法政大学 名誉教授でHR総研 特別顧問でもある諏訪康雄氏が、自身の研究領域である「キャリア権」を例にとり生成AIの精度に関する検証を行いながら、発展途上段階にある生成AIとの上手な付き合い方を解説します。
以下の文章は、「小説を読むような気楽な気持ちで読んでいただけるように」と、諏訪氏の心遣いにより、HR総研所長(ProFuture(株)社長)である寺澤康介との「仮想対談」形式で表現されています。
まあ、なんとか。今日は近くまで来たもので、寄らせていただきました。
[寺澤]
そうですか。ちょうどコーヒーを淹れてたところなので、一杯いかがです?
[諏訪]
それは、いいところに来ました。(笑)
[寺澤]
そういえば、ChatGPTとかBardとか、生成AIの驚異的な性能にはびっくりですねぇ。なにか質問すると、あっという間にすらすら回答。その速いこと、文章の自然なこと、5分か10分もあればA4で10枚を軽く超える量の情報を作成してくれますよね。
[諏訪]
しかも、それら回答が長すぎると思えば、「200字以内で要約して」などと頼むと、すぐ応じてくれます。面倒くさいなぁ、なんて文句一つ言わずに!
[寺澤]
ほんと。あれこれ調べさせた上に、「じゃ、簡単にまとめといてね」などと頼んでいるばかりだと、忙しい社員には嫌な顔をされかねません。でも、生成AIならば、同時刻に世界中の人からのものすごい量の多種多様な質問に答えながら、こちらがあれこれ気を遣わなくても、淡々と仕事してくれるんです。
[諏訪]
生成AIは、一種のソフトウェアでしょうが、広い意味では「機械」ですからねぇ。どんどん業務処理をしてもらえるなら、今後、ますますありがたい存在になること間違いなしでしょう。
[寺澤]
実際、企業や役所も業務に取り入れているところが増えていますね。
使い始めてみると・・・
[諏訪]一昨年のことになりますが、2022年11月に米国事情に通じた知人から「ChatGPTって面白いぞ!」と教わりました。「なんなんだろう?」と、さっそく試してみました。当初は、英語でいくつも質問しているうちに、もうこれ以上はダメ、って断られたりもしましたけどね。
[寺澤]
なるほど、諏訪先生のように、しつこい質問者がいつまでも回線や機能の独占をし続けないよう、質問回数の制限をしてたんですね。
[諏訪]
はい、すみません…。(笑)
[寺澤]
実際、シャインのキャリア・アンカーだろうが、センのケイパビリティだろうが、なんでも答えてくれちゃうんで、嬉しくなってあれこれ訊ねまくっていると、30分もしないうちに、読むのが追いつかないほどものすごい量の解説文が得られますよね。
[諏訪]
「そんなに読んでられないよ」と面倒くさくなって、生成AIに要約を頼むとササッとやってくれます。こんなに素直で協力的な調査助手が身近にいたらありがたいなぁ、と思わずにはいられません。
[寺澤]
資料を一覧表に整理してくれたり外国語に翻訳してくれたりなども、不平一つ言わずにどんどん処理してくれます。翻訳はめちゃ速い上、文章もなかなかスムースで、けっこう使えますね。エクセルのデータ処理も代行してくれたりして、事務仕事の能率向上にとってこれまでにない画期的なツールとなりそうですよ。
[諏訪]
まったく同感。それぞれの生成AI機能を使えば、プログラミングだってイラストや作曲だって、あっという間にやってくれる。すごい機械が世の中に出現したものだと、ただただ驚くばかりです。
[寺澤]
機械の能力が人間のそれをしのぐシンギュラリティは、2045年だという予言がありますが、もっと早く時代がそうなりそうに思えてきます。一体全体、これからどんな社会になるんでしょうかねぇ。
変化対応に忙しくなりそう
[諏訪]生成AIというこんなものすごい機械を活用することで、人間の能力が拡張されてしまう一方、人の能力形成において大切な基礎的部分に大きな穴が生まれやしないか、ちょっと心配になります。
[寺澤]
どういうことですか?
