吉澤 潔
「若者が定着しない」「育たない」「自分から考え動こうとしない」と、企業の現場で若者の評判が良くない。たしかにこの20年間で少子化によって若者の数は減ったのに、大学進学率は50%を超えた。ゆとり第1世代も社会人になり始めた。これらは若者のレベルが下がったという、わかりやすい理由になる。だが本当にそれだけで説明できるのだろうか?若者を育てられない企業に責任はないのだろうか?
今回は、就職情報業界の重鎮である株式会社ワークス・ジャパン吉澤潔会長を訪ねた。同氏は「ミドルコア人材」というコンセプトによって、既成の採用プロセスから脱却するターゲット・リクルーティング提唱し、採用後の「育たない人材」という深刻な悩みについても、「育てられない企業」の側に問題があると提起している。

若者の能力は上がっているが、それ以上に業務プロセスが細分化

いま「人材クライシス」が企業で問題になっています。手間暇かけて採用した若者が、定着しない、育たないという危機です。多くの人事が悩むこの問題の原因は何だと考えておられますか?

第3回 企業の持続的な成長を支えるのがミドルコア人材。
「若者のレベルが落ちた」と言われ、その原因として「少子化」「大学進学率が50%を超えたこと」、そして「ゆとり教育」を上げる論調が目立ちますが、わたしは疑問を感じます。まず「いまの若者のレベルが低い」という判断そのものがあやしいと思います。いまから20年前の若者と比べ、ITスキルや語学力は明らかに高いとわたしは考えます。10数年前まで新人研修のかなりの時間を「PC研修」に使っていましたが、いまは若者が使いこなすのでPC研修はなくなりました。またTOEICスコアの格段に高くなっています。
若者が育たない、辞めていく原因は、若者ではなくビジネスの側にあるのです。グローバリズムの進展と情報技術革新に追いまくられて、業務プロセスが細分化、高度化したのが今日の日本企業です。業務プロセスが細分化されたために、仕事をしている人にもビジネスモデル全体が見えなくなっているのが現状です。また細分化によって職業的実感も失われました。だから余計に若者は手応えのある経験ができなくなっているのです。
そういうビジネスの構造的変化が「若者のレベルが落ちた」と言われる現象の背景にあるのに、理解している人が少ないのだと考えます。

3年で3割が辞めていく原因は初任配属の間違い

--昔は人をゆっくり育てていたけれど、いまは性急に結果を求めすぎていると言うことでしょうか?

企業の若手人材育成は「性急」というより「雑」と言う方が近いですね。新卒採用ではかなりの労力と予算をかけており、その内容の品質はともかくとして、丁寧に選考を行っていることは否定できないでしょう。
ところが入社後の「育成」に関してはとても雑です。3カ月程度での入社後研修を経て、初任配属になりますが、その後のフォローはほとんどありません。いまでも「最初はガツンとやった方がいい」などという根拠のない暴論を吐く人もいます。しかし入社後3年で3割程度が辞めていく原因の一つは初任配属の間違いです。そしてそのほとんどは上司とのミスマッチです。
人事が新人に対して注意深く、職場、上司とのマッチングを観察し、丁寧にジョブローテーションを回していけば、新人の多くは着実に育つのです。そういう科学的な教育プログラムは可能です。

「3年で一人前に育てる」。 その3年間は初期人材投資期間と位置づける

吉澤会長は新人教育でどのレベルまで育成し、どの程度の時間をかけるべきだとお考えでしょうか?

