長年に渡り、日本企業では「ジョブローテーション」が常識とされてきた。しかし、近年では「もはや時代遅れでは」と、否定的な声が高まっている。確かに、昨今はダイバーシティやジョブ型雇用などが注目されており、企業も「ジョブローテーション」を見直す時期を迎えているのかもしれない。ただ、時代の流れだからといって「ジョブローテーション」を廃止するという考えは早計だ。あくまでも自社にとってどうなのかを考察する必要がある。そこで、本稿では改めて「ジョブローテーション」とは何なのか、そのメリットとデメリット、「時代遅れ」と言われる背景などを詳細に解説していきたい。

「ジョブローテーション」とは
「ジョブローテーション」とは、従業員のスキル向上や能力開発を目的として、戦略的に配置転換したり、職務を変更したりする制度だ。人材研修の一環として行われており、日本では広く浸透している。従業員は在籍期間中に複数の部署を経験し、より多様なスキルを身に付けることができるとともに、業務の相互理解や社内の人間関係づくりも図れる。●「ジョブローテーション」の目的
「ジョブローテーション」を行う主な目的は3つある。一つ目は人材の育成だ。企業内のさまざまな職種や部署を経験することで業務への対応力や他の従業員との関係構築力を高められる。
二つ目は企業全体の業務の流れを理解させることだ。より多くの部署で職務を経験することで、企業の全体像を把握しやすくなる。
三つ目は業務の標準化促進だ。特定の従業員にしかできない仕事が多いと、本人の負担は自ずと大きくなる。会社からしても、退職リスクも想定される。
「ジョブローテーション」と類似制度との違い
「ジョブローテーション」と似た制度の違いについて解説したい。●人事異動との違い
人事異動は社員の意思に関わりなく会社命令として、昇格や降格、転任、役職への任命などを行うことを言う。欠員の補充や組織の活性化など、経営戦略を推進する上での必要な施策と位置付けられる。一方、「ジョブローテーション」は人事戦略の観点から従業員の教育や能力開発を目的として行うことが多い。●社内公募制度との違い
社内公募制度はキャリア開発支援の一環として、会社が人材を必要とする部署をオープンにし、希望者を募り従業員のキャリア形成をサポートする取り組みだ。なので、本人の希望が反映されやすい。一方、「ジョブローテーション」は会社主導で配置転換を行う点が異なる。「ジョブローテーション」が『時代遅れ』や『無駄』と言われる背景
ところで、今なぜ「ジョブローテーション」が「時代遅れ」、「無駄」などと指摘されているのか。その背景を探ってみよう。●「ジョブローテーション」が『時代遅れ』や『無駄』と言われる背景
「ジョブローテーション」が時代遅れと言われる背景として、大きな影響を与えているのは、経済産業省が公表したダイバーシティ行動ガイドラインだ。ダイバーシティの浸透が進む今日では、もはや終身雇用制度や新卒一括採用、無限定社員制度、年功序列の仕組みなどがもはや行われなくなってきており、同一企業において短期間でさまざまな経験を積んでいく「ジョブローテーション」も意味がないと指摘している。●[ジョブローテーション」は日本だけなのか
日本企業では、新入社員を迎え入れ長期的に育てていく「メンバーシップ型雇用」が長らく主流であった。「ジョブローテーション」は、その雇用形態をベースとしている。これに対して、海外の企業は「ジョブ型雇用」が一般的であるだけに、世界的に見てもユニークなキャリア形成システムと言って良いだろう。●「ジョブローテーション」を廃止する企業の理由
なぜ、企業は「ジョブローテーション」を廃止するのか。主な理由を挙げたい。・ジョブ型雇用の拡大
ジョブ型雇用とは、業務内容や業務範囲・就業場所・就業時間などを従業員に明確に提示する雇用制度だ。これは、企業においてダイバーシティを推進していくには適した働き方とされている。その一方、短期間で色々な業務経験を積む「ジョブローテーション」はダイバーシティには適さないと判断され、廃止を検討する企業が増えている。・専門性の重要度向上
特定の専門性を持ったスペシャリストの育成を図る企業が増えたことも、「ジョブローテーション」を廃止する理由として挙げられる。「ジョブローテーション」は、マルチスキルを身に付けることが狙いとなるだけに、専門性を意図した人材育成には適さないと言わざるを得ない。・業務意欲やエンゲージメント低下のリスク
