佐々木常夫 著
PHPビジネス新書 840円


 営業に関する本は「売る」ためのノウハウを記したものが多く、プロと称する人がいろんな知恵や方法を語っているが、ややうさんくさい印象を持っていた。本書は世間の類書と異なり、営業の本質を語る良書である。
 旧・労働省編職業分類によれば、日本における職業の数は約2万8000種類だそうだ。その中でもっとも人数が多い職業は、おそらく営業関連の職種だろうと思う。ただ「営業」とくくることはできても、売っているサービスや製品が異なれば業務内容は違っており、「営業」について「営利を目的とした事業を営むこと」以上の定義について考えたことがなかった。本書はきちんと教えてくれる。
「本物の営業マン」の話をしよう
まず生産財と消費財のマーケティングについて触れている。自動車やテレビのような消費財の顧客は、不特定多数で顔が見えない。プラスチックのような生産財の顧客は、明確に顔が見える特定少数の「プロ集団」。消費財は、広告、宣伝、販促によって売れるが、テレビCMで生産財が売れることはあり得ない。
 ここまで読んで気づくのは、世間の営業本が扱っているのは、消費財の営業だということだ。生産財の営業には通用しないのだ。
 しかし著者は、営業が事業を営み、顧客を幸せにするという意味では同じだと述べている。そして商品戦略、価格戦略、流通戦略、販売促進戦略、販売戦略には差があるが、「顧客の支持と満足を得る全社一丸の組織作り」という点では、消費財の営業も生産財の営業も同一と著者は考えている。
 言われてみれば当然だが、たぶん本書がはじめて指摘した概念だと思う。

 本書には大きな武器になる営業マンの「習慣」が書かれている。すべて著者が現役時代に実践していたことばかりだ。たとえば目に入ったことをノートや手帳に書き出しておくこと。世の中の変化や顧客言葉を書き留めておき、電車の中で読み直す。
 観察の対象は消費者に近いほど良い。消費者のニーズを知り、現場(開発の現場、生産の現場、営業の現場)で起きている「事実」をつかめば、5年先のニーズは読めるのだ。

 これまで語られてきた営業マン伝説、格言は本書でほとんど否定されている。「お客様は神様です」と言いながら、「口がうまくなければいけない」「同じものを他社より高く売れる人が優秀」という思い込みがある。
 著者によれば、「どの営業マンがどれだけ売ったか」は重要ではなく、営業マンに求められるのは「何がこれから売れるのかという予測を立てること」と「そのために顧客の考えをキャッチすること」だ。
 顧客を神様のように扱ってしまうと、営業マンはイエスマンになり、愛されるかもしれないが、顧客が無意識に感じている「何か」を見つけることができなくなり、新しい提案をすることもできなくなってしまうのだ。

 最後に著者が提言している「部下力」について紹介したい。
 部下力とは「上司の注文を聴く」「上司の強みを生かす」「上司に応じたコミュニケーションの仕方をする」「上司を驚かせてはならない」というもの。
 だいたいのイメージは理解していただけると思う。要するに上司との風通しを良くし、良好な人間関係を築くことだ。この部下力は、そのまま顧客対応力として使うことができる。
 「上司を驚かせてはいけない」とは、トラブルが顕在化するまで上司に報告せず、事故が起こって上司をあわてさせてはならないという意味。顧客との対応では悪いことが起きそうな時は、顧客にちゃんと報告しなければならないということだ。「正直」ということであり、「人として当たり前のこと」である。
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