富士電機は日本を代表する重電メーカーだ。製造業の常として、富士電機でも男性従業員が多く、女性従業員は少ない。結婚、出産、育児によって辞めてしまうからだ。それぞれの家庭の事情があるから、出産女子全員の復職は望めないが、復職者をケアすることはできる。その取り組みが、上司と復職者が話し合うペアワーク研修だ。
2009年4月にスタートしたペアワーク研修は、2011年度末までの3年間に23回実施され、上司・復職者各88名、計176名の参加実績を持っている。
そしてその取り組みが、第1回日本HRチャレンジ大賞の奨励賞に選ばれた。日本HRチャレンジ大賞は人事施策の先進性・独自性を評価する。どのような取り組みが評価の対象になったのか? そこで石原敏彦・執行役員人事・総務室長に聞いた。
そしてその取り組みが、第1回日本HRチャレンジ大賞の奨励賞に選ばれた。日本HRチャレンジ大賞は人事施策の先進性・独自性を評価する。どのような取り組みが評価の対象になったのか? そこで石原敏彦・執行役員人事・総務室長に聞いた。
--最初に富士電機の女子従業員支援についてお聞きしたいと思います。
富士電機はきわめて早い時期から女性支援制度を充実させている。例えば最長3年間の育児休職制度は1970年にすでに導入している。しかし、女性の層は厚くならなかった。女性総合職採用は1985年に開始しているが、その頃に入社した女性総合職で残っている人は一人もいない。退職の理由は、結婚、出産、そして育児にある。社内結婚の場合は問題になることは少ないが、他企業の人と結婚すれば、相手の転勤により富士電機での勤務が不可能になることがある。
第一子の出産では、育児休業制度を使って2年(事由により最長3年)後に復帰することができるが、第二子が