私たちは、日本企業がアジアでビジネスを拡大していくことを支援するために、5年前に上海に現地法人「升励銘企業管理諮詢(上海)有限公司」を設立し、1年半前にシンガポールにも現地法人「CELM ASIA Pte. Ltd.」を設立いたしました。現地に赴任してみると、日本にいた時とは違う景色が見えてきました。

グローバル化を阻む人材解課題

 まず、アジアにおける人材争奪戦の激しさは想像以上です。また、キャリア観が異なり、20~30代の多くは「3年で転職」を当たり前にしています。アジア各国の東大といわれる大学を訪問してみると、給与やキャリアの問題で日本企業の人気は低く、優秀な人材が日系企業に就職しなくなったというお話も聞きます。毎年人件費は上昇し続けていますし、労働争議やコンプライアンス、リスク管理など、人材に関する多種多様な課題は、解消されることがないといっても過言ではありません。

 一方、現法には人事の専門家や人事経験者が少なく、人材の課題に対する対処が遅れてしまうようです。最近は、シンガポールにリージョンヘッドクォーターを設置する会社も増え、その中にリージョンHR担当を配置して人事戦略を強化するところも増えてきました。ローカルHRを採用し、彼らに人事制度や採用、育成を任せようとしている企業もたくさんあります。しかし、課題はなかなか解決されず、むしろビジネスのスピードがあがらない理由を人事部だけの問題かのように言われている状況には何か違和感があります。 今後、日本企業はどのように人材の課題に向き合い対処していくべきなのでしょうか。

100%決めきるのは難しくても、ゴールを決める

 グローバル化と一言で言っていますが、どのようなグローバル化をめざすのか、意外にそのゴールを明確にすることなしに、「社長の方針だから」と進んでいる企業が多いように感じます。ゴールが決まっていないことが原因で、軸がぶれ、意思決定に時間がかかり、スピードが遅くなってしまうことが日本企業の問題なのではないでしょうか。

 たとえばR&Dはどんな体制で進めるのか、製造はどこまで現地でやるのか、最終的にはどのようなグローバル事業をどんな組織や人材で進めたいのか、というゴールイメージを具体的にもつことが重要です。

 もちろん、100%決めきるのは難しいかもしれません。だからこそ、すり合わせのコミュニケーションが大事です。そのすり合わせは、事業本部、地域本部とコーポレート人事本部の協働で進めるべきでしょう。戦略を推進するためには、人材が必要であり、その人材が足りないということが、戦略推進上の大きな課題になっているにも関わらず、共通の課題認識を持っていないことが、解決のスピードを遅らせています。そのすり合わせによって、どんな人材(職種、日本人orローカル等)を何人、いつ必要かを、「仮」であっても具体的に決めて動くことが必要です。

 参考になるモデルをひとつご紹介します。上記は経営学者のBartlett と Ghoshalが示したグローバル化の4類型で、縦軸が世界的統一性の強さ、横軸が、ローカル市場対応力の強さで、4象限に分類した図です。

 左下が、商品・サービスは統一で生産・販売といった機能の一部のみを海外に置き、日本人赴任者が中心となって海外ビジネスを進めるインターナショナル企業。多くの企業の海外展開の初期段階がこの形であることが多いですが、このモデルを自社の戦略とし続ける企業もあります。左上は、日本で開発した商品・サービスを世界に販売する戦略をとる企業です。権限は本国、あるいは本社に集中し、グループ内の文化も同質化する傾向があります。右下が、ローカルにあわせた商品・サービスを作り、ローカルにオペレーションを任せるマルチナショナル企業。企業文化としても各地域ごとに特色あるものになります。そして、右上がそれぞれがローカルカンパニーでありながら、統合された戦略を推進するトランスナショナル企業です。このどこを目指すのかを明確にすることによって、「グローバル人材の育成」といった漠然とした問題から、「現地エンジニアの育成に次の5年でとりかかろう。そのために本社の研究所に1年送ろう」或いは「現地販売体制を強化することが先決だ。優秀な現地営業部長を確保するにはどうしたらよいか」といった具体的な課題設定や解決策にシフトできるのではないでしょうか。
第8回 Change Acceleration その2

理念=自社流とは何か、を語る

 先日、ある日系グローバル企業の役員の方とお話しする機会がありました。30数年間、海外の現場第一線でその企業の海外展開をリードしてこられた方です。その方から、「グローバル経営をしてきたつもりはない。わが社流をそれぞれの市場でやってきただけだ」というお言葉が出たとき、ハッとしました。私達が「グローバル経営」という言葉を使うとき、理性ではそうではないと思っていても、無意識に「グローバル経営の正解」があるという考え方に戻ってしまっていることがあるようだと反省しました。

