いつの時代も若手社員との接し方や教育の仕方に頭を悩ませている管理職は少なくない。業務の中で指示をひとつするにしても、どうしてそのような指示を出すのか、その仕事をしたらどのような効果が生まれるのかをきっちり説明しなければ若手社員は動こうとしない、という話を最近よく耳にする。そんな悩める管理職世代への人財育成方法のヒントになるのが、「ANA流の教え方」ではないだろうか。

2017年4月19日、『ANAの教え方』出版セミナーが開催された。
試行錯誤を繰り返しながら現場ごとの智慧を結集させ、その試行錯誤の足跡をまとめた本書の内容に沿いながら、『ANA流の教え方』はどのように根付いているのかについて、ANAの社員が実際に経験したエピソードを交えて語った。
ANA流の人財育成とは

ANAの先輩は、後輩の「サポーター」

ANAでは、人財育成をするときには「教える」という意識ではなく、先輩が後輩を「サポートする」という意識で取り組んでいるという。「教える」という意識を持ってしまうと、トップダウン型の指示・命令になってしまい、結果として指示待ち人間を量産することになるからだ。

たとえば、機内にサンドイッチとペットボトルのお茶を持ち込んで飲食しているお客様がいたとする。そのとき、先輩の客室乗務員(以下「CA」)が後輩CAにどう指示を出すかでその後輩CAの対応はガラリと変わる。トップダウン型のやり方では、「あちらのお客様がサンドイッチを召し上がっています。何か飲み物を持って行ってください」という指示の仕方になる。そうなると、後輩CAは指示通りのことをするしかない。一方、サポート型の観点から指示を出すと、「あちらのお客様がサンドイッチを召し上がっています。何ができるか考えて、対応してみてください」という指示の出し方になる。すると、後輩CAは「食後に手をふくために、おしぼりを用意したほうがいいのではないか」「冷たいペットボトルのお茶をお持ちなら、何かあたたかい飲み物をお持ちしようか」とさまざまな創意工夫をする余地が生まれるのである。

整備の現場でも、自分で考えて行動することが重視されている。ANAビジネスソリューション株式会社 ヒューマンエラー対策講師 生形茂氏によれば、機体の整備をしたときに部品交換などを行なうと、毎朝8時半から全国の空港で行われている電話会議の場で、なぜその部品を交換したのかについて論理立てて理由を説明することが求められるという。生形氏はその理由について、「電話会議では、自分が考えたプロセス・根拠には本当に間違いはないのか、ということを徹底的に追及される。整備士は一人でどこにでも派遣される可能性があるので、自分の芯をしっかりもって考え、行動できる整備士を育てています」と述べた。

客室乗務員やグランドスタッフが対応するお客様は一便一便異なる。整備士が整備する機体のコンディションも毎日違っており、機長が航路を選択する上での気象条件も毎回変わる。そのような「毎回違う」状況の中にあり、かつ時間も限られているとなると、上司や先輩の指示を待っている余裕などない。そのため、社員一人ひとりが自分の頭で考えて臨機応変に対応し、スピーディーに最善の意思決定ができるようになることが、ANAの人材育成の目標であるという。

ANAの先輩は、思い切って「任せる」

ANAでは、社員がひとつ上の資格やステップを目指す際に、その仕事を「代行」する制度がある。これは、CAであれば1日チーフパーサーの仕事をしてみる、運航乗務員であれば1日機長の経験をしてみるのだ。
「代行」をさせるにあたり、大事なポイントは以下の3つである。

(1)方針・判断基準を共有すること
仕事を任せる相手とは、事前に搭乗する便の目標や会社の方針を必ず打ち合わせる。もし、イレギュラーなことが起こった場合、どういう判断で対応するのか、基準を共有していく。

(2)代行するときは目標設定を行うこと
単に代行業務をすればいいというのではなく、代行するにあたってどんな目標を持ってのぞむのかが大切になる。

(3)一度任せたら口を出さない
緊急事態や、安全に影響する可能性があるときは別として、一度任せたら口を出さない。先輩側は手を出したくなっても、ぐっとこらえて後輩にやらせてみることが、その後輩の成長にとって重要なのである。

代行をさせた後に大切なことは振り返りである。振り返りの中で気づいたことやよかったこと、達成できたこと、できなかったこととその理由などを考えることが、後輩の行動の改善や次への目標につながるからだ。

また、振り返りは教育の観点からも重要である。代行した本人と教える側の両方が振り返りを行い、それぞれの立場でできたこと、できなかったことを振り返って認識合わせをする。代行した本人はできなかったことばかりに目が行きがちだが、本人が「できなかった」と言うことの中から、教える側が「できたこと」を挙げ、次につながるアドバイスをする。できたことは認める中で欠けている視点を伝え、共有する。ANAでは、そういったサイクルをまわしていくことで人材育成につなげているのだという。

これをよく表すエピソードがある。全日本空輸株式会社 空港センター 空港サポート室 上部真理氏は、新人時代にお客様のチェックインの手続時にミスをしてしまい、お客様に迷惑をかけしまった。その後、その件のことをひきずっていた上部氏に、上司が「再発防止に向けて勉強会を開いてほしい」と依頼したという。「最初は、『よりによって、なぜ私なの?』と思った」と語る上部氏。だが、「渡航手続きに関して再度勉強し、身につけた知識を自分がまわりに共有していくうちに、自分自身がその業務に強くなれました。そこで初めて、上司は私に失敗を乗り越えるための試練を与えてくれたのだと気づきました」と振り返った。

ANAの先輩は、一人を「チームで」育てる

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