「ようやく業務に慣れてきた」と思えるタイミングで別な部署への異動や転勤が命じられてしまうと、業務意欲は明らかに下がってしまう。もちろん、逆のケースも十分にあり得る。せっかく希望した仕事に従事できたとしても、「ジョブローテーション」によって本人の意に反する部署・業務に異動することもあり得るからだ。「ジョブローテーション」のメリット
「ジョブローテーション」には、どのようなメリットがあるのか紹介しよう。●ジェネラリスト・幹部候補の育成
「ジョブローテーション」を通じて、ジェネラリストを育成しやすくなる。さまざまな業務を経験し、幅広い視野を持つことができるからだ。また、幹部候補生を育成できる点も見逃せない。優秀な人材であればあるほど、現場で得た知見を将来幹部になった際に役立てていける。●適材適所の配置
採用後の面接や研修だけで、新入社員の適性を見極めることは難しいと言わざるを得ない。「ジョブローテーション」を行い、さまざまな職務や部署を経験すれば、本人にどういった適性があるのかを見極められるので、それにマッチした配置を実現しやすくなる。適材適所に人材を配置できれば、従業員のモチベーションも高まる。●業務の標準化
「ジョブローテーション」を行うと従業員が入れ替わり、業務の標準化を実現できる。それによって、欠員が出てもスムーズに対応できる。結果として、業務の生産性を高められる。●社内のリレーション構築
「ジョブローテーション」を導入することで、従業員は多様な部署の業務に触れられる。それによって、社内における知り合いも増えるため、新たなリレーションを構築しやすくなる。自ずと部署間の連携もスムーズになるので、社内横断型の大規模なプロジェクトを推進しなければいけないとなった場合でも、対応しやすいと言える。●従業員のモチベーション維持
同じ業務を何年も続けていると、どうしてもマンネリ化してしまうものだ。従業員自身の成長意欲も低下していくと予想される、そうしたことがないように、新たな業務をアサインすることは有効となる。●採用コストの削減
「ジョブローテーション」を通じて従業員は業務との適性を見い出したり、多様な業務を経験したりすることで成長スピードを高められる。それによって、人材が不足している部署の業務をカバーしてくれる可能性がある。そうなれば、外部から人材を採用するコストが削減できる。●属人化の抑止
業務が属人化してしまうと、業務効率の低下やなにがしかのトラブルにつながりかねない。担当者が病気で長期休暇を取得したり、急に退職したりしてしまった場合、誰も業務を担えないといったケースも起こり得る。そういった事態を防ぐためにも、「ジョブローテーション」を行う必要がある。【HRプロ関連記事】「モチベーション」とは? 意味や高める方法、維持する施策を詳しく解説
「ジョブローテーション」のデメリット
「ジョブローテーション」には、さまざまなデメリットがあることは否めない。それらを整理してみたい。●従業員の負担増加
従業員からすれば新しい部署へ異動するとなると、業務を一から覚える必要がある。当然ながら、多大な時間と労力がかかってしまう。しかも、新しい職場環境や人間関係にも適応しなければならないのでストレスも伴う。そうした負担が、本人のモチベーション低下や生産性の減少につながる可能性もあり得る。●スペシャリスト育成に不向き
特定分野の専門性が身に付かずスペシャリストを育成できないという課題もある。どうしても経験年数が短くなってしまうため、広く浅い知識やスキルになってしまうからだ。特に、高度な専門スキルが求められる部署・職種には、「ジョブローテーション」の導入は慎重になるべきである。●モチベーション低下のリスク
すべての「ローテーション」が従業員の希望に沿うとは考えられない。むしろ、意に沿わないケースが多い。一度だけならまだ受け入れる可能性が高いが、それが幾度も続いてしまうと本人のモチベーションは、間違いなく低下するはずだ。結果的に、企業への帰属意識や貢献意識が薄れ、場合によっては退職を考えてしまうかもしれない。●運用コストがかかる
「ジョブローテーション」を行うためには、人事担当者に多大な運用コストがかかる。異動案の作成だけを採っても、誰を異動対象者とするのか、どこに配置すべきか、それぞれの部署の要員数は適切か、各部署の業務遂行能力に差はないかなど業務は多岐に渡る。異動案ができてからも、送り出す側と迎える側、双方の部署への根回しや調整を行う必要がある。●受け入れ先の教育コストが発生
