多くの企業において、他部署から見た人事部のイメージは「採用や給与計算、労務対応などのオペレーションを中心に対応する組織」といった印象が強いのではないか。その人事部が社員のパフォーマンス最大化を考えていくことは、人という材を扱う部署としてこれからも変わらず求められる、人事部業務の要である。他方このミッションは、日々の業務によって結果後回しにされることも、また事実であるように思われる。この時、人事部は経営の描く「攻める」姿勢にどう向き合うべきなのか。本稿では、オペレーショナルな人事部業務をあえて”安全圏”と銘打ち、なぜ人事部がそこから脱却すべきかを考えたい。
人事部は“安全圏”から脱却を
クライアントであるA社との打ち合わせにおいて、社長が人事部に質問を投げかけた。「営業一人あたりの売上額はどうすれば上がるのだろうか。」 成長著しいA社は、次期中期経営計画に壮大な売上目標を掲げている。他方、業務プロセスの改善や商品力の向上だけではその目標を成し得ないと認識した経営層は、“人”の側面にも手を加えることが、戦略を実現するうえで何かしら重要だと判断したようだ。

この社長からの問いが人事部に対してなされていることに、違和感を抱く方もいるだろう。このような命題は、おおよそ各事業部の部課長や現場のマネジャーに対して発信されるように思われるからだ。仮にあなたの企業の人事部に同じ問いかけがなされたら、どのように反応するかを想像してほしい。もし少しでも抵抗感を抱いたならば、それは人事部が戦略人事への転換を求められていることや、そもそも人事部がそのような経営マターに関与するという在り方自体に部としての思考や能力が追いつかないためであろうし、その感覚はむしろ当然だとも思われる。
戦略人事 ―― 経営者や事業部長のビジネスパートナー・戦略参謀として、人の側面から企業の課題を解決するために必要な施策を立案し、その実行に責任を持つ存在である。採用、育成、異動、評価、労務・・・A社でも機能しているこういった人事部体制の根底は管理/リスクヘッジ思想であり、経営が掲げる方針を「クリアする」ことにミッションが置かれていることが多い。つまり、そもそも従業員のパフォーマンスを上げるといった「攻め」の思想や目的で構成されてはいない。ゆえに現状の体制において、A社の人事部が社長の要求に応えられるかは未知数であろう。ただし、ここでポイントとなるのは従来型スキームによる各部署間の協働ではない。戦略人事として事業に関与するという、人事部全般のマインドチェンジである。

人事部が戦略を立てる。それは人事部が、経営でも利益創出部門でもないという“安全圏”から脱却し、人事部が業績責任を負うことを意味する。〝安全圏”は、採用、給与計算、社員各人の個別ケース対応といった日常業務の多忙さゆえに、他部署から確立されてきた人事部の立ち位置であろう。しかし、戦略に組織(人)が従うにしろ、組織(人)に戦略が従うにしろ、人と戦略との切り分けはできない以上、人を扱うプロフェッショナルである人事部にも戦略的機能が備わっているべきだ。そもそものこの構図に照らし、あるべき位置に立ち返って人事部の立ち位置をシフトしていくことが、今後重要ではないだろうか。

一方、現状は、そうしたシフトがあまりなされていないことも事実である。2012年にある日系企業が社員5,000名に対して人事部業務の印象調査を行った(*1)。結果は「①戦略策定+ビジネス支援=30%」「②オペレーション=70%」となり、人事部はオペレーション組織だという印象が定着している様子が窺える。また、昨年2017年に実施された「企業に最高人事部責任者(CHRO)がいるか」との調査結果は「人事部門に特化した役割として存在する」が12.8%に留まった(*2)。人事部は経営の立場として十分認知されるまでには至っておらず、まだまだ立ち位置を変えられていないということであろう。

本稿は現在の人事部を否定するものではない。しかし、採用や労務のオペレーションを正確に遂行することだけでは人事部の役割を果たしているとは言えなくなっている。米国市場では、現管理スキームで扱われる55%以上の業務は、今後5年程度でAIにより自動化・効率化されるとの見立てがなされている(*3)。自動化できる業務に人を張り付けておく必要はないだろう。これにより捻出された時間の1つの使い道は戦略への参画だ。ただし、人事部が戦略を口にする時、自らの在り方を見つめ直さないことは既存の“安全圏”を盾にし続けることであり、人事部の思考停止ともとらえられかねない。人事部の覚悟がここに求められている。

丸紅は4月より勤務時間の15%を副業に当てることを全社員に義務付け、全社でビジネス創出を図る構えだ(*4)。社員全員が戦略家ならば、その社員を相手にする人事部は更に俯瞰した視点で社員を見ていく必要がある。単なる管理や支援の枠を超えた人事組織にならなければハンドルできない世界だ。

「営業一人あたりの売上額はどうすれば上がるのだろうか。」 と問われたら、あなたの会社の人事部は戸惑うかも知れないが、実際にそのような問いと向き合い、自らの変革に挑むことを決めた人事部は既に存在する。この事実から目を逸らしてはならない。

*1 HPプロ『サントリーホールディングスと日立製作所におけるグローバル人事部の取り組み』
*2 ダイヤモンドオンライン『日本企業の1割にしか「最高人事部責任者」がいない理由』
*3 Cision PR Newswire『More Than Half of HR Managers Say Artificial Intelligence Will Become a Regular Part of HR in Next 5 Years』 
*4 日本経済新聞『丸紅 勤務時間の15% 社内副業義務づけ』(2018年4月1日)
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 アソシエイト
奥村 亮翔
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