樋口 弘和著
扶桑社新書
777円
新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか―失敗しないための採用・面接・育成
不思議なことがある。どの企業でも採用と育成を行っており、たくさんの経験が蓄積されているはずだ。ところが系統だった方法論がない。経験は、採用担当者や教育担当者一人ひとりの内部にしまい込まれ、陽の目を見ない。個人的な信念を持つ担当者はいるだろうが、その信念が合理的なものなのかどうかも検証されない。
「第一印象で9割はわかる」「3分で人物は判断できる」と言う採用担当者もいる。本当にそれでいいのか? これも検証されたことがない。
そんな日本の「方法論なき人事」に一石を投じるのが本書である。採用・面接・育成に関して具体的な方法を語り、とても有益だ。人事関係者が学び活用できる一書である。『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』というタイトルは挑発的だが、読み終えてみると、「期待はずれ」なのは人事だとわかる。

本書は第1章「上司の成功体験が通用しない時代がやってきた」で、まず変化について語る。若者の質の低下を指摘されることが多いが、見落とされがちな変化がある。働く意義や価値観について真剣に考える若者が増えているのだ。
樋口氏によれば「就活のハウツーではなく、本気でそう考えている若者」だ。「多くの学生が、その会社が自分たちの成長にとって合っているのかどうかを本音で確認しようとしている」のだ。そういう強い想いを持って入社した若者を、OJTという名の“放置プレイ”でのんびり育てようとすれば、若者たちが怒り出すのは当たり前。
「放置文化=OJT文化=ほったらかし文化」をやめ、「かまってあげる文化」にすることから若者の育成は始まる、と著者は説く。

第2章「こんなはずではなかった!?-採用ミスの真相」では、採用してはいけないダメ人材を10類型で解説している。「草食獣」、「受験勉強のスペシャリスト」、「海外留学経験者」、「2浪・2留」、「マイペース学生」、「家庭教師・塾講師経験者」、「情報メタボ学生」、「マニュアルを鵜呑みにしたハウツー君」、「さわやかなルックス」、「自己実現にこだわりすぎる学生」という10タイプである。
学力に関わる部分が面白いと思った。「受験勉強だけのスペシャリスト」とは、一流大学の学生を指している。ブランド大学からの応募があると採用担当者は喜びがちだが、受験勉強によってぎりぎりで合格した学生は当然成績も良くない。一流大学の成績下位学生は自立性や社会性が欠如している傾向が強いと著者は言う。
2浪、2留以上の採用もリスキーだと著者は言う。こういう人はプライドが高く決断力がないと断じている。こういう主張は過激に聞こえ批判されやすいが、著者は経験から導き出された法則を述べているのだと思う。

第3章「一流の人材はどこにいるのか?」では「人材は企業による教育でどの程度伸ばせるか」という問いを発し、続く文で「私の経験では、採用段階(つまりその人の持っている資質)で8~9割が決まる」と述べている。
この文は誤解を招くかもしれないが、著者が言う「資質」とは素直さと向上心だ。頭が良くてもプライドが高く素直でない人は伸びない。素直な人は、人の話をよく聞き、過去の成功にも縋らない。いつも謙虚だ。
向上心も重要だ。本物の向上心のある人は、過去から目標につながる生き方をしており、過去、現在と将来が連続している。そして著者は、向上心という資質や志向は、会社で教育できるものではないと述べている。

素直で向上心のある一流人材はどこにいるのか? 偏差値の高い大学だからといって全員が優秀というわけではない。それほど偏差値が高くない大学であってもその大学のトップ20%に入っている学生は一流人材であることが多いそうだ。
ここから重要な採用戦略が導き出される。「どのレベルの大学であればトップ層が採れるか」である。企業の器に合ったレベルの大学からトップクラスを採用するのだ。また社風とマッチする大学に絞るとことも大事な選択だと著者は述べている。

採用と教育といった人材部門の仕事が、企業にとって「重要な投資活動」になってきた、とも書かれているが、これは重要な指摘である。現状は、採用担当と教育担当は異なる人間が担当し、人材要件があいまいなままに採用し、配属することが多い。
「求める人材像」を社長や人事部長が述べている企業は多いが、ほとんどが作文のレベルにとどまっている。科学的に定義してその資質の強弱までデータで示し、採用担当者全員が共有する必要がある。
体制も変えるべきだ。著者の提案は、採用と教育という縦割り組織をやめて、採用・教育チームを複数作ることだ。採用とその後の1年間のフォローを同一チームが担当する。次の年の採用は第2チームが担当し、フォローを行う。確かにこういう体制にすれば分離されていた採用と教育が統合されるだろう。

第4章「間違いだらけの日本の採用」では採用ノウハウが語られている。著者は適性試験のデータを新卒の面接選考に必須のデータだと考えている。適性試験はほとんどの企業が実施していると思うが、多くの採用担当者は参考資料に位置づけていると思う。
しかし著者は「面接のサポートデータとしてほぼ80%以上の適切な情報を提供してくれる」と述べている。「適性試験は、会社に入ったらどういうタイプの人間になるかを非常にシンプルに判断」してくれる。「緻密」「創造性」というタイプを判断し、勉強の出来不出来とはあまり関係しない。
適性試験の役割について著者はもうひとつ重要な指摘を行っている。それは新卒採用だけ適性試験をするのでは不十分と言うことだ。
採用は社内の評価制度の延長であり、評価の高い(優秀)人材を選ぶことだ。社員に対する適性試験を行っていれば、社内優秀人材タイプと応募者のデータを付き合わせることができる。これは正論だと思う。もっとも社員に対する適性試験を行っている企業はたぶん少ないだろう。

面接の定番質問を著者は全否定している。「学生時代に一番がんばったこと」を聞くのは時間のムダ。なぜなら学生がストーリーを準備している質問だから。
面接で評価するのは、学生の毎日の具体的な行動や習慣。そこから学生の資質と器が見えてくる。具体的には講義への取り組みや、開始時核のどれくらい前にゼミ室に行くか、どんな準備をし、どこまで議論するのか? そういう行動や習慣から資質が見えてくるのだ。だから「あなたの強みや課題などを含めて、自己PRをしてください」も無意味。話題の選定を相手に委ねてはいけないと言う。
このような定番化したお見合い面接が、失敗採用の原因と著者は考えている。面接は真剣勝負であるべきだ。笑顔も面接中は不要。書類に目を落とすこともダメと言う。
またグループ面接にも著者は反対する。グループ面接では学生たちは、つくられた集団で不自然なリーダーシップやチームワークを演出させられる。
選考面接はその学生の「自然な状態」で行うものであり、不自然なグループ面接は選考に不向きだという意見は、そう言われてみればもっともな正論だろう。

さてではどうすれば優秀人材が見抜けるというのだろうか?
第5章「優秀な人材を見抜く“雑談面接”」でその方法が語られる。“雑談面接”は著者の造語だと思うが、その中身は行動事実を引き出すコンピテンシー面接である。たくさんの事例が紹介されているので、面接の進め方の参考になる。
本書を読むと「人事の常識」が覆されて驚かされるが、わたしか読んでもっともインパクトを感じたのは、次の言葉だ。「見抜き力のある面接官は、第一印象と戦う人です」(139p)。
ベテラン面接官も第一印象のマジックに勝てない。第一印象がいいと、面接は良い評価を検証するものになるし、悪ければダメである理由を確認するものになる。しかし第一印象はその面接官の好き嫌いであることがほとんどだ。だから「第一印象と戦う人」が面接官としてふさわしい。
こういう人間心理の機微は言われてみなければわからない。これを教えてもらっただけで、777円の価値は十分にある。
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