他部署から異動してきた従業員には、業務をイチから教えていく必要がある。昨今はどの部署も人材に余裕がないだけに、自分の業務を遂行しながら、並行して教育するとなると手間暇がかかってしまう。また、せっかく育成したとしても退職してしまう可能性もなくはない。その場合、教育コストの損失は、かなり大きなものがある。「ジョブローテーション」に向いている企業・向いていない企業
「ジョブローテーション」が向いている企業もあれば、向いていない企業もある。それぞれの特徴を見てみよう。【向いている企業の特徴】
「ジョブローテーション」が向いている企業には、以下の3つの特徴がある。●複数部署で一つの商品・サービスを提供する大企業
大企業だと特定の商品・サービスに関わる部署数が、どうしても多くなりがちだ。その割には、横の連携ができていなかったりする。「ジョブローテーション」により、部署の垣根を越えたコミュニケーションを促進することで折衝・調整がしやすくなる。●セクショナリズムを防ぎたい中小企業
組織や部署の専門性を追求すると、セクショナリズムの問題が起きやすい。そうした課題解決に向けても「ジョブローテーション」は役立つ。人材交流が可能となり、連携が図りやすくなるからだ。●企業文化の醸成・浸透に苦労しているグループ企業
グループ企業では、企業文化の浸透が課題として良く取り上げられる。「ジョブローテーション」を通じて人材交流を活発に行うことで、企業が重視する価値観や働き方をグループの各社と共有しやすくなる。【向いていない企業の特徴】
「ジョブローテーション」に向かない企業には、以下の4つの特徴がある。●専門的な知識やスキルが求められる企業
ITや建築・医療など専門性が必要となる企業では、「ジョブローテーション」は向かないとされている。コスト増や業務レベルを低下させる原因となってしまうからだ。●少数精鋭体制の企業
スタートアップ企業やベンチャー企業などをはじめとする、少数精鋭体制の企業も、「ジョブローテーション」には向かない。限られた人材ゆえ、自分が担当する業務を遂行した方が、パフォーマンスが上がりやすいからだ。●中長期の案件を抱えている企業
中長期の案件を抱えている企業も、「ジョブローテーション」には不向きだ。案件の途中で担当者が変わってしまい、引継ぎが上手くできなかったりすると、業務に遅れが生じてしまい、取引先に迷惑がかかってしまう。●中途採用の割合が多い企業
中途採用の割合が多い企業も「ジョブローテーション」には不向きだ。業務内容を変える度に、先輩が自らの業務に加えて教育も受け持たなければならず、負担が増えてしまうからだ。「ジョブローテーション」の導入の流れ
「ジョブローテーション」を導入するには、どのような流れで運用すれば良いのか。順を追って解説していく。(1)目的の明確化
「ジョブローテーション」の導入において、まず重要なのは目的の明確化だ。「ジョブローテーション」は、従業員のスキル向上や適材適所の人材配置を目的としている。そのため、幹部候補の育成や新人育成、新陳代謝の促進、業務の属人化防止など、具体的な目標を設定する。これが対象社員や配属先の選定につながる。目的が不明確だと、対象社員の選定やサポート体制が十分にできないリスクが生じてしまう。(2)対象社員の選定
対象社員の選定は、「ジョブローテーション」の成否に大きく影響すると言っていい。一般的には、新入社員や幹部候補者が対象となるが、目的に応じて、年齢や職務経歴、適性などを考慮し、社内の人事データと照らし合わせて選定していく。また、社員のキャリアプランや志向性も考慮し、成長に寄与できるかも重要だ。(3)配属先の決定
対象社員の適性やキャリアプランに沿って配属先を決めていく。また、どの部署で人員が必要か、どのようなスキルや知識を身につけさせたいかを考慮する。対象者の希望や意向も尊重し、双方の理解を深めるためのカウンセリングを行うと良いだろう。対象社員と配属先がミスマッチだと、モチベーションの低下や離職リスクが高まる恐れがあるので、慎重に検討したい。(4)実施
対象社員の了承を得たうえで、配属先の準備が整ったら実際に異動を行う。「ジョブローテーション」を実施中は、定期的な面談やフォローも大切となり、対象社員の業務の進捗状況やモチベーション、人間関係の変化による不安やトラブルなどを確認し、必要に応じて対応していく。「ジョブローテーション」の成功企業事例
各社は「ジョブローテーション」をどのように活用しているのか。3つの代表的な企業の成功事例を取り上げていく。●ヤマト運輸
