大学入学と同時に上京し、一人暮らしを始めた筆者は、社会人になるまで様々なアルバイトを経験したが、中でも大きな収入源は、大学受験向けの家庭教師のアルバイトだった。
ある時、かつての教え子から、どうしても医学部に行きたいと言っているが、勉強はあまりしてこなかった不良の男の子を紹介され、個別契約で受験指導をしてくれないかという依頼を受けた。
ある時、かつての教え子から、どうしても医学部に行きたいと言っているが、勉強はあまりしてこなかった不良の男の子を紹介され、個別契約で受験指導をしてくれないかという依頼を受けた。
その生徒のスタート地点は決して高くなかったため、戦略的に緻密なプランを立て、授業のない日であっても、分からないことがあれば、連日何時間も電話で指導することを厭わない、というスタンスを取った。勉強の鉄則や解法パターンについては身につくまで徹底的に指導し、生徒が説明を理解していなさそうなときは、生徒の思考回路を丁寧になぞり、どこでつまづいているのかを把握した上で、それに沿った指導を行った。
しかし‥‥‥‥その生徒は勉強開始後5ヶ月を経過した秋、これからがいよいよ天王山という時期に、突如姿を消した。何度も連絡を試みたが、「ばからしくなったのでやめる」の一点張り。親からも「本人の意思に任せています」と言われ、手の打ちようがなくなった。
その後、社会人経験を経て、その生徒に向き合う上で、当時の自分に何が足りなかったのか、少し分かった。
毎日の勉強の進捗や彼の理解度を重視するあまり、彼が毎日どんな気持ちで机に向かっていたのか、を想像する力が足りなかった。 その当時の筆者は、彼のゴールとその時点のポジションの間の大きなギャップに目が行き過ぎ、受験勉強に向けて、彼を十分に動機づけることができていなかったのだ。
では、当時の筆者は生徒の「やる気」をどのようにして高めるべきだったのだろうか。
ダニエル・ピンクは著書「Drive」の中で、報酬や評価によって動機づけを狙う従来型のモチベーションの形態に加えて、現代のビジネスマンにとって重要なモチベーションドライバーとして、「目的(Objective)」、「権限(Autonomy)」、「成熟(Mastery)」の3つを挙げている。
振り返ってみると、当時の筆者は、「成熟(Mastery)」を重視して生徒の学習面の進捗に気をとられるあまり、他の2つの要素、特に「目的(Objective)」に関する注意を決定的に欠いていた。
当時の筆者に足らなかったものが何であったか、いくつかの企業の取り組みにそのヒントがある。
ある大企業では、CSR活動の一環で、これまで身に付けたスキルや経験を社会のために役立てたい方のためのカリキュラムを企画し、NPOとの人材のマッチングを図る取り組みを行っている。
この取り組みに参画した応募者は、まず最初に「自分史」を書き、スキルの棚卸しを行ったうえで、NPOプログラムを実体験し、自らの社会貢献のあり方を定めていく。
就職活動の自己分析さながら、「幼少期は○○な性格で、学生時代は××に興味があって、最初の会社には、明確な動機なく入社したが、2つ目の異動先で出会った上司に触発されて‥」というような自分自身の物語を紡いで、それを他の参加者と共有する。その場では、参加者が感情を表に出し、赤裸々に語る。そういうプロセスを経て、そういう物語を共有した参加者同士が組織を立ち上げ、新たな取り組みが生まれている。
また、他のいくつかの企業では、MBO(目標管理制度)の発展形として、MBB(Management By Belief)という概念を導入し、目標の背景にある「思い」を組織の中で、上司・部下・同僚の間で共有する仕組みを、評価制度とリンクさせている。通常の目標管理で行う組織目標のブレイクダウンによる個人目標の設定に加えて、目標の背景について対話を行うことで、「なぜこの目標を達成することが重要なのか」という「しみじみ感」が醸成されれば、結果として、従業員のやる気の向上につながる。
これらの企業の取り組みから、筆者は何を学ぶべきだろうか。
生徒を突き動かしているものが何であるのか探るチャンスはいくらでもあった。
今思い返せば、彼が、帰り道の電車の中で、「医者になりたいと漠然と思っているが、どこまで本気なのかは自分でもよくわからない」と言っていたことがあった。
