危機感をもって変革すれば、日本は再生できる

 まず企業で変革を成し遂げるために重要なのは人事のリーダーとしてどのような危機感をもっているかだ。私が30年間P&Gで世界各地の組織活性化を手がけ、最終的に本社から世界のP&Gの改革を手がけた中で学んだのはこのことだった。
経営の右腕として人事が会社を変える
  かつて日本の競争力は世界のナンバーワンだった。ソニー、パナソニック、ホンダ、トヨタなど日本の製品が世界を席巻し、世界は日本のやり方を学ぼうとした。ところが今、日本の競争力は22位、生産性はアメリカの半分しかない。日本経済は成長期を過ぎ、成熟の段階を経て、今下降期に入っている。そこで成長期と同じことをいくらがんばってやっても違う結果は生まれない。組織も人事も、別のやり方を採用する必要がある。
 歴史を見ると、私たち日本人は素晴らしいことを成し遂げてきた。明治維新後の成長発展、そして第二次世界大戦敗戦のゼロからの飛躍。私たちの父親の世代は日本をGDP世界第二位にまで飛躍させた。今日本は危機を迎えているが、決して悲観することはない。日本には努力・知力・達成力・組織力・完成・開発力・道徳観など、素晴らしい潜在能力があるからだ。これがあるならもう一度素晴らしい日本を取り戻すことができると私は確信している。

 それでは日本を再生するには何が必要か? 

 まず、変革を起こすきっかけ、奮い立ちが必要だ。そのためには最初に言った危機感が重要になる。あなたの会社の社長・役員はどのような危機感をもっているだろうか。今の大企業の経営陣はサラリーマンになってしまっている。リーダーとしての危機感、心構えが足りない。そこでリーダーシップというものが必要になる。

 さらにもうひとつ必要なのは、新しい成功モデルだ。私たちは過去に素晴らしい成功を達成してきたがゆえに、そのやり方を壊すことが非常に難しい。しかし、歴史を見れば、これまで日本人は明治期にも第二次大戦後にもそれをやってのけたのだ。これからもできないはずはない。
 かつて1950年代に、日本の製品は安いけどすぐ壊れると笑われた。そこでアメリカから品質管理の専門家であるエドワード・デミングを呼んできて、TQMを取り入れ、品質を素晴らしいものにした。そしてコストを下げることによって、世界を征服した。
 今私たちはこの過去の成功のモデルをこわし、新しい成功のモデルとは何かを考えなければならない。新しい日本の成功モデルを一緒に考えて、もう一度世界に発信していこうと私は呼びかけたい。日本の土壌に根ざした素晴らしい感性、道徳観、組織力、開発力で、世界に通用するような新しい成功モデルを創り出し、素晴らしい会社、日本にしていくことは可能なのだ。

日本企業に今必要なのは、人事のリーダーシップによる再生である

経営の右腕として人事が会社を変える
  変革をリードするのは社長室ではなく人事である。組織や人を動かすのは人事だからだ。そのためには人事の使命を見直し、役割を見直し、新しい役割を定義し、使命に必要な新しい専門知識を習得する必要がある。
 大切なのは、より深くビジネスを理解すること。人事はまずビジネスマンでなければならない。市場で何が起こっているか、ビジネスの戦略は何かを理解し、その上で人事の戦略を作っていかなければならない。
 大切なのはマネジャーではなくリーダーを育成することだ。マネジャーとは枠組みの中で仕事をする人であり、リーダーとはその枠組みを壊し、新しい枠組みを創っていく人である。こういうリーダーがいないために日本は今苦しんでいる。壊す人がいない。壊そうとするとよってたかって封じ込めてしまう。しかし、変革にはこうした古い組織や文化を壊し、新しい組織・文化を創っていくリーダーが必要であり、人事はそういうリーダーを育てなければならない。そして戦後の成功モデルを壊し、日本の伝統の元に新しい競争力のある組織モデルを打ち立てる必要がある。

 まず人事の新しい役割を理解しよう。
 古い人事は「人」にだけ注力しがちだ。HRサービスの提供、従業員の擁護といったオペレーションも必要だが、それだけでは役割の半分しか果たすことができない。
 もっと戦略の領域でビジネスパートナー、変革の推進者といった役割を果たすのがこれからの人事である。具体的には、ラインと協力して好業績に必要な組織能力を構築する、戦略実現に必要な組織文化の形成と管理をリードする、画期的な成果を出すために必要な強靱な組織作りに貢献する、従業員の貢献を最大化する人事制度・仕組み・方針を打ち立てることだ。

P&Gジャパンの変革を成功させた7つの鍵

経営の右腕として人事が会社を変える
  1999年から2006年にかけてP&Gジャパンは世界的な変革を断行し、グローバルな競争力のある企業に生まれ変わった。
 この変革成功には7つのキーポイントがある。

1.戦略を軸とした変革の展開
 この戦略とは人事戦略ではなく、ビジネス戦略だ。このビジネス戦略を軸として展開しなければ変革は成功しない。「意識の改革をやりましょう、ダイバーシティを推進しましょう」というのはビジネス戦略ではない。会社は何を達成するか、どこで戦うか、どうやって勝つか、そこで勝つにはどういう能力が必要か、これがビジネス戦略であり、私たち人事はそこから入っていかなければならない。

