原マサヒコ 著
扶桑社 1470円

 長いタイトルを読むとビジネス本と勘違いするだろうが、小説である。主人公の中村一歩がふとした縁で知り合った老人青木重蔵からトヨタ式カイゼンの要諦を学び、ダメ営業マンを脱皮して一流のビジネスマンに成長していく過程を描いている。
 同じような仕掛けの本として「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」がある。本書も「もしドラ」と同じように面白く一気に読了できる。
世界中で採用されているのに日本人だけが使っていない日本流の働き方
舞台はモバイル業界。新発売のタブレットPC「アクセルS」の販売プロジェクトがテーマだ。一歩が配属されたチームはダメ社員ばかりが集められており、成果は上がりそうにない。しかし一歩は重蔵に教えを請いながら、職場の雰囲気を変え、顧客開拓の方法を学び、ついに大きな成果を上げる。チーム、リーダー、プロジェクト、競争、顧客というビジネスの要素が盛り込まれた上で、亡き父との心理的葛藤や恋愛の要素が盛り込まれている。
 セミナーで学ぶトヨタ式カイゼンを退屈に感じる人がいるだろうと思うが、本書は小説として書かれているのでわかりやすい。

 カイゼンは日本の製造業で生まれた活動で、中でも有名なのがトヨタ式カイゼンだ。その概念として5S、カンバン、ムダなどの用語が用いられるが、これらは世界の製造業で通用する。
 わたしももちろんこれらの用語を知っていたが、聞きかじりに過ぎなかった。本書によってはじめて理解した。少しだけ内容を説明しておこう。
 5Sは整理・整頓・清潔・清掃・しつけの頭文字。小学生の時に「整理整頓」という言葉を習っているはずだ。しかし「整理」と「整頓」の違いは何だろうか? わたしは「整理整頓」と覚えており、掃除をすることくらいに考えていたが、そうではなかった。「整理」は必要なモノとそうでないモノを区別して、不要なモノを捨てること。「整頓」は整理して残ったモノをわかりやすく表示させていくこと。
 本書によれば、サラリーマンがモノを探している時間は年間に150時間と言われているそうだ。150時間と言えば、約1カ月。整理整頓によってムダな150時間を少なくすることができる。

 「清潔」には2つの意味があり、ひとつは身だしなみを整えること、もうひとつは体調管理だ。「清掃」は文字通り身の回りの清掃。
 「しつけ」は小学生の時に習った意味と少し違い、「ビジネスマナーを守ること」と「継続させる仕組みを作ること」を指している。整理・整頓・清潔・清掃を思い立ったときにやるのではなく、習慣化する仕組みを作るのが「しつけ」だ。知らなかったが、楽天は社員数10人の頃から毎週自分たちで掃除し、社員が3000人を超えた現在もその習慣を続けているという。

 「巧遅より拙速」もカイゼンの要諦だ。いくら巧みな方法でも遅くてはダメ。拙くても速く対処するのが大事だ。
 ところが日本企業では拙速ではなく巧遅が尊重されているように見える。会議室でごちゃごちゃ進まない議論をして、「じゃあ次回また相談しましょう」でお茶を濁す職場は多いと思う。たぶん会議を重ねれば最善策が生まれるという思い込みがあるのだろう。
 日本の政治も議論の応酬だけで何も決まらず、メディアも「なお議論を尽くさねばならない」と主張することが多い。民主主義で重要なのは議論することだとこの国では考えられているようだ。
 しかし、生産現場で生まれたカイゼンは「まず動く」ことが最重要だと考える。生産現場の問題は議論で解決できない。動くことによって原因がわかり、カイゼンが可能になっていく。この考え方はPDCAを回す発想に近いと思う。

 その他に「単能工ではなく多能工になる」「動くのではなく働く」「モグラ叩きはやめる」「なぜ5回」「視える化」「非常識な目標を立てる」などのカイゼン手法がストーリー展開に沿って語られていく。一つひとつの内容を知りたければ、買って読んで欲しい。
 これらのカイゼンの手法を一歩が重蔵から学び、職場で実践することによって、ばらばらだったプロジェクトメンバーがチームとして一体化していく。目標を共有し成果を上げていく。そしてすべてはハッピーエンドで終わる。

 読み終えて考えたのはビジネス書の形態だ。ビジネス書で紹介される内容は欧米由来の概念であることが多い。ビジネス書をたくさん読み、セミナーに出席して講師の話を何度も聞いている人は理解できるだろうが、若手社員には専門的で難解過ぎると思う。
 小説仕立てにすると一般人を読者として意識するので、読者が納得できる文章にするように工夫する。本書も平易であり、学生や新入社員は主人公に共感しながらカイゼン(仕事の仕方)を学ぶことができるだろう。
 あまりに理想的に主人公が成長し、チームが成果を上げていくので「現実はそんなにうまく行くものではない」と反発する人もいるかもしれない。その通りだ。これは現実の話ではなく、小説だ。ただし成長ストーリーには根拠がある。
 落ちこぼれメカニックだった著者はトヨタでカイゼンを学び、「トヨタ技能オリンピック」で最年少優勝を果たしている。そしてIT業界に転身して生産現場のカイゼンをそのまま応用して、デルで「5年連続顧客満足度No.1」に貢献した。そういう経験を生かして本書は書かれている。

 さて書評を書き終えた。あらためてデスク周辺を見渡すと資料や書籍が散らかっている。さっそくカイゼンに取りかかろう。
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