仕事柄だろうか、ここしばらくは本当に「グローバル」という言葉を目や耳、あるいは口にしない日がない。あんまり使いすぎてゲシュタルト崩壊でも起こしそうである。それくらい、お客様である各企業ひいては日本社会のグローバル化に対する危機感や目的意識の強さを日々ひしひしと感じている。
「組織は戦略に従う」とは著名な経営書の邦題であるが、人間は多かれ少なかれその属する組織に従って生きている。容器の形が変われば中身も変化を求められるわけで、グローバル化していく組織において活躍できる人材、所謂グローバル人材の要件は、グローバル経営のコンサルティングに携わる者の端くれにとって、またマーサーという一グローバル企業の社員にとって、常に心悩ます関心事だ。

グローバル人材たりうる為に最も必要なものは何か。このように尋ねられたら、皆さんはどうお答えになるだろうか?英語をはじめとする外国語への習熟度、いや、それよりも多様な価値観を理解し取りまとめていけるリーダーシップが大事であろうか。あるいは、具体的なスキルの程度よりも、それを埋め合わせるに足る強い意志や動機の方が重要だろうか。もちろん、こういった能力や情熱の類もとても大切な要件ではあるが、もっと大切なものを見落としていないだろうか。

 私の答えは「健康」である。そもそも、能力も情熱も健全な心身を前提として発揮されるもので、健康を損なっては仕事どころではない。おいおい、という呆れ声も聞こえてきそうだが、もう少々辛抱してお付き合いいただけたら幸いである。実は、大層なタイトルを掲げてしまったが、当コラムの本日のお題は「健康保険組合(健保組合)」である。

 健保組合と聞いてぱっとその具体的なイメージが浮かぶ方は少ないかもしれないが、民間企業に勤める人とその扶養家族であれば必ず加入している制度で、ごく端的に言えば、医者にかかった時に保険証を提示すれば医療費の自己負担が3割(年齢等により異なる)で済むのは、これ(とその背後にある我が国の医療保険制度)のおかげである。他にも組合によっては様々な恩恵があり、会社の提供する福利厚生の中で、社員の健康を司る、とても重要なものだ。給与明細をご覧になれば、毎月所定の保険料が健保組合の収入として皆さんの給与から天引きされているのがお分かりになるかと思う。

 この健保組合が、今大変厳しい状況にさらされている。「健保組合コンサルティング」の図1の折れ線を見ていただくと、保険料率(会社と従業員が折半で負担する健康保険料の掛金率)を上げる健保組合が年々増えていることが分かる。その原因は、図2に示されるように、一般に健保組合の支出は
保険給付費: 加入者の受けた医療等の費用を負担するための支出(=加入者自身の費用)
支援金・納付金額: 高齢者医療制度等の財源に充てるための支出(=高齢者の費用)
の2項目がほとんどと言ってよいのだが、これらが保険料による収入より早いペースで増えている組合が多くなってきたことである。

 1については、医療行為の平均単価および総量がそれぞれ医療の高度化や加入者の高齢化等により増加していること、 2については、1と同様に高齢者の医療費も増大し、しかもその費用を負担できる現役世代もまた高齢化により減っていることが、それぞれ増加要因として挙げられる。

 とりわけ2は「年金・財務リスクマネジメント・ニュースレター第17号: 後期高齢者医療制度の今後」で詳しく検証している通り、その負担は将来にわたって増え続けると予想される一方で、負担の実際の多寡は立法や行政の影響を多分に受けるため、健保組合独自の取り組みが奏功しづらい(しないわけではない)費用と言える。

 翻って、1については、疾病の発症自体や重症化を回避するための予防医療や保健指導といった方策が費用に与える影響は一般に大きい。さらに、社員でもある加入者の健康を促進することは、業務の生産性向上にもつながり、一石二鳥の取り組みだと言える。例えば、近年罹患者が増えている精神疾患においては、健保組合が給付する傷病手当金等はもちろん、当該社員が十分に働けないことの機会損失とアフターケアも企業にとって無視できない負担となるケースが多い。

 「健康経営」という概念がある。社員の健康促進を通した人的資本の充実と企業価値の向上を意図した米国発祥のこの考え方は、日本にも影響を与えており、経済産業省の調査プロジェクトやそれに端を発する民間企業の取り組みを生んでいる。

興味深い例として、日本政策投資銀行の「DBJ健康経営格付」を紹介したい。社員の健康への配慮や取り組みの程度を独自に評価して、高評価企業へは優遇金利を適用した融資を実行する他、将来的にはその事実をロゴマーク等の形(個人情報保護におけるプライバシーマークの存在を想起されたい)で周知させ、CSR(Corporate Social Responsibility: 企業の社会的責任)の観点からも企業を健康経営に対して動機付けしようというものである。

 なお、この格付で最高評価を獲得した花王は、社員の健康促進への取り組みを以前より続けてきた健康経営の先進企業の1つと言えるが、保健事業やレセプト(診療報酬明細書)データの活用等、健保組合が果たしてきた役割は大きい。

企業は主に事業や財務の視点から評価されることが多いが、ここに人事の視点として健康という要素を加えることは、これまで見落とされてきた価値に目を向けることになりはしないだろうか。そして、少子高齢化による労働人口の減少や医療負担の増加といった構造的な社会問題を多く抱える我が国にとって、民間分野からその解決を図る一助となりはしないだろうか。

 企業経営において、健保組合が注目される場面は決して多くはない。一方で、その意義と効果は集める関心ほどに薄くはない。コンサルティングという業務の特性上、お客様となる健保組合は何らかの問題意識、すなわち不健康の種を抱えている場合がほとんどである。微力ながら健保組合を健康にするお手伝いを通じて、その加入者の健康、さらには母体企業や社会全体の健康に資するような仕事ができればと願う。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!