[諏訪]
1980年代に数値制御の機械やパソコンが広く使われるようになってきて、従来のアナログ的な熟練技能の引継ぎが問題になったことがあります。微妙な指先や目視の感覚といった熟練の技が継承されず、各種作業の基盤がブラックボックス化してしまって、それでいいのだろうかといった議論になりました。
[寺澤]
実際、オフィスでは熟達した和文タイピストが要らなくなったり、そろばんや習字の上手い人の出番が減ったりしました。でも、その種の古い技術技能は廃れていっても仕方ない状況があり、全体的に見ると、仕事の効率化が進んだのではないでしょうか。
[諏訪]
江戸から明治、大正になって、駕籠や馬車から鉄道や自動車へと移行したように、技術革新が起きると、若い世代ほど新しい技術への対応が進み、いつしか駕籠も人力車も、馬車も、それを担う後継者がどんどん減ってしまい、ほぼ消えていきました。漢文から英語やドイツ語へ、和服から洋装へなどと、同じことがいろいろな分野で起きてきたわけで、また今度も同様な現象が起きるだろうという予測ですね。
[寺澤]
そのとおりです。でも今回は、変化のスピードがひどそうなので、戸惑いが強いです。あまりに急激急速だと、これに対応できる人材は不足する一方、他方で多くの人手が余ることにもなりかねません。
[諏訪]
ごく自然な世代交代の速度と技術革新の速度がうまくかみ合えばいいのですが、そうでないと、イノベーションが首尾よく進まなくなったり、雇用不安で社会が不安定になったりします。
[寺澤]
変化への抵抗がとりわけ強い日本社会の場合、ここ30年ほどの「失われた時期」のように、雇用不安よりも変革不徹底のほうが目立つ気がしますよ。新型コロナ禍で、デジタル化の遅れが痛感されました。ハンコの習慣がいつまでも残っていて、リモートワークなのに印判をもらうためだけに出社する人がいた、なんてね。(笑)
[諏訪]
どの国でも、仕事の習性や習慣は、多種多様な人々の思考と行動と変革が絡んでいます。簡単には変わらないのが一般的だと思います。変えるべきところは変え、残すべきところは残す、といっても、「総論賛成、各論反対」で結局は、あれもこれも残すべしという傾向が、人々の気分、世間の空気ではないでしょうか。
[寺澤]
少子高齢化の中、少なくなった若い世代だけでは新しい技術や発想に対応しきれず、たくさんいる上の世代はすでに身につけた仕事の仕方や慣行を捨てたがりません。困ったことに、下の世代が汗をかいている改革努力に、あれこれケチさえつけがちですよね。
生成AI利用が広がると・・・
[諏訪]仮に変化への対応に多くの人が賛成したとしても、社会経済が要請する人材はそう簡単に育ちません。有能な人材の育成には、多くの試行錯誤の経験と時間が必要です。組織にとっても個人にとっても、です。
[寺澤]
これからの時代、子どもの時からずっと、生成AIに頼って宿題もレポートもこなしてくる世代が社会人になるとしたら、どうなるんでしょうか?
