山本直人 著
新潮新書 714円

発行が2005年とやや古いが、内容は現在の新人研修と共通しているし、内容が面白いので書評に取り上げる。
著者の山本直人氏は、慶応大学卒業後に博報堂に入社し、コピーライター、研究開発を経て、人事局で3年間若手育成を行った後に2004年に独立し、現在はマーケティングおよび人材育成のコンサルタントとして活躍している。
本書のテーマはシンプルだ。若者を生かし切れていない「もったいない」状況を変えることだ。
話せぬ若手と聞けない上司
変える方法は序章に書いてある。「ちょっと踏み込めば相手も変わる」。ところが、忙しさや若者との話の仕方がわからないなどの理由で若者に踏み込んで接していない。「わからんなぁ」と思っているうちに、お互いがつまらなくなる。そういう状況が「もったいない」のだ。

 博報堂では4月から1カ月の全体研修がある。その2カ月前の2月に3日間の入社前研修があるそうだ。はじめて研修を担当した山本氏は、それまでの人事のガイダンスを聞いて呆れる。「定刻までに集合していただきたい」などと変な日本語を使っていたからだ。「いただきたい」は依頼を意味するから、確かにおかしい。山本氏は命令形で話をすることにした。
 初対面の動物どうしは一瞬にしてお互いを「位付け」すると言う。人対人の場合は「言葉」が重要だと考え、命令形を使うことにしたのだ。ただしその後の文例を読んでいくと、この命令形は「行け」「帰れ」「しろ」という命令形ではなく、「言い切り」を意味し、意味のない能書きをはずして話すという意味のようだ。
 たとえば「なぜ研修をするのか」を説明する時にもっともらしいことは言わない。次のように説明する。「人間はものを考えないでいるとバカになります。おそらく皆さんも内定してホッとしてから今までの間に十分バカになっている可能性があるので、ネジを巻きなおしてもらいます」。そしてこう付け加える。「40、50と歳を重ねた人が君たちより賢いとは限りません。放っておくとバカになってしまいます。もうすぐ実例が見られますけど」。

 若者のタイプを「犬」と「猫」にたとえた部分が面白い。今の教育は学校も会社も、若者が「犬型」であることを前提にしているようだ、と山本氏は述べている。たしかにその通りで社員研修は「犬の調教」になっていると思う。
 しかし山本氏は今どきの若者は「猫型」だと考えた。「犬の調教」の基本は「ほめる/叱る」だ。しかし猫には通用しない。ほめられてうれしいという感覚は猫にはない。叱っても人の話を聞いていない。その代わりプライドは高い。
 猫型の若者も同じである。叱っても効果がない。ほめてもそれほど喜ばない。そんな若者たちに対し山本氏はどうしたか。自然に恥をかく仕組みにしたのだ。細かいルールやマナーを教え込むスタイルをやめて「知らないとかっこ悪い」と思わせるようにしたのだ。

 山本氏は不安を抱く新人からの相談もたくさん受けている。新人の不安はそれぞれだが、共通点もある。「借り物の夢」が深く関係しているのだ。たとえば学生時代にフランスにいたことのある新人は「フランスと関わりたい」と相談するが、「どう関わりたいのか」と問い返すと答えられない。今のように働いていては実現できない夢はたくさんある。母校の運動部のコーチをしたい、南の島で先生をしたい、大学院に行きたい。しかしよく聞いて見ると具体的なプランがないことが多い。これが「借り物の夢」だ。
 現在の自分ではなく、「あの頃が一番自分らしかった」高校や大学の頃の自分を追いかけている。「自分探し」を通り越して「自分ストーカー」になっているのだ。
 自分ストーカーははじめて聞く言葉だが、言い得て妙だと思う。さすがに博報堂でコピーライターをしていただけあって、言葉にキレがある。
 教育人事に携わる人にとっては研修の方法について考えさせられるだろう。若者と接する立場の人であれば誰が読んでも発見が多いと思う。
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