国内最大級の売上高を誇る化学会社、三菱化学。歴史は戦前の1934年にさかのぼり、日本の化学工業をリードしてきた。その伝統ある名門企業が総労働時間削減など人事制度の改革に乗り出している。
三菱化学本社を訪ね、どのような施策を導入、実施しているか聞いた。インタビューに応じていただいたのは人事部労制グループの前川博昭グループマネジャーである。
三菱化学本社を訪ね、どのような施策を導入、実施しているか聞いた。インタビューに応じていただいたのは人事部労制グループの前川博昭グループマネジャーである。
――まず三菱化学の人事概要と総労働時間削減施策の背景についてお聞かせください。
三菱化学は三菱ケミカルホールディングスの中核子会社だ。三菱ケミカルには4事業会社がある。三菱樹脂、田辺三菱製薬、三菱レイヨン、そして三菱化学だ。異なる4企業がホールディングスの下にぶら下がる格好であり、人事はそれぞれが独立している。三菱化学の従業員数はグループ会社への出向者を含め約9300人、うち女性は約1200人。その平均年齢は三菱化学グループ全体で39歳だ。
人事課題はいろいろあるが、すべての人事課題は人という資源を有効活用することにある。
ワーク・ライフ・バランス、モチベーション向上、公正な処遇、育成という課題のいずれも人の活用が目的だ。総労働時間削減の目的も人の活用にある。ムダ、ムリな労働時間を削減して生産性を向上し、その結果として早く帰宅できるようになれば、ワークライフバランスの質も上がるだろう。
総労働時間削減に取り組み始めたのは、2005~06年からだ。当初は時間外労働の削減という目的もあったが、現在は総労働時間の削減に重きを置いている。推進する体制は、旗を振るのが人事部で、マニュアル作成等の削減推進の業務は総務部が所管している。
――部署によって業務が異なります。特に工場では生産プラントが主体になり、総労働時間を削減するのが難しく思えます。
総労働時間といっても管理職と非管理職では異なるし、部署によって、時期によっても変わってくる。それは当然のことだ。ご指摘の工場だが、プラントは24時間、365日稼働している。したがって工場勤務では4つの班に分かれ、朝・昼・晩を3つの班が担当し、1つの班が休むという体制だ。そういう体制なので誰かが休暇を取得すると他班の者が残業して代務をする必要が生じる。コスト増にはなるが余裕を持った要員配置により、代務のための残業が極力発生しないように努めている。全工場で5班3交替制に移行するのが当面の課題である。
工場はわかりやすいが、工場以外はわかりにくい。補助業務を担当する者、入社から3年目くらいの者、係長・課長クラスの者それぞれに効率化の余地はあると考えている。
10年前と同じ旧態依然の方法で仕事を進めていないか、今の仕事のやり方がベストなのかをよく見極める必要がある。事業環境が急速にかつ大きく変化し、また、これだけ技術革新が進んでいれば、おのずと仕事の進め方も変わってしかるべきである。
本来、上司が部下の仕事の進め方に注意を払い、効率化を指導、支援すべきだが、忙しすぎてそこまで手が回っていない、という職場も多いのではないかと考えている。
――総労働時間削減で重視している業務は何でしょうか?
あらゆる業務が対象になる。大きなところでは会社の仕組みがある。会社の予算作成プロセスや稟議書による決裁システムの見直しもある。工場や部署ごとのしきたり・慣例も見直しの対象だ。また日本企業の会議はムダの典型と言われることが多いが、これも効率化する。会議への出席者を絞る、テーマや資料を事前共有しディスカッションの時間を多くする、1時間で結論を出すなどのルールを作っている。
メールも対象だ。たいへんに便利なビジネスツールだが、発信者が関係者全員をccに入れ、受信者が読む必要のないメールを読まされ時間を空費することは多い。またビジネスの基本だが、結論を頭に書くというビジネスルールも徹底している。これらは総務部がマニュアルやマナー集を作り、各部署に配布している。
――2005~06年から総労働時間削減に取り組み、かなりの時間が経過しました。その効果は?
総労働時間が激減することはなかった。しかし数字には表れないが、中身は変わっている。以前は自分の労働時間に無頓着だったが、現在は労働時間をきちんと申告しているのだと思う。労働時間に関係するのが有給休暇の取得率だ。日本企業の取得率は5割を切っているが、三菱化学では8割近い。また06年からライフサポート休暇を新設した。これは有給休暇に1日の休暇をプラスして連続休暇を取りやすくするための制度だ。この取得率もほぼ8割に達している。
もう1つ新しく始めた”荒療治”を紹介しよう。本社ビルの出入りは社員証を兼ねたセキュリティカードで行っている。この出入りを12年11月から19時以降はできないようにした。19時を過ぎると部屋に閉じ込められてしまうから、帰らざるをえない。もちろん残業が必要な時期もある。その場合は事前申請して特別なカードを人事に取りに来てもらう。
まだ運用したばかりだが、効果は大きい。19時以降に残っている人数はパソコンで把握できるようになっており、4月から10月まではだいたい150~160人が残っていたが、19時以降のセキュリティカードが無効になった11月は60人と約100名近く減った。早く帰宅して家族と夕食を共にする人が増え、いい結果が出ている。
――キャリア不安を解消するための人事制度について教えてください。
転勤一時見合わせ制度、勤務地自己申告制度、海外転勤同行休職制度という3つの制度を10年4月に導入した。これらは結婚、共働きに伴うキャリア継続の不安を解消するための施策だ。男女を問わずに適用されるが、当然のことながら主たる対象は女性になる。もともと三菱化学では家庭の事情に配慮して配属してきたので、このような制度は不要という意見もあったが、やはり制度として整えておいたほうが安心できるので導入に踏み切った。
転勤一時見合わせ制度は、育児期間中に最長3年まで転居を伴う異動を留保する。勤務地自己申告制度は、離れて住んでいる配偶者の居住地への移動申請を認める。海外転勤同行休職制度は、配偶者の海外転勤に同行する場合に3年間の休職を認める。
利用実績は、転勤一時見合わせ制度については10年に1件あり、海外転勤同行休職制度はこれまでに3人が利用した。
難しいのは勤務地自己申告制度だ。東京本社に勤務している者が、夫が大阪に転勤したので大阪に転勤したいと申告しても、ポストが空いているとは限らない。利用実績は2010年に5件の申告があったが2件の実績、2011年は2件の申告に対し1件の実績、2012年は3件の申告に対し実績はゼロだった。なかなか難しい。
――冒頭に三菱ケミカルホールディングスの4事業会社はそれぞれが独立していると話されました。今後も独立したままでしょうか?
ホールディングスとして傘下企業の協奏によるシナジー効果を出す方向に向かう。これからはグローバル展開が欠かせないので、グローバル人材の活用が重要になる。現在、人材データベース作りを段階的に進めている。海外で働いているホールディングス傘下企業の部長以上の外国人・日本人が対象で4000名の規模に上る。たとえば、三菱化学でポストがなく処遇できないような優秀人材を、三菱レイヨンでそのような人材を求めていて処遇できるなら三菱レイヨンで活躍してもらえばいい。今後は、グループを挙げての人材力がますます重要になってくると思う。
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