第3回 企業の持続的な成長を支えるのがミドルコア人材。
わたしは3年間で一人前と考えています。職種によっては一人前に育つ時間は異なりますが、さまざまな企業人事の声を最大公約数にすると「3年間」になります。ところが実際には多くの企業で3年間で一人前に育てていないことが若年層教育を破綻させ、高い離職率として現れているのだと思います。
「一人前」になる前の3年間は初期人材投資期間、それ以後は収益人材と定義し、3年間は育成する企業の責任、それ以降は本人の責任が大きい、と明確にするのです。最初の3年間は給与も賞与も横並びとし、4年目以降の成長は本人次第だから差が出てきて当然だとします。
そして人事が責任を持つのはこの3年間までとし、3年間の「一人前ゴール」が過ぎたら事業部門に育成を委ね、事業部門は職能的に育てていくべきだと考えています。
もちろん多くの日本企業の人事育成制度はその反対です。こんなにグローバル化したのに社員を年次管理する発想から抜け出せず、管理職昇進研修のような「輪切り研修」です。エリート社員をゼネラリストとして育てた時代の名残が濃厚に残っています。
しかし、これはガラパゴス的な制度です。世界的には事業戦略に人事戦略が組み込まれ、高度な職能教育は事業部門が行います。

ミドルコア人材は、 自らの職業的な成長と企業の持続性を実現する

吉澤会長は株式会社ワークス・ジャパン設立にあたり、「ミドルコア人材」というコンセプトを提示しておられます。ミドルコア人材を基点にする人材戦略とはどのようなものでしょうか?

コンピテンシー論が流行していますが、それは短期的で技術的な人材戦略だと考えます。長期的な人材戦略では重要なのは「人材の世代交代」です。そのような視点で捉え直すと、ミドルコア人材が人材戦略の主題になります。
ミドルコア人材とは何か? その企業にとどまってコア事業、コア技術、コア職能を担い、長期にわたって自らの職業的な成長と企業の持続性を実現する人材です。この人材だけは個々の企業が自前で採用して育成し、確保しなければなりません。したがって新卒採用は「ミドルコア人材」予備軍の採用であるはずです。そして採用は初期の育成にリンクすべきです。
ところが実際の採用では「ハイ・パフォーマー採用」とか「コンピテンシー採用」という空論に毒されているだけでなく、手間暇かけて採用した人材が新入社員になると、人事は画一的な育成プログラムを与えるだけです。その結果が「育たない若手」「辞める若手」です。
ワークス・ジャパンは、ミドルコア人材という観点から採用プロセスと育成プロセスを一体として捉えたいと考えています。具体的には、これまでに培ってきた新卒採用に関する豊富な経験をベースに入社後も連続性を持たせ、「3年で一人前」というプロセスに関する開発とソリューションを提供しようとしています。

「企業が育て、若者が学ぶコミットメント」を軸とした採用プロセス

ミドルコア人材を基点にする採用プロセスとはどんなものでしょうか?

第3回 企業の持続的な成長を支えるのがミドルコア人材。
まず自社のミドルコア人材の職種を説明し、入社後に課されるハードルを示す必要があります。社員に「2年以上の海外勤務」を義務づけた商社がありますが、商社のコア事業は海外との取引なので当たり前です。いまの若者は強烈な自宅指向を持つ人が多く、そういう人は商社のミドルコア人材になれないことがメッセージとして明示されることはたいへんにいいことだと思います。
「会社人間」採用の場合、採用基準を設けることは困難ですが、「ミドルコア職種」を前提にすれば具体的な人材像を提示できます。
メーカーのコア技術は工場にあるのですから、研修後の初任配属が工場であり、そこで何を学ぶのかを説明するのがいいと思います。B to B取引の企業では営業がコア職種になり、なるべく多くの企業を訪問することの理由を説明します。わたし自身の経験でも営業は上司に育てられるのではなく、マーケットや顧客によって育つものです。
現状、多くの企業の現場教育は「ぬるい」と思います。ぬるいから経験にならず育成効果も上がりません。もっときびしく育成し、成長実感を持てるようにすべきです。
現在の採用プロセスでも入社後の教育研修図は掲示されていますが、不十分。「責任を持って一人前に育てます」というコミットメントが必要です。「育てる」と約束すれば、若者も「学びます」と約束するでしょう。
現在の就職プロセスでは企業と若者の間にコミットメントがないから、企業は育成に責任を持たず、若者は一人前に育つことなく辞めていきます。企業にとっても育つことなく辞めていく社員は大きな損失ですし、若者にとっても無駄な数年と言うほかありません。そういうミスマッチを無くすために、ミドルコア人材を基点にし、採用から3年間で一人前にするという育成プロセスが必要だと考えます。
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