ヤマト運輸では、新入社員の育成を目的に「ジョブローテーション」を実施。入社後2年間で新入社員に配送物の集配や配送サポート、営業などの現場業務を経験させることで、組織全体の業務の流れを理解し、自己成長やキャリアプランを考えるきっかけ作りを促しているのだ。若手社員は現場で直接業務を体験し、将来の幹部候補として必要なスキルを身につけることができるだけでなく、モチベーションを高め、長期的なキャリア形成に役立てている。●ソニーグループ
ソニーグループでは、若手社員に自分の専門性を確立させることや、グローバルな視点を持つタレントとして成長するために「計画的ジョブローテーション」を実施している。世界7カ所の拠点に「タレントダイレクター」と呼ばれる人事担当者を配し、ジョブローテーションの機会を発掘。個々の社員のキャリア希望や価値観を尊重しながら、日々変化するビジネスの現場でローテーションの機会を提供することで、若手社員のモチベーションを維持し、グローバルなタレントとしての長期的なキャリア形成を支援している。●富士フイルム
富士フイルムでは、「ジョブローテーション」を通じて若手社員の育成と組織活性化を図っている。新入社員には3年間の研修制度を設け、その間の「ジョブローテーション」により、各業務内容の知識を習得させ、特定分野の技術や知識を追求することと、部署に配属されても業務に真摯に取り組む姿勢を身につけさせている。また、年に一度の上長との面談を通じて、本人の価値観やキャリア希望を踏まえた異動を行い、個々の従業員の課題形成力や業務遂行力の向上を実現している。【参考】富士フイルム:人材育成と働き方
「ジョブローテーション」の失敗例
「ジョブローテーション」は適切に実施されなければ、効果が得られず、失敗に終わることもある。以下にいくつかの失敗例を挙げていく。実施するうえでの注意点として参考にしていただきたい。●準備不足とトレーニング不足
ある自動車メーカーでは、製造ラインの従業員に対して「ジョブローテーション」を導入したが、事前のスキル習得が不足していたため、一部の従業員が異なる製造工程に対応できず、生産ラインの遅延や品質の低下を招いた。「ジョブローテーション」を成功させるためには、ある程度のトレーニングや準備、その後のフォローアップが不可欠である。●従業員の意向を考慮しない
企業が従業員の意向を無視して「ジョブローテーション」を実施すると、従業員のモチベーションが低下し、退職者が増えることがある。得意でない業務を任せられてストレスが増し、結果として人材流出につながってしまうケースは少なくない。従業員の意向を尊重し、コミュニケーションを重視することが重要だ。●権限の喪失とストレス
「ジョブローテーション」によって、従業員が短期間で異動し、仕事で権限を持てない状況が続くと、ストレスを感じてしまう。特に優秀な人材は、責任を感じられる仕事を希望するため、権限のある役割を得られないと不満を抱き、離職につながってしまうことがある。まとめ
「ジョブローテーション」にはメリット、デメリットの両面がある。しかも、企業や業種によっても向き・不向きがあることも解説した。それらを考慮した上で、自社ではどう判断するのかが重要となる。もし、導入するとなった場合には人事担当者として心がけたいことがある。一つは、従業員の意思・希望を事前に把握しておくこと。そして、もう一つは従業員が思い描くキャリアの方向性を理解しておくことだ。ジェネラリスト志向なのか、スペシャリスト志向なのかだけでも良いので、確認しておきたい。【HRプロ関連記事】
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よくある質問
●大企業が「ジョブローテーション」を行う理由は?
大企業がジョブローテーションを行う理由は、優秀な人材の育成や適性の見極め、組織の新陳代謝にある。「ジョブローテーション」により、社員は複数の部署を経験し、幹部候補やジェネラリストとして成長できる一方、企業は社員の適性を把握し、適材適所の人事配置が可能となる。また、同じ業務に長期間従事するマンネリを防ぎ、業務の効率化と標準化を図れる他、属人化を防止する狙いもある。●人事異動と「ジョブローテーション」の違いは何?
人事異動は、社員の意思に関わりなく会社命令として、特定のポジションの空きや組織のニーズに応じて、社員を異なる役職や部署に配置することを指す。一方で「ジョブローテーション」は、社員のスキルや視野を広げることを目的とし、複数の部署を経験させることで幹部候補やジェネラリストを育成することを目指している。- 1