彼がこれまでの人生でどんな道を歩んできたのか。なぜ改心して、突然医学部に行きたいと思うようになったのか。どんな時に頑張ることができて、どんな場面ではやる気が失せるのか。あの時、彼を根本で動かしていることに少しでも耳を傾けていれば、結果は違っていたかもしれない。
指導の合間の何気ない会話が何よりも重要だったのだ。彼はいつの間にか「なぜ医学部に行かなければならないのか」を見失ってしまった。最後の指導の帰り際の彼のどこか寂しげな表情が、筆者の脳に残像としてこびりついている。
しかし‥‥‥‥その生徒は勉強開始後5ヶ月を経過した秋、これからがいよいよ天王山という時期に、突如姿を消した。何度も連絡を試みたが、「ばからしくなったのでやめる」の一点張り。親からも「本人の意思に任せています」と言われ、手の打ちようがなくなった。
その後、社会人経験を経て、その生徒に向き合う上で、当時の自分に何が足りなかったのか、少し分かった。
毎日の勉強の進捗や彼の理解度を重視するあまり、彼が毎日どんな気持ちで机に向かっていたのか、を想像する力が足りなかった。 その当時の筆者は、彼のゴールとその時点のポジションの間の大きなギャップに目が行き過ぎ、受験勉強に向けて、彼を十分に動機づけることができていなかったのだ。
では、当時の筆者は生徒の「やる気」をどのようにして高めるべきだったのだろうか。
ダニエル・ピンクは著書「Drive」の中で、報酬や評価によって動機づけを狙う従来型のモチベーションの形態に加えて、現代のビジネスマンにとって重要なモチベーションドライバーとして、「目的(Objective)」、「権限(Autonomy)」、「成熟(Mastery)」の3つを挙げている。
振り返ってみると、当時の筆者は、「成熟(Mastery)」を重視して生徒の学習面の進捗に気をとられるあまり、他の2つの要素、特に「目的(Objective)」に関する注意を決定的に欠いていた。
当時の筆者に足らなかったものが何であったか、いくつかの企業の取り組みにそのヒントがある。
ある大企業では、CSR活動の一環で、これまで身に付けたスキルや経験を社会のために役立てたい方のためのカリキュラムを企画し、NPOとの人材のマッチングを図る取り組みを行っている。
この取り組みに参画した応募者は、まず最初に「自分史」を書き、スキルの棚卸しを行ったうえで、NPOプログラムを実体験し、自らの社会貢献のあり方を定めていく。
就職活動の自己分析さながら、「幼少期は○○な性格で、学生時代は××に興味があって、最初の会社には、明確な動機なく入社したが、2つ目の異動先で出会った上司に触発されて‥」というような自分自身の物語を紡いで、それを他の参加者と共有する。その場では、参加者が感情を表に出し、赤裸々に語る。そういうプロセスを経て、そういう物語を共有した参加者同士が組織を立ち上げ、新たな取り組みが生まれている。
また、他のいくつかの企業では、MBO(目標管理制度)の発展形として、MBB(Management By Belief)という概念を導入し、目標の背景にある「思い」を組織の中で、上司・部下・同僚の間で共有する仕組みを、評価制度とリンクさせている。通常の目標管理で行う組織目標のブレイクダウンによる個人目標の設定に加えて、目標の背景について対話を行うことで、「なぜこの目標を達成することが重要なのか」という「しみじみ感」が醸成されれば、結果として、従業員のやる気の向上につながる。
これらの企業の取り組みから、筆者は何を学ぶべきだろうか。
生徒を突き動かしているものが何であるのか探るチャンスはいくらでもあった。
今思い返せば、彼が、帰り道の電車の中で、「医者になりたいと漠然と思っているが、どこまで本気なのかは自分でもよくわからない」と言っていたことがあった。
彼がこれまでの人生でどんな道を歩んできたのか。なぜ改心して、突然医学部に行きたいと思うようになったのか。どんな時に頑張ることができて、どんな場面ではやる気が失せるのか。あの時、彼を根本で動かしていることに少しでも耳を傾けていれば、結果は違っていたかもしれない。
指導の合間の何気ない会話が何よりも重要だったのだ。彼はいつの間にか「なぜ医学部に行かなければならないのか」を見失ってしまった。最後の指導の帰り際の彼のどこか寂しげな表情が、筆者の脳に残像としてこびりついている。
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