終身雇用慣行が失われた(あるいは失われつつある)と言われる現代の日本においても「正社員」という言葉から連想されるのは、一応、同じ雇用主の下で就業規則に定められた定年年齢まで働くことを予定された社員を指すことが多い。これと対比されるのが「正社員ではない社員」、すなわち一般に「非正規社員」と呼ばれるグループに属する社員だ。

 しかし、この区別をすることの意義が年々無くなりつつある。もしかしたら、これまで一般に認識されてきた「正社員」という言葉がなくなるかもしれない。
「正社員」という言葉がなくなる日

続々と改正される労働法

 そもそも、企業が「正社員」と「非正規社員」を区別してきた経緯は解雇することの難しさにある。

 労働契約法では「客観的に合理的な理由が存在し、社会通念に照らして相当であると認められる解雇であれば一応有効」だと推定される。「一応」と断りを入れたのは、真に有効か否かは司法の場にかけてみないとわからないからだ。この基準が高いハードルとなって存在するため、難しいと一般的に認識されている。だから企業は、なるべく正社員として雇用することを避けてきた。でも人材は必要であるから「非正規社員」に属する労働者を雇い入れて人員を確保し、ここに属するグループの人達を雇用の調整弁として機能させてきたことは周知の事実である。

 これは、ある意味でデフレ経済下の失われた20年と評される期間に培ってきた企業の知恵といっても良いのかもしれない。なるべく解雇の問題を回避すべく正社員よりも非正規労働者を雇用し続けてきた結果、厚生労働省の統計によれば、非正規労働者の割合は年々増加しており、平成26年統計では37.4%にまで達している。先進諸外国と比較してもこれは異常な事態だと言わざるを得ない。

 さて、冒頭で「正社員がなくなるかもしれない」と書いた点に戻ろう。それは各種労働法の改正にある。

 例えば、労働契約法が改正され平成25年4月から「無期転換権」制度が創設された。雇用契約期間が設定されている労働者は、原則として雇用期間が通算5年を超えたら労働者側の申し込みによって期間の定めのない契約に転換し、会社側はこの申し出を受け入れなければならないというルールである。これは企業に相当なインパクトを与えている。平成25年4月以降からの雇用期間が対象となるため、この問題が顕在化するのは少なくとも平成30年4月以降だ。

 平成27年4月からはパートタイム労働法が改正施行されている。職務内容が正社員と同一であったり、人事異動等につき正社員と同一の運用をしていたりする場合は、短時間労働者であっても正社員と異なる差別的取り扱いは禁止されることとなった。また、短時間労働者と正社員とを区別して運用する場合であっても、その差を設けることについて、職務内容や人材活用をはじめとする諸事情に照らして不合理なものであってはならないとされる。

企業に迫られる選択

 しかし実態は、正社員に任されている仕事と差がないことが多い。苦情処理対応やある決済等の責任権限を正社員には与えるが、短時間労働者には与えないといった建前はとっているものの、実際はほぼ同一内容と判断せざるを得ないような運用がされている点は否めない。これらが問題視され、繰り返される法改正のなかで法制度上では正社員とそれ以外の社員との差を狭めつつある。

 また、先に触れた改正労働契約法では、「無期転換権」が行使された場合、雇用契約期間については無期になったとしても、法は労働条件までも正社員と同様にすることまでは要請していない。となると平成30年以降からは、同じ無期契約であっても、最初から正社員として雇用された者と、有期契約労働者から無期契約に転換した者との間で異なる労働条件によって運用される可能性が強い。今後益々「雇用の多様化」に拍車がかかると言って良いだろう。

 ただし、雇用が多様化すればするほど、企業は区別することの合理性が求められ、自らの首を絞めることにも繋がる。
労働力人口の減少も相まって、詰まるところ企業は、
(ア) 正社員以外の労働者の労働条件を正社員並みに引き上げるか
(イ) (労働条件の不利益変更の問題はあるが)正社員の待遇を正社員以外の労働者まで引き下げるか
(ウ) あるいは、両者の中間を採って落ち着かせるか

を迫られることになる。

 現実的に考えて(ア)の選択肢は難しいと思われるので(イ)・(ウ)のいずれかとなるだろう。となると、いま存在する「正社員」が消えてしまう日はそう遠くないのかもしれないという訳だ。様々な雇用形態が誕生したが、最終的に新たに一本化された「正社員」に収斂され、落ち着くのではないかと思うのである。


SRC・総合労務センター、株式会社エンブレス 特定社会保険労務士 佐藤正欣

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