永らく日本企業は「組織力が強い」といわれてきました。80年代は特に世界から称賛され、私たち自身もそれを誇りとしていたと思います。
戦略の実行力こそが競争力
経営学の世界では、他社には簡単に真似のできない自社の独自性が、競争力の源泉といわれます。「組織力」は、内容がわかってはいても簡単に他社が真似できないものであり、競争力の源泉の一つであるといっても過言ではないでしょう。しかし今、その「組織力」がかつての輝きを失い、日本企業が生き残るために必要な「変革」の足かせになってしまっている現状が見られます。バブルの崩壊やリーマンショック、技術革新やイノベーションの必要性などの様々な変化をうけて、日本企業は成果主義を取り入れたり、ゼネラル・エレクトリック社を研究してリーダー育成を行ったりと様々に取り組んできました。しかしその間、組織をメンテナンスすべき対象として認識せず、組織としての機能を保つための働きかけを怠ってきたのではないでしょうか。
そのため、私たちは今でも、組織を強くするための働きかけ方について、あまりよくわかっていないのではないかと思います。
組織の力をまず把握する
経営学の巨星の一人であるピーター・ドラッガーは、「測定できないものはマネジメントできない」と語っています。まずは、組織の能力を測定し、見える化する必要があります。組織の状態を見える化する方法としてすぐに思いつくものの一つとして、ES(従業員満足度)サーベイが挙げられると思います。自分の所属する部署のESの値がわかること自体は意味があります。しかし、そこからすぐに次の行動に繋がりにくいことは課題です。あるいは、マネジャーの行動を見える化する360度サーベイが行われることもあります。これは、マネジャー個人の行動変容には大変な影響力を持ちます。しかし、今、我々が把握すべき「組織の能力」を測るツールとしては不十分といわざるを得ないでしょう。組織としての実行力に影響を与えるものは、人間関係や意思決定の仕組みなど、他にも多数あるからです。むしろ組織としての実行力に影響を与えるファクターを特定し、そのファクターについての状態を把握することが、次の行動に繋げやすいと考えています。そこで弊社では、組織の状態を見える化するツールとして「職場チーム力サーベイ」を開発しました。
見える化の次のアクション 「職場開発」
もちろんサーベイを行っただけでは課題は解決しません。見える化の次に、行動変容をおこす働きかけが必要です。具体的には、結果をもとに各職場長によるワークショップを行い、その職場長を中心に各職場で改善活動を行っていきます。そして数か月後に再度サーベイを行って確認を行うことで、取り組みの進捗を確認し、職場の力を段階的に向上させていきます。このやり方は、職場開発(小さな単位の組織開発)と呼ばれています。例えば、20の職場を対象にサーベイを実施した場合、各職場1名ずつ20名の参加者を集めたワークショップを行います。そこで、一人ひとりが自分が所属する職場の診断結果を見ながら、「その診断から何をどう読み取るか」「この先、どうしたら良いか」といった問いかけを行い、改善のために職場で行うアクションを決めていきます。ワークショップ形式なので、「うちの結果、こんな感じだったが、どうしたら良いだろうか」と参加者が相互に相談し合い、触発されるという効果があります。この時多くの場合では、検討が建設的に進むために議論の進行をサポートできるファシリテーターの力が重要になります。
ワークショップ後は、参加者が自分の部署に診断を持ち帰り、メンバーに対して結果の共有をすると共に「私としてはこうしたらどうかと思うが、どう思いますか」という議論を開始します。この時、必要に応じて職場長に対するコーチングやコミュニケーションスキルのトレーニングを行うことがあります。そして、改善計画を決め、実施することで職場の活性化を図るのです。
サーベイを使った職場開発のポイントは、診断とワークショップをセットにして継続的に実施することです。経験的には、3か月おきに3回以上サーベイとワークショップを繰り返すと、職場のパフォーマンスが目に見えて変化すると考えています。
強かったはずのミドルの弱体化
職場単位でパフォーマンス向上の取り組みを行う際、その実行の中心は多くの場合、ミドルマネジャーになります。そのため、ミドルマネジャーの育成を通じて組織の強化を行うという課題設定がなされることもあります。ミドルマネジャーを取り巻く近年の状況は厳しいものがあります。例えば、マネジャーポストは限られているにも関わらず、通常の業務管理のほか、コンプライアンス、メンタルヘルス、残業削減への対応など、業務の幅は広がっています。また、年長の部下や非正規の従業員などが増加傾向にあり、チーム運営にも工夫が必要です。さらに、自分自身はマネジャーでありながら、プレイヤーとしての役割も担っている場合がほとんどです。Eメールや様々な業務アプリケーションなどは、利便性、即時性、コストダウンなどの恩恵がある一方で、一人ひとりがパソコンに向き合う時間を増加させています。仕事や組織は細分化され、仕事全体を見渡せる機会が減っているにもかかわらず、新しい戦略に向けての「メンバーの動機づけ」「人間関係調整」といった目に見えにくいマネジメント業務にも責任を持たなければなりません。