[諏訪]
今までも、計算問題は電卓を使い、宿題やレポートはネット情報からのコピペという人はけっこういました。それへの対策として、学校向けに、作文やレポートのコピペ度合い(つまり剽窃の程度)を見抜くソフトが開発されてきました。また英語圏では、先進国の子どもの小遣いでも払える安い報酬で、新興国の高学歴者がアルバイトで宿題やレポートを作成代行することが、問題視されてきました。でも、無料でそれをやってしまう生成AIの登場で、こうした人々の「就業機会」が失われたとも聞きます。
[寺澤]
日本では、作文やレポートのよく出来たものを買い取って、ネットで販売するビジネスが存在していますよね。これもまた、生成AIに淘汰される危機に瀕しているかもしれません。
[諏訪]
なんであれ、基礎、初級、中級といった段階を踏まずに、生成AIで簡単に関門をクリアするといった習性が人々の身につくと、問題も生じそうです。社会人になったからといって、そうしたクセが急に変わるはずもありません。「う~んう~ん」唸って、何時間も何日もかけて調べたりまとめたりしてきた作業が、あっという間にできるようになったら、コスパにタイパにとっても敏感な若者は、基礎的な技術技能、経験を積む機会を失う羽目になるのではないでしょうか。
[寺澤]
そうなると、初級、中級程度の基礎的な知識や技術技能、経験の不足した、学習姿勢に欠ける社会人が増え、その人たちがやった仕事内容をカバーするため、中間管理職や経営者はますます忙しくなりそうですね。そうじゃなくても仕事で多忙なのに、部下や委託業務先の作業結果のチェックや確認の作業に追われていたら、自分がやりたい前向きな業務に費やせる時間も精力も急降下してしまいますよ。
[諏訪]
その上、将来的には、生成AIに依存する次世代の中間管理職や専門職の人々の基礎力も不確かになってしまうと、社会はどうなるでしょうか。
[寺澤]
いやぁ、現場が大変な事態になりますね。ですから、会社も個人も組織とキャリアの将来を考え、生成AI活用でササっと片づける部分とじっくり時間をかけて丁寧に対応する部分とを、切り分ける必要が高まりますね。口で言うほど簡単ではないでしょうが…。
[諏訪]
社会人になる前の学校教育段階から、生成AI活用の利点と弱点とを意識した教育と学習の習慣が身につくようにすることは、不可欠だと考えられます。
[寺澤]
と同時に、生成AIを活用すると、ネット検索以上に簡単かつ自在に広大な知の世界へ分け入ることができるようになるのですから、シュンペーターの言うイノベーション、つまり異なった領域の結合による新たな知識やアイデアの形成が、より楽にできるようになりそうな気もします。
[諏訪]
学習科目でいえば、数学と国語と理科とを横断して対比するなどした方法や発想といった具合いで、これまでに無かったような視点や考え方を見出せる力量を持つ人々が、もっとたくさん出てくるのでしょうか。
[寺澤]
そうかもしれませんね。
[諏訪]
とはいえ、異分野交錯の発想によるイノベーションも、どこかに知の拠点を持っていないと簡単ではないかもしれません。そうした知の拠点形成では、個人が興味関心や能力、環境に応じて一定分野をきちんと身につけることが、大切に思えます。
[寺澤]
少なくなった若手人材ですが、少数ゆえの精鋭化が求められて、なかなか大変ですねぇ。
生成AIはどんなことだって回答
[諏訪]ChatGPTよりもっと新しい時点まで学習材料にしているというBardを使ってみたところ、興味深いことに気づきました。
[寺澤]
なんですか?
[諏訪]
そもそも大規模言語モデル(LLM)による仕組みなので、たくさんの文章を学べば学ぶほど、標準的な事項については、かなり正確で教科書的な回答を出してくれるように進化していきます。けれど、そうではないようなことについては、相当に怪しいところがあるということです。
[寺澤]
なるほど。
[諏訪]
地方自治体職員の人が、生成AIが地元の地区情報など学んでいないためか、とんでもない情報の「生成」をするよ、と言っていました。まぁ、標準的なことでも、思いがけない回答が出てくることはありますが。
[寺澤]
ほんとですか?
[諏訪]
有名なスタンダールの『赤と黒』という小説を例にとって、軍隊と教会の異同について訊いてみたところ、一方でそれなりの回答をしてくれていたのですが、他方で驚くべき誤答もしてくれました。主人公はジュリアン・ソレルですが、ある回答では、こんな一節がありました。
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「スタンダールの『赤と黒』においても、軍隊はフランス王国の権威を維持するために存在しており、教会は人々の精神的な支えとなっていることが描かれています。また、主人公のジャン・ヴァルジャンは、軍隊と教会をそれぞれ利用しながら、出世や成功を夢見ています。」
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[寺澤]
えっ、「ジャン・ヴァルジャン」? ヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』の主人公じゃないですか!
[諏訪]
現に教科書的なことでも、我々みたいに、どこかで記憶違いして回答することがあるのですね。お笑い芸人のパックンが、ニューズウィークのオンライン版で、ChatGPTによると自分がとった覚えのない賞をもらったことになっている、と誤答例を示していたことがありましたが、もっと古典的な人名でも平気で間違えているわけです。
[寺澤]
そういえば、試しにChatGPTでわが社ProFutureのことを尋ねたら、なんと仮想通貨の取引企業のたぐいだと回答されたことがあります。(笑)
[諏訪]
私は恐ろしくて自分自身のことを訊いたことがありませんが、自分の学説である「キャリア権」については、英語でも日本語でも尋ねたことがあります。
[寺澤]
どうでしたか?