 ビジネスがグローバル化していくからこそ、「自社らしさ」をもつことは、大切なテーマです。どの国にいても「自社らしさ」をもっているからこそ、グローバル企業といえるのかもしれません。自社らしさとは、決して商品やサービスのことだけでなく、自社独自の判断軸や行動基準のことです。同じ業界であっても、企業にはそれぞれ、その会社が大事にするものを反映させた理念・フィロソフィーがあります。

 私達も現地で、理念やマネジメントウェイなどを盛り込んだプログラムをお手伝いすることが増えています。理念を行動指針や評価項目・コンピテンシーに落として自身を振り返らせたり評価をさせて、意識強化をはかるやり方もあれば、映像やポスターなどのツールなどで理解促進をはかっているところもあります。また、ワークショップを開き、車座の議論を行っているところもあります。現地でナショナルスタッフの様子をみていると、効果的なのは、対話の場です。リーダーのこれまでの成功体験とその裏にあった信念を共有したり、また参加者が体験をお互いに語り合うことで自分の中の価値観と理念が共鳴していることに気づきます。そしてそれが自分の軸となり、行動が強化され、下の階層にも語っていこうという動機づけにもつながっていきます。

 このような「場」を好むのは、日本人特有のことかと思っていましたが、現地人材に非常に喜ばれています。彼らは自社がどのような考え方をもっているのかを知り、それに応えたいという気持ちが強いように感じます。結局、人間を動かすものは、エモーショナル(感情的)な刺激です。その人の価値観に触れる場を作ることができないと、企業に対するエンゲージメントも生まれません。

タレントを輩出しつづける仕組みが、変化を乗り越える

そのために私たちがアジアで実施している策のひとつは、以下のステップで回す「By Nameで行うタレントマネジメント」です。

【第1ステップ:タレントレビュー(求めるリーダー像と人材把握)】
 どのようにグローバルビジネスを展開していくのかを決めた後、自社のグローバルリーダー像を定義します。スキル・行動のタイプ等、なるべく生々しい人間像を描きます。その際に、現地を回り、タレント候補者に実際に会って考えることが大切です。セルムは、外部の専門家として、人材把握のスピードを上げるために、その組織と人材の状況をインタビューをして把握し、By Nameでタレント候補者を明らかにすることに加え、組織の課題と向かうべき方向を提示しています。

【第2ステップ:タレントコミッティ(人材課題のすり合わせと今後の対策の決定)】
 グローバルリーダーの育成を加速させるには、各地域の現法TOPの意識が最も重要です。そのために現法TOPを巻き込み、人材の問題を共有し、次のタレントは誰なのか、加速させるにはどうしたらよいのか、今後の方向性・対策を決める「場」をもつことが必要です。セルムではこの「場」の設定、運営のサポートをし、仕組みが回るお手伝いをしています。

【第3ステップ:リージョナルリーダー育成】
 タレント候補者を選定後、彼らをいくつかのグループに分け、育成のデザインをします。育成は、OJT、Off-JTの組み合わせで進めます。リーダー育成のOff-JTは、普段は日本にいる本社役員にとっては、実際にどのような人物なのかという見極めの機会としても活用できます。またそこで役員とタレント候補者がしみじみと対話し、お互いの人物を知り合うことは、理念に沿った自社流マネジメントの理解を深めること、そして会社の未来に対する大きな動機づけになります。

【第4ステップ:配置/異動】
 このような育成プログラムが終了した後、OJTでいかにチャレンジをさせていくか、ということを決めます。
 国や地域を超えた異動の設計には、もちろん本人の意向への配慮が必要ですが、思い切ってリージョンの仕事や他地域のポストに登用していくケースも出てきました。単身赴任に慣れた日本人とは違う配慮が必要な場合も多いですが、「新興国でのビジネスの立上がりを競合よりも早く展開でき、その後のシェア獲得につながった」「グローバルキャリアを示すことで、優秀な若手人材の獲得につながった」等の実績が、会社のカルチャーを変えていくきっかけになっています。

 グローバルな競争は、今後ますます激しさを増していくことは間違いありません。そしてその戦いに勝ち残っていくためには、その企業の理念やWAY、文化や意思決定のやり方をわかっているリーダーを何人作れるかが、ひとつの成功要因ではないでしょうか。

 そのために、このような「By Nameでおこなうタレントマネジメント」を毎年継続的に回していく仕組みにしていくべきでしょう。継続的に行えば継続的に人材を育成できます。市場環境の変化のスピードにも、人材の流動性の高さにも対応できるのは、日本人、現地人含めて、タレントを輩出し続ける仕組みをもった企業だと思います。

 人材育成には時間が必要です。地道にやり続けることは、遠回りに見えて近道なのです。ゴールを見据え、By nameで人を個別に把握し、アテンションし、チャンスを与え、しみじみとコミュニケーションする。とても人間的な、泥臭いアプローチのようですが、結局人を活かすのは、やはり人なのです。
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