いわば、強いと評価されてきた現場、そして現場のマネジャーに、新しい役割を上乗せし、あまりサポートをしてこなかったと言えるのではないでしょうか。その結果、マネジャーは「目指したいポジション」ではなく、「割の悪いポジション」としてとらえられている風潮もあります。
ミドルマネジャーの強化施策
そうした危機感から、ミドルのあり方や役割を見直し、彼らが身に付けなければならない能力やスキルを明確にし、その習得をきちんとサポートすることを通じて、会社全体の生産性や効率性の向上を図ろうという動きが鮮明になってきています。その目的で弊社がお手伝いしているマネジャー研修では2つの流れがあります。
<年間行事の直前に教育機会を設け、すぐに実践させる>
一つは、本来、マネジャーに求めたいことを、年間行事に丁寧に合わせ、マネジャーとしての基本的なスキル・行動をサポートするという流れです。
例えば4~5月、部(課)全体の目標を発信し、メンバー個人ごとの目標設定を行う直前の時期に、目標連鎖の意味や目標設定のポイントなどを学ぶ研修を行います。7月や10月には四半期面談や中間面談が行われます。成果を評価し、フィードバックをしなくてはいけません。そこでフィードバックの行い方を面談の直前の時期にあわせて研修で練習しておくことで、効果的な面談が期待できます。本来的には、日常的に随時面談しフィードバックすることが重要ですが、なかなか一足飛びにはそのような組織状態にはなりづらいため、まずは四半期面談を確実に進めることが重要であると考えます。12月~1月には、担当部署の来期戦略・来期計画を決めなくてはいけません。今期の実績をどう評価するのか、戦略立案はどのように行うべきかなど、研修で基本的な理論と手法を学んだ上で、その直後に実務に活かすのです。
<マネジャーとしてのビジョンと戦略の立案>
もう一つの流れは、マネジャーのリーダーシップ強化研修です。ここで言うリーダーシップとは、部や課のビジョンを立て、戦略を描き、メンバーを巻き込みながら遂行していく力を指します。自分が担当する部署の次年度計画を作成するときに、前年実績をベースに「前年比105%を達成したい」「状況が厳しいので前年比98%でなんとか…」というような発想をするマネジャーが、まだ多いのが実情です。もちろん前年実績は重要なデータですが、それだけが基準では自分に戦略・戦術がないといっているようなものです。そのため我々の実施する研修では、第一線で活躍する戦略コンサルタントに講師になってもらい、参加者であるマネジャーには自分の部署の戦略を考えてもらうのです。現役のコンサルタントが指導をするので、集団でコンサルティングをうけていると考えることもできる状況です。また、実際に自分が向き合っている市場、チーム、自社の体制などが材料になるので、研修は現場のシミュレーションの場としても機能します。
中には「自分達はそんなことを考えなければいけないのか?!」という抵抗を示す参加者もいますが、研修独特の作用として、同じ場に参加している仲間の誰かが良い動きを始めると、それに触発されて変わっていくものです。また、マインド面でも、「マネジャーとして自分が大切にすること」を書き出して発表するなどのセッションを行い、講師や他の参加者と深く意見交換を行うことによって、自分の軸が固まっていくのを実感する機会となります。実際に、「気持ちが前向きになり、行動が変わった」という声を研修後に聞くことがあります。そして、このような研修を3回~5回実施すると、今度は部下を巻きこみながらチームが変わっていくという現象が見られるようになります。
これらのことは当たり前のことであり、今更学ぶ事ではないように感じられるかもしれません。しかし、多くのマネジャーにとっては、過去の経験だけでは今のマネジメントを行うためには経験、スキルとも、足りないことも事実だと考えています。
想いを現実化させる道筋をつくるのがHR
これまでの日本企業は、商品やサービス、付加価値といった目に見えるものに手を加え、競争力を生み出してきました。それに対して「職場開発」や「ミドルマネジャーの強化」は目に見えにくい部分です。しかし実はここが、競争力を作り出していたということは、納得される方が多いと思います。組織を強くするということは、一人ひとりの意識と行動を変えるということでもあります。しかし、多くの人にとっては、これまでのやり方を変えることは、心地良いことではありません。そのため、彼らに「変わろう!」と働きかける役割の人は、なかなか変わらない人や組織を見て、もがき苦しむことでしょう。社長は変革の旗振り役であり、トップ自らが人や組織に本気で関わらなければ変化は起きません。しかし、変化を起こす全ての責任を、トップに負わせてしまうのは無理があります。それぞれに異なる事情をもつ職場に、初めは小さくてもいいので変化が起こるように働きかけること、そしてその変化を継続させていくための現実的な手をうっていくのが、HRなど推進部門の役割ではないでしょうか。変化を推進する人が活躍する環境を整えるのが役割といった方が正しいかもしれません。
組織を強くする取り組みは、取り組む余地がまだまだ残されている領域です。HR部門の皆様が組織を強くするための手を確実にうち続けていけるよう、微力ながら私どもも出来る限りのサポートをさせて頂きます。
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