鈴木 昭夫著
ベスト新書 720円
<ビジネスシーン別>デキる!敬語術
教えているが、もう使わない用例が紹介されていて違和感がある。研修に使えそうな敬語の本は皆無と言っていい。
国語に対する社会の関心が低いわけではない。今年6月に常用漢字が改定され、「鬱」「俺」が入った。「岡」「栃」「埼」「阪」「奈」「媛」「梨」「阜」「鹿」「熊」は都道府県名で使われている漢字だが、これまで常用漢字ではなかったと言うから驚いた人は多いはず。「食べれる」などの「ら抜き」表現はすでに定着し、最近は「行かさせていただく」という「さ入れ」表現を問題にする人も多い。
漢字や「ら抜き」「さ入れ」はわかりやすいが、敬語についていい解説本がないのはなぜか? 本書を読んでようやくその理由がわかった。指針がなかったのだ。

本書の付章「仕組みを覚えれば敬語は簡単!」に「『敬語の指針』までの歴史」という項目がある。まず戦後の敬語だが、昭和27年(1952年)に国語審議会から「これからの敬語」と題する基準が示された。この基準が半世紀にわたって敬語のあり方を示すものだった。しかし数十年もすれば言葉は変わる。
「お名前様をいただいてもよろしかったでしょうか」「千円からお預かりになれます」などの珍妙、奇妙な表現が使われはじめた。
尊敬語と謙譲語の使い分けがあいまいになり、「社長が申されました」「温かいうちにいただいてください」など基礎的な理解が不足するようになった。そこで平成12年(2000年)に文化庁が「現代社会における敬意表現」という答申を出したが、敬語の乱れや誤用を修正するものではなく、数年で消えてしまった。

そこで文化庁は平成19年(2007年)に「敬語の指針」を答申した。「敬語の指針」は細かい内容に踏み込み、謙譲語を性質によって「謙譲語Iと謙譲語II」に分類し、丁寧語も「丁寧語と美化語」に分類した。
しかし、本書の「はじめに」によれば、この「敬語の指針」に依拠した敬語のマニュアル本は存在しないのだそうだ。つまりいまだに違和感のある敬語の解説本が書店の書棚にあるということだ。そして真っ当な敬語を教えてくれるのは本書だけということだ。

本の構成はシンプル。見開きの最初に誤用と正解が引用され、なぜ間違っているのかが解説されている。いくつかの例を引いてみよう。
 ×「専務、知らせたいことがあります」」
 ○「専務、お耳に入れたいことがあります」
 ×「部長のおっしゃられたようにいたしました」
 ○「部長のおっしゃったようにいたしました」
 ×「このたび、新製品を開発させていただきました」
 ○「このたび、新製品を開発いたしました」
 ×「そんな約束は、できません」
 ○「そのようなお約束は、いたしかねます」
誤用と正解が並んでいればすぐに理解できるが、誤用の文だけを見せられたら、何人が正解できるだろうか。けっこう難易度が高い。

面白い解説もある。50代以上の人の中には相手の褒め言葉に対して「とんでもございません」と話すことを誤用と感じる人がいると思う。「とんでもな・い」という形容詞だから、「とんでもな・く」という活用はあり得ても、「とんでも・ございません」はヘンという理屈だ。
しかし文化庁の「敬語の指針」では、この表現について「現在では、こうした状況で使うことは問題がない」としている。あまりに普及してしまったので追認せざるを得なかったのだろう。
言葉はビジネスの基本装備。敬語を磨けばコミュニケーションスキルも上がる。若手社員の研修に使えば効果は大きいだろう。もっとも多くの若者が「よろしかったでしょうか」などのマニュアル敬語をバイト先でたたき込まれてきている。そんな若者こそ敬語スキルを磨く必要があると思う。
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