[諏訪]
そんな説を聞いたことない、なんて言われませんでしたね(ホッ!)。それなりの回答がもらえました。たとえば、こんな風にです。
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The right to a career is an important human right that is essential for a person's well-being and development. Governments and other institutions have a responsibility to create an environment in which all individuals have the opportunity to achieve their career goals.
(キャリア権は、人の幸福と発達にとって不可欠である重要な人権です。政府やその他機構には、すべての個人が自分のキャリア達成を遂げる機会を持てるよう環境を整える責務があります。)
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[寺澤]
なあるほど。
[諏訪]
日本語でBardに「キャリア権とはなんですか?」と訊いたら、「キャリア権とは、個人が意欲、能力、適性に応じて希望する仕事を準備、選択、展開し、職業生活(キャリア)を通じて幸福を追求する権利のことを指します」と返答してきました。こちらは、私がその種のことを言ったり書いたりしていますから、そのどれかを参照して回答してきたものと思われます。
[寺澤]
古典的でない学説でも、けっこうまともな説明が出てきますね。
[諏訪]
そうですね。だから調子に乗って、「キャリア権」を新聞、雑誌、テレビなどがどう報道しているかをBardで訊いてみたところ、こんな答えが返ってきました。
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「日本の新聞はキャリア権を正面から認めようとしています。
たとえば、読売新聞は2022年12月16日に『キャリア権を実現するために』という社説を掲載しました。この社説では、キャリア権とは『誰もが自分の能力と興味を活かして働くことができる権利』であり、日本の社会においてますます重要になっていると指摘しました。また、政府や企業は、キャリア権を実現するために、教育や訓練の機会の提供、キャリアアップ支援制度の導入など、様々な施策を講じるべきだと主張しました。
また、日本経済新聞は2023年1月13日に『キャリア権を推進する』という社説を掲載しました。この社説では、キャリア権は『人々のモチベーションと生産性を向上させ、社会全体の活力につながる』と指摘しました。また、政府は、キャリア権を推進するために、キャリア教育の充実や、女性や高齢者の就業支援など、様々な施策を講じるべきだと主張しました。
これらの新聞記事は、日本の新聞がキャリア権を正面から認めようとしていることを示しています。キャリア権は、日本の社会においてますます重要になっているテーマであり、今後も注目していく必要があります。」
「2023年8月には、朝日新聞が『キャリア権を認めよう』という社説を掲載しました。この社説では、キャリア権は『個人の生きる権利』であり、『社会全体の利益にもつながる』と主張しています。また、同年9月には、毎日新聞が『キャリア権を守るための法整備を』という特集記事を掲載しました。この特集記事では、キャリア権をめぐる現状の問題点や、法整備の必要性について検証しています。」
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[寺澤]
えっ、そうだったんですか?! まったく知りませんでした。
[諏訪]
そりゃ当然でしょ。各紙の電子版で確認したらどれも出てこないフェイク・ニュース!(笑)
[寺澤]
やっぱり…。じゃあ、ビジネス誌の記事はどうでしたか?
[諏訪]
案の定ですよ。(苦笑)
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「日本のビジネス誌の中には、キャリア権を正面から認め、その実現に向けて様々な施策を講じているところがあります。
たとえば、『日経ビジネス』は2022年12月号で『キャリア権を実現するために』という特集を組んでいました。この特集では、キャリア権の重要性や、キャリア権を実現するために企業ができることなどについて、様々な角度から議論されていました。また、『週刊東洋経済』は2023年1月号で『キャリア権の行方』という特集を組んでいました。この特集では、キャリア権の現状や、キャリア権を実現するために社会全体ができることなどについて、様々な角度から議論されていました。」
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[寺澤]
やっぱり、フェイクですか?