2.経営幹部の変革主導  
 経営幹部主導でなければ変革は成功しない。私はアメリカ、中国、フィリピン、ヨーロッパなど色々なところで変革を主導したが、日本での変革が一番やさしかった。条件が整えば日本での変革は容易である。

3.変革の理由と利益の明確な説明と会話 
 まず幹部と話し、さらに従業員とも会話して納得させる必要がある。なぜビジネスの改革が必要であるか、そこからどのような利益が会社に、従業員に得られるかを説明し、会話として進めていく必要がある。日本人は理性的な民族であり、ちゃんと説明して納得すれば変わる。

4.期待する変革結果の数値化と明確な責任の確立 
 シェア、売上をどれだけ伸ばそうとしているか、利益率をどのようにしていくか、生産性をどのようにしていくか、従業員の満足度をどのようにしていくかを明確に数値化し、リーダーの責任とする。

5.変革途中成果の測定と評価
 ビジネスをやるときには3か月、6か月レビューなど途中の成果をチェックする。これを変革においてもやる。達成できないところに責任を取らせる。これをやらなければ変革は進まない。

6.変革結果をラインの成績評価に入れる 
 変革の実行者は経営ではなくラインである。ラインと密着し、結果をラインに反映させなければ変革は成功しない。

7.変革達成に立ちはだかる障害を大胆に排除する 
 たとえば変革に反対する人、妨害する人がいる場合、日本ではうやむやにしがちだが、これでは変革はできない。私は1999年フィリピンから日本に来たとき、当時の社長と、どういうビジョン、戦略で戦っていくか、それを推進してくれる幹部は誰で、妨害している人は誰かを話し合い、8か月で8割の幹部を入れ替えた。変革にはこういうことが必要なのだ。

戦略、組織、組織文化、リーダーシップの改革によって、勝てる企業に生まれ変わったP&Gジャパン

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  P&Gジャパンは1980年代後半に右肩上がりの成長を達成した後、90年代前半に成熟期を迎え、90年代後半から下降期に入った。状況を打開するために、大胆な変革が必要だった。
 そこでまず、何を達成するか、どこで戦うか、どうやって勝つか、どういう能力が必要かという4つの角度から戦略を立案した。販促や値引きではなくイノベーション、質の高い新商品を絶え間なく導入していくことで勝っていくこと、それを実践するために必要な組織と能力を構築するということなどが決められた。これがビジネス戦略である。
 次にこれを人事戦略に落とし込んだ。人事に期待される結果として、生産性の向上、コストの削減、戦略的能力の育成、戦略的組織の構築、戦略的文化の形成などを達成していくための戦略である。これをひとつひとつ着実に実行していった。

 生産性向上のために、業務の簡素化・標準化、業務の集約化、業務の外部委託、専門能力向上といったてこ入れを行った。これによって4年間で生産性は74%向上した。
 コストの削減では、社宅制度の廃止、人員削減(相合一般職・事務職)、海外駐在員削減、人事制度・福利厚生の抜本的見直し、新しい業務の方法の提供などを断行した。そこで余ったお金を新商品開発と導入、マーケティングにあてた。生産性、コスト削減はHRのビジネスである。コストを下げたことによってそれを価格に反映する、マーケティングに使う。だから人事制度の中でいろんなコスト削減をやる必要があるのだ。

 能力の育成では、戦略的能力の再定義を行い、ビジネス戦略の要であるイノベーションで勝てる能力の育成にフォーカスした。
 具体的には部門別教育制度、部門別キャリア制度、階層別マネジメント教育、Japan Leadership College、Top Talent制度、英語昇格対象・ビジネス用語などの制度を導入。グローバルに戦って勝てる組織・人材の育成を行った。
 たとえばTop Talent制度は入社時から将来の経営を担う人材を選抜し、育成していく制度だ。5年で5人の日本人GMを育てるという目標を立てて取り組み、現在の社長(まもなくP&Gアジアの社長になる)人材などが生まれた。

 組織文化の変革では、古い漠然とした「文化」という概念を捨て、イノベーションと実践の文化を創り出すことを目指した。
 組織文化は現在多くの日本企業を殺している目に見えない病気である。陳腐化した組織文化は高血圧症のようなもので、症状があまりなく、自身では問題に気づいていない。
 そこで、単なる意識改革トレーニングではなく、従業員の行動を変えていった。新しい行動をとることによって意識は変わる。行動を変え新しい実践をすることによって新しい認識が生まれ、それがまた新しい行動につながる。
 さらに、文化を曖昧なものにせず、数値で計測できるようにした。ビジネスで成果を測定し、定期的にレビューを行うように、文化の変革も測定し、レビューすれば達成できる。

 人事が変革のリーダーとしてこうした改革を実行すれば、素晴らしい会社を創ることができる。私は人事のリーダーの皆さんと一緒に頑張って日本の企業を再生したい。日本のルネサンスに貢献したい。古い考えを捨て、最初に示した変革の7つのキーポイントをきちんと実行していけば必ず実現できると信じている。
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