。

限界費用を低減するためには人件費を効率化すればいいのです。人件費のポートフォリオを最適化し柔軟に運用するなどの施策が有効でしょう。
限界収入の増大には能力開発を行い、モチベーションを上げる施策が有効です。流通業では店長のモチベーションによって売上が2-3割変わることがわかっています。

「結びつける」ことが人事の「戦略性」

あらためて人事の仕事を考えてみると簡単です。むずかしいことはありません。仕事の中身を整理してみると、Attraction と Staffing (採用と配置)、Performance Management (業績評価)、Development (育成)、Compensation(報酬)の4つしかありません。

そしてTalent Managementとは、詰まるところ4つの機能をうまく統合することです。それが戦略なのです。ところが4つの機能が結びついていることは少なく、ばらばらのままの人事が大半です。

女性活躍にしても戦略的人事にしても、ゴールに到達していないから必要性が叫ばれるのだとも言えます。人事の4機能が有機的に統合されず、グローバル化の進展の中でバリューチェーンをずたずたにしている要因を整理してみましょう。

まず事故によって責任者が不在になったときのサクセッション・プランニング(後継者育成/タレントパイプライン)が不十分です。コンピテンシーにおいては一般熟練と企業内特殊熟練の定義があいまいです。Compensation(報酬)においても、労働慣行と規制、インセンティブ(報酬プラン)、職務と能力(グレード制)、リテンション(報酬水準)が齟齬を来しています。

日本では能力による処遇が行われますが、現地では職務によって処遇しないと問題が起きます。

独立専門型人事は「テーブルに招かれる人事」

これまで戦略的人事について考えてきました。次に人事部門のあり方について3つのモデルに整理してみます。1つのモデルは「経営ボードとの一体型人事」です。人事は経営ボードと一体化し、直接、その企業が向き合うマーケットを見て、そのマーケットに合わせて必要な人材を定義し、必要な人事施策を講じます。ベンチャーに多く社長のワンマン。トップダウンでスピードが速く、効率がいいのが特徴です。

会社が成長すると人事部門のあり方は変わり、「事業と協業する人事」になります。経営や事業の方針や決定を受けて、それを形にする「戦略人事」です。事業の目標の達成を人の側面から支援することが人事の役割となります。人事は経営と事業とのバランスを取り、「御用聞き人事」とも言えます。

3番目の人事部門のあり方が「独立専門型人事」です。経営のなかの機能として独立した人事。従業員の先にあるステークホルダーの変化を見ながら、そこに高い価値を提供できる人材を育て、動かし、人を介して社会に変革をもたらす役割を人事が担うのです。

日本では少なく、欧米系、アメリカ系の企業に多いのが独立専門型人事です。正確にはアメリカ系企業でもそれほど多くないのではないかと思われます。 独立専門型人事では「テーブルに招かれる人事でなくてはならない」という言葉をよく使います。人事が戦略的であるためには、戦略を作る時から経営テーブルに加わっていなければならないという意味です。

CSRが求められる4つの根拠と3つの責任

いま「独立専門型人事」について「従業員の先にあるステークホルダーに高い価値を提供する」と言いました。では「ステークホルダーに貢献する人事」とは何でしょうか? それはCSRです。そもそも雇用とはCSRの要素を持つ社会制度なのです。

CSRが求められる根拠は4つあります。道義的義務、持続可能性(サステナビリティ)、事業継続の資格、企業の評判(レピュテーション)です。そしてCSRは環境、顧客、社員に対する責任を担います。 環境に対する責任とはCO2削減などの配慮、顧客に対する責任とはまっとうな製品(たとえば食品)の提供、社員に対する責任とは、例えばISO26000でガイドラインとして定められているようなものを指します。