[諏訪]
残念ながら…。(笑)
次のように、こんなこともBardは言っていましたが、どれもフェイクです。
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・2022年3月、東京都は「東京都キャリア権宣言」を行い、キャリア権の実現に向けた施策を推進していくことを表明しました。
・2022年6月、認定NPO法人キャリア権推進ネットワークは「キャリア権憲章」を発表し、キャリア権の実現を求める活動を開始しました。
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[寺澤]
おやぁ、まぁ。これらの情報をレポートにそのまま引用していたら、学生はDやFの「不可」評価で、単位を取り損ないますねぇ。
[諏訪]
かわいそうなことです。(大笑い)
[寺澤]
では、テレビ関係ではどうですか?
[諏訪]
実はNHKの「視点・論点」で私自身も意見を述べたり、別途に解説委員の方が「時論・公論」で言及してくださったりしたことがありましたが、それらにはまるで触れず、こんな別情報を回答してくれました。
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「キャリア権のことを取り扱ったテレビ番組はいくつかあります。
・NHK総合テレビ『クローズアップ現代+』の2023年10月25日放送の『キャリア権 ~働き方改革の新たな課題~』では、キャリア権の概要や、キャリア権を実現するために必要なことについて、専門家の解説やインタビューを通して紹介しています。
・TBSテレビ『報道特集』の2023年11月10日放送の『キャリア権 ~働き方改革の転換点~』では、キャリア権の導入が進む企業の取り組みや、キャリア権をめぐる課題について、取材を通して紹介しています。
・フジテレビ『Live News it!』の2023年11月25日放送の『キャリア権 ~働き方改革の新たなステージ~』では、キャリア権の導入が進む企業の取り組みや、キャリア権をめぐる議論について、解説を通して紹介しています。
これらの番組では、キャリア権の概要や、キャリア権を実現するために必要なこと、キャリア権をめぐる課題などについて、わかりやすく解説しています。」
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番組名や日付まで記していますが、全部フェイクですね。(笑)
[寺澤]
へぇ、平気でそんなに間違った情報ばかり挙げてしまうのですか。
[諏訪]
そうですねぇ。言語として確率論的にある単語と次に来そうな単語とをつなげる予測方式が基礎となっているので、文章はいかにもありそうな話になっています。でも、生成AIは作った文章の「事実確認」をきちんとしてくれる段階には至っていません。
[寺澤]
根拠レスに、耳ざわりがよい文章を生成してしまっているのですか?
[諏訪]
人間だったら一生どころか何生かかっても読み切れないほど、超大量の文章を読み込んで学習していますから、かなりの部分はまともな内容となります。ですが、学習した情報がまだ足りない領域、たとえば最近の出来事や稀な事態などについては、怪しげになるということでしょうかねぇ。
[寺澤]
人間だって、いつも仕事で扱っている事項については正確でも、あまり接することないことは不正確なことしか言えないのと、よく似てますね。
[諏訪]
人間の脳の仕組みを参考に、人工的にニューラルネットワークというコンピュータ言語モデルを作り上げ、深層学習をさせていますから、人間の脳で起こるような現象は生成AIでは起こりうるということなのでしょうか。
[寺澤]
そうだとすると、いかにも「ありそう」な事象を、あたかも「ある」かのように言ってしまうことが、けっこう生じている…。
[諏訪]
当然、Bard運営者にはその仕組み的な問題点について自覚がありますから、Bardロゴの横に「試験運用中」とはっきり断っています。また、回答の下部には必ず「Bard は不正確な情報(人物に関する情報など)を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください」と書いてあります。
[寺澤]
そのことを認識した上で使ってほしいというのですね。言われてみれば、ビジネス経験では、誰かが言いふらしていたとしても情報の裏をとらないで信じ込むのは危険ですよね。同じことかもしれません。
[諏訪]
