今年2月、警視庁蒲田署の巡査長が、署内のトイレで、所持していた拳銃で自らの頭を撃ち抜き命を絶った。両親宛に残された遺書には上司の警部補の実名を挙げて「許せない」と記されていた。警視庁は上司の警部補のパワハラ(パワーハラスメント)があったことを認め、この警部補に訓戒処分を科した。
「ハラスメントに苦しむ社員」を演じて会社を苦しめるブラック社員!

 このところ様々なハラスメント(嫌がらせ・いじめ)行為が問題視されている。上の事例のように職場上の力関係を背景に行われるパワハラの他、性的な嫌がらせであるセクハラ(セクシャルハラスメント)、働く女性が妊娠出産を機に受けるマタニティハラスメントや、大学などでは教授等が配下の教職員や学生に対して行うアカデミックハラスメントなども問題になっている。

 前述のパワハラの事例ほどには至らないまでも、部下への厳しい指導や人間関係のトラブルは、従来からも職場にはあったと考えられるが、昨今のように問題が顕在化してきた背景には、次のような環境変化があるものと考えられる。

 まず、企業側の事情として、業績追求の風潮が強まり、社員一人ひとりの業務量が増え、職場での『ゆとり』が無くなってきていると同時に、管理職自身の余裕もなくなり、部下個々人に対する適切な指導ができにくくなってきていることが挙げられる。次に、従業員側の状況の変化として、従来の終身雇用型の雇用体系下では、上司から厳しい指導があったとしても、『泣き寝入り』も含め、あえて問題にすることは少なかったが、転職に対する精神的なハードルが低くなった昨今では、以前に比べて主張のしやすい環境が整っていることが大きい。加えて、若者を中心に、ストレス耐性が低下しているという指摘もある。こうした背景からか、企業に設置した苦情処理窓口への申立や、公的機関への相談も急速に増えているのが実状である。

 こうしたハラスメントを受けて苦しんでいる従業員を、何とか救済してあげることが人事部の重要な役目であるが、中にはこうした背景を逆手にとって、「自分だけ甘い蜜を吸ってやろう」という、けしからん輩もいるから厄介である。

 本稿後半は、こうした『けしからん輩』であるS氏の例を紹介する。
 ある年の年末で自己都合退職をしたS氏(当時45歳、男性ドライバー職、独身)、そもそも在職中からトラブルメーカーであったため、職場の皆が安堵した毎日を送っていた。そんな2月のある日、会社に神奈川県紛争調整委員会から1通の手紙が届く。S氏が何やら紛争調整委員会に申し立てたようだが、内容を見てみると『職場でハラスメントを受けたため、メンタル不全を起こしてしまった。その賠償として500万円の支払と謝罪文の提出を求める』と書かれている。直接の加害者は30歳事務職の女性社員O女史だという。どう考えても加害者被害者の関係が逆ではなかろうか? 思い当たる節はないが支払わなければならないのかと不安がる管理部長と共に、指定の期日に紛争調整委員会を訪ねた。そもそもハラスメント行為の内容そのものを、委員会の方も把握していない。そこで本人に確認していただく。どうやらドライバーであるS氏が配送を終えて事務所に入っていったとき、他のドライバーが戻ったときには「お帰りなさい」と声が掛かるのに、S氏の時は声を掛けてもらえないことが何度もあった、とか、S氏が事務所に入っていくとそれまで楽しそうにしていた会話が止む、とか….。思えばこれって、日本の平均的なお父さんが、日々、家庭で受けている仕打ちそのもの(?)。その理屈で行けば日本のお父さんの半数がメンタル不全になってしまう。委員会の皆さんもこれには呆れたようで「会社の方はこれでお帰りいただいて結構です」となった。後日談だが、どうやらS氏がO女史に好意を抱き、何度も食事に誘うのをO女史が怖がって避けていた、ことをS氏としてはハラスメントと受け止めたようだった。さすがに企業も従業員の失恋の面倒までは見られまい。

 この事例はS氏が退職していたこともあり、紛争調整委員会まで登場させてしまったが、申し出に振り回されることなく、「それってどういうこと?」「具体的には?」と掘り下げてヒアリングしていくことの大切さを教える好例と言えるであろう。


社労士オフィスAGAIN 特定社会保険労務士/産業カウンセラー
関本 誠

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