中沢孝夫著
PHP新書 756円
仕事を通して人が成長する会社
成功した企業、成長する組織についての著作は多い。本田、ソニー、松下電器(現・パナソニック)、京セラ、日本電産などの経営者が抱く経営哲学もよく書かれる。またテレビ番組でも現役の経営者が登場して、経済分析、経営戦略を語っている。いずれも聴くに値する内容を含んでいる。ただし、やや違和感を抱く人も多いのではないか?
違和感の理由は、いずれも大企業の戦略、哲学だからだ。本書によれば、日本企業400万社の99%以上が中小企業。大企業は1万2000社で全体の0.3%でしかない。中小企業の社員数は少ないが数が多いので、日本のビジネスマンの70%が中小企業に勤めている。
しかし圧倒的に多い中小企業の姿がメディアで取り上げられることは少ない。

本書が取り上げているのはすべて中小企業10社。モノづくりで人が成長する10のストーリーを語っている。ストーリーは海外進出であったり、介護事業への進出であったり、屋台から始めて現在は年商10億円を超えたとうふの製造・販売であったりと多彩。じつに多くの物語がある。

共通しているのは、ほとんどの企業が地方に立地していると言うことだ。著者は福井県立大学特任教授なので、福井県のメーカーがとくに多い。そして会社と社員の温かい家族のような関係が描かれている。働いている人がパートやアルバイトの形態であることもあるが、それは本人の都合。正規社員と非正規社員という格差問題はなく、満足してその会社で働き続けている。
給与や労働条件がいいというわけではない。プラスチック成形の東海化成には「下請けさん」という家族従業員がいる。プラスチック成形の仕事は単価が安いので、朝の5時、6時から夜の9時、10時まで働くのだそうだ。しかし長時間労働は「苦痛」ではないそうだ。外に働きに出ることなく、夫婦で一緒に自分の家を職場にして働き、一緒に暮らせることを大切にしているという。

安田蒲鉾の従業員数は43名で、平均年齢は52歳と少し高い。高い理由は辞めないからだ。60歳で退職金は支払うが、その後でも勤めたかったらいつまでいてもいい。70歳の人も働いており、親子で働く家が4組、夫婦者も3組いる。
新卒定期採用はしていない。親から「この子は間に合わない(あまり役に立たないという意味の福井言葉)で」と頼まれても受け入れる。養護施設から依頼されて引き受けることもある。いずれの場合も、ちゃんと育って大きな戦力になっている。

本書で知ったが、『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所、太田肇著)には「給与や賞与の高い業種や職種のほうが不満の声はむしろ大きいようだ」と書かれているそうだ。収入が多ければ満足度が上がると考えがちだが、実収入が期待値を下回れば不満になるという心理もわかる。逆のこともある。
本書を読むと、大企業の給与より低いけれど、和気藹々と中小企業で働き成長していく様子が何例も報告されている。

この10年間、労働問題の論調は暗かった。格差論、非正規雇用問題、かわいそうな若者、きびしい就活、と現代の雇用が行き詰まっているかのように論ずるものが多い。著者の立場は違っている。そういう「哀しい物語」が探せばいくらでもあることを認めた上で、格差論の多くは意識的、意図的な数字の読み方をして議論を歪めていると主張する。
著者に言わせると、昔から20歳前後の若者は転職を繰り返していたが、それでも20代後半から30代前半頃までに多くの人間が生涯の仕事に定着する。今も昔も大きな違いはないと著者は考えている。
この点について関心を持つ人は「第十一章 中小企業で働くということ」を読むといい。データを交えて詳しく解説されている。
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