雇用に関係するCSRは「法的責任」「経済的責任」「倫理的責任」「社会的貢献」の4象限

雇用に関係するCSRは4象限に分けることができます。まず「法的責任」。これまでの人事は法令を強く意識してきました。主要項目を下記に列記します。

  • 就業規則
  • 労働協約の締結
  • 賃金支払いに関する法令遵守
  • 差別的採用の禁止
  • 男女雇用機会均等
  • 差別的な人事処遇の禁止
  • セクハラ・パワハラの禁止
  • 個人情報の保護
  • 児童労働、強制労働の禁止
  • 労働時間・休暇に関する法令遵守
  • 労働者派遣法の遵守
  • 労働災害の防止と従業員の安全確保
  • 育児・介護の支援

続いて「経済的責任」があります。妥当、公正、適正な処遇を行い、安全かつ清潔な職場で安心して働いてもらうことです。主要項目は下記です。

  • 経営目標の共有
  • 妥当な賃金の支給
  • 公正な人事制度
  • 適正な人事異動
  • 妥当な福利厚生
  • 社員教育・能力向上
  • 安全かつ清潔な職場

3番目は「倫理的責任」であり、人権への配慮、育児・介護の支援、女性、障がい者雇用やワーク・ライフ・バランスが上げられます。近年にて強く意識されるようになった人事課題です。主要項目は下記です。

  • 個人の尊重、人権配慮
  • 職場における平等
  • 雇用のバリアフリー
  • 法令を上回る育児・介護
  • 女性、障がい者登用
  • ヘルス/メンタルケア
  • 人間関係
  • 社員コミュニケーション
  • ワーク・ライフ・バランス
  • 内部告発保護制度

4番目が「社会的貢献」です。主要項目は下記であり、多くの企業が東日本大震災の被災地支援のボランティア活動を行っています。

  • ボランティア活動の支援
  • 地域社会活動への参加
  • 文化、芸術、スポーツへの貢献
  • 教育関係への貢献
  • マッチング・ギフト
  • 環境保全
  • NPO/NGOとの連携

雇用に関する国際的なガイドラインがISO26000

雇用に関する国際的なガイドラインがISO26000です。他のISO規格は認証制度ですが、ISO26000は組織の社会的責任を定めるガイドライン規格です。

労働者の権利尊重(国内法・国際法の遵守)、対話の重要性(労働者の代表者との対話)、職場の健康と安全への責任などを定めており、労働者の人間開発への責任に関して「スキルや訓練の機会均等」「ワークライフの実現/家庭責任の尊重」「均等待遇の実現」「マイノリティーに対するポジティブアクション」「若年失業者/女性労働者への能力開発の提供」を示しています。

これらのISO26000のガイドラインは、雇用に関するCSRの4象限に対応した内容になっています。

CSR(責任)からCSV(価値)へ

人事におけるCSRを話してきましたが、これからのステークホルダーに貢献する人事は単に責任を果たすだけではなく、CSRを超えて価値創造(CSV)を行わなければならないと考えます。そのために必要な代表的なものの一つが、多様性の管理(Managing Diversity)です。

女性活躍推進策は多様性を増すための優遇施策(AA:Affirmative Action)です。人事は女性が活躍できる環境整備を行い、雇用機会均等(EEO:Equal Employment Opportunity Commission)というゴールを目指します。これからは女性だけでなく、LGBTを含める施策が必要になるでしょう。

多様性は強みとすることができます。強みを生み出すプロセスは「気づき(変化への動機づけ)」→「理解(変化に必要な正しい知識を得る)」→「行動(行動を変える)」と回ります。多様な環境への変化が「Diversity Competency」であり、CSV(価値)を生み出すのです。

中央大学大学院 経営戦略研究科(ビジネススクール) 特任教授 中島豊氏

中央大学大学院
経営戦略研究科(ビジネススクール) 特任教授
中島豊氏

1984年東京大学法学部卒。ミシガン大学経営大学院修了(MBA)。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了(博士)。富士通、リーバイ・ストラウス、GMで人事業務に従事し、Gap、楽天、シティ・グループの人事部門責任者を歴任。企業の人事部門での実務経験を背景に、人的資源管理論や人事政策論を専門とする。

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