Bardが「人物に関する情報」と例示するのは、きっと個人から文句がくるので「人物」と触れているのでしょうが、実は「事物」に関する情報にも、かなり誤りがあるということです。そのうちに、単位を落とした学生や上司に叱られた若手社員が「事物」に関してもどんどん文句を言っていけば、もっと様々な不正確な情報を挙げる例を列挙しなければならなくなりそうですよ。(笑)
[寺澤]
さっき諏訪先生がおっしゃっていた、専門家や当該分野に習熟した人などによるチェックが必要だということを、ちゃんと自認して断っているんですね。
[諏訪]
たしかにそうですが、一番下のところにさり気なく注意するだけなんて、多くの人が無視してしまいそうです。生成機能の簡便さに目がくらんでますから。
[寺澤]
「あれもこれも、間違いが多いです」なんて注意書きを付けたら、その生成AIは「まるで信頼できない」として使ってもらえなくなるので、「人物」だけを例示しているのではないでしょうか。
[諏訪]
あるいは、そうかもしれません。とはいえ、私は、生成AIとそれが目指す方向がものすごいイノベーションだと考えています。その影響は、今後ますます広がっていくことでしょう。私たちとしては、活用法に気をつけながら、あれこれ実証実験し、習熟していくのが適切です。
[寺澤]
でも、チェックや再確認など面倒ですねぇ。
[諏訪]
AlphaGo(アルファ碁)のように単機能型だったAIを、さらにいろいろなことができる多機能型に近づけていく途上段階にあります。いずれは総合型に進化していくことでしょう。将来は、誤りも少なくなっていくことが期待されますし、いずれ生成情報などのチェックをして事実確認もする「裏をとるためのAI」、あるいは「信頼度を確率的に示すAI」なども出てくるのではないでしょうか。
[寺澤]
それでも、言語世界だけのAIでは限界がありそうですよ。
[諏訪]
なるほど、人間の場合は五感を通じた体感的な知や身体知も備えているので、特に意識していなくてもそれらを統合して判断をしていますね。だから当然、進むべき方向の一つとしては、研究者たちはそうした限界を乗り越える努力を続けていると思います。
慎重なチェックをしながら大いに活用を
[寺澤]とはいえ、現在のところ、「誤答が少なくないから、そこに気をつけながらどんどん活用してみましょう」というのが結論ですか?
[諏訪]
はい。従来も、専門機関による収集データと確率論にもとづく将来予測などは、現実とのズレはよく生じさせています。だから、誤答だ、フェイクだと、あまり騒がないで、慎重なチェックをしつつも活用できるところでは大いに活用していくことが有益だと考えます。
[寺澤]
でも、そんなに間違った回答ばかりだと、もどかしいですねぇ。
[諏訪]
それどころか、実害も生じます。ChatGPTが挙げた6件の「判例」を先例だと誤信し、訴訟の準備書面に引用した米国の弁護士は、5000ドル(約72万円)の制裁を裁判所から課されました。不名誉なことにも、生成AI史上にその名を残しそうです。
[寺澤]
ベテラン専門家も信用が丸潰れですね。あぁ、クワバラ、クワバラ…。(笑)
[諏訪]
意図的な、悪意を持ったフェイク情報作成への規制や対策なども論じられていますが、それだけでなく、ごく普通に生まれてきてしまう誤答への対策といった「生成AIリテラシー」を高めることを、私たちは学習していく必要性が高いです。
[寺澤]
これからの世代はそうした教育を受けていくでしょうが、中高年は心配ですね。生涯学習の必然性をひしひしと感じます。
[諏訪]
そうですね。英語では、この種の事実と異なる情報を生成することを、ハルシネーション(Hallucination=幻覚、幻影)と呼ぶそうです。人間の脳内で生成される現実とは異なる幻覚もどきの現象と捉え、それを人工知能も起こすとしているわけですね。だから、少なくとも、意図的にウソをついているわけではないようです。
[寺澤]
人間だって、いや人間こそ、記憶違いや記憶の混乱、あるいは幻覚や幻想を抱きがちです。バブルのイケイケどんどんな空気感もデフレの閉塞感も、世間でみんながそう言ったりそのような行動をとっているので、「あぁ、そうだよね」と納得してしまっていたところがありますよね。後の時代からみると、みんなで幻影を見ているだけだった、と指摘されてもしょうがないです。
おっと、もうこんな時間!
えらく長居してしまいました。これで失礼します。また寄らせていただきます。
[寺澤]
えぇ、是非どうぞ。興味深いお話ができ、とっても楽しかったですよ。
オフィスを出ると、街はすっかり黄昏れていた。
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