伊庭正康 著
マガジンハウス 1,260円

2010年にゆとり第1世代が入社するようになってから、その育成法が問題になっている。「これまでの新人と変わらない」という声もあるが、「覇気がない」「ストレス耐性が低い」「社会常識が欠けている」など、先行世代と異なる特徴を持っていると感じる人が多いようだ。
「ゆとり世代」を即戦力にする5つの極意
ゆとり世代はこれからも続くから、いかに育成し戦力化していくかは、重大な人事課題だ。しかし「ゆとり世代」に特化した育成マニュアル本はほとんどなく、人事セミナーのテーマとして取り上げられることも少ない。たぶんこれまでの人材育成の延長では解けないからだろう。
 はじめてこの問題を解き、ゆとり世代を即戦力にする5つの極意を説いたのが本書である。

 著者は、ゆとり世代を「ユトリスト」と命名している。ユトリストを即戦力にする5つの極意とは、1「(ユトリストの)強みを伸ばす、プロデューサーになる」極意、2「(ユトリストの)主体性を引き出す」極意、3「(ユトリストと)信頼関係を作る」極意、4「(ユトリストの)コミュニケーション能力を育む」極意、5「(ユトリストの)ストレス耐性を高める」極意だ。5つの極意は、それぞれ10前後の法則で説明されており、トータルで40の法則が紹介されている。
 この手のマニュアル本は、根拠がはっきりしないことが多いが、本書は違う。著者が昨年まで20年間在籍していたリクルートでは、これらの法則が空気や水のように実践されているのだ。したがってリクルートという企業を知るために本書は役立つ。

 リクルートは早ければ2013年度中の上場を目指している。『週刊東洋経済』(2012,年8月25日号)は「リクルートの正体」を第1特集として取り上げ、新社長に就任した峰岸真澄氏の単独インタビュー「株式上場で世界一を目指す」で株式上場の目的を明確に述べている。4~5年の中期目標として、人材関連事業で世界一、人材関連以外の販促支援事業ではアジアナンバーワンを目指すための上場だ。
 売上高の単純比較でリクルートは、人材ビジネス分野でアデコ(スイス)、ランスタッド(オランダ)、マンパワー(アメリカ)に次ぐ世界第4位のポジションにあり、今後4000~5000億円の投資を行い、スピーディな展開で世界一を狙うようだ。

 この特集には、リクルートが輩出した著名人一覧も掲載されており、一覧に出ている上場企業だけでも27社の経営トップを生んでおり、「人材輩出企業」の名に恥じない。
リクルートでは退職することを「卒業」と言い、数年で転職したり、独立したりする人が多い。本書の「おわりに」には、リクルートの不思議な現象についての記述がある。「リクルート以上に面白い会社はない」と言いながら、「99%以上の従業員が辞める会社」と書かれている。
 こんなに従業員が辞める企業は、世界でもリクルート以外に存在しないはずだ。リクルートは事業会社だが、同時にビジネススクールを超える人材育成機関でもある。

 これほど多くの人材を輩出してきたリクルートだが、意外なことに一貫した育成プログラムは存在しないそうだ。著者によれば、理論や方法論が先にある会社ではなく、日常の「文脈」や「きっかけ」のなかで育成されているのだ。もしかすると上司や従業員には人材育成という意識すらなく、リクルートではありふれた「日常」ということなのかもしれない。
 この「日常」のなかの「文脈」や「きっかけ」に流れるノウハウを体系化しようとしたのが著者である。今回は「ゆとり世代」というキーワードを取り上げ、若手メンバーをプロに育てる現場リーダーシップを抽出して、40の法則にまとめている。他のテーマを扱う次回作もありそうなので期待したい。

 40の法則を読んで驚く人は多いと思う。上司を含む従業員同士がニックネームで呼び合う大企業はまずない。リクルートでは幹部に対しても「ハトさん」「トキさん」と呼んでいる。
 また目標を達成した時には握手して「お疲れ様」「おめでとう」の気持ちを伝え、平均すると年間1000回前後の握手をするそうだ。
 新入社員の初出勤の日には、デスクの上に垂れ幕がぶら下がり、手書きの文字で歓迎メッセージが添えられている。そして大きな拍手で迎えられる。
 リクルートの職場は、賑やかなイベント会場のようだ。このようなことを実践できる企業はそう多くない。

 40の法則は日本企業の常識を逸脱する特異なものだが、理にかなっている。多くの大企業の業績が低迷するなか、20年前にリクルート事件でつまずいたリクルートは見事復活し、2013年度に上場し、人材関連事業で世界一を目指す。そのパワーの源泉はリクルートの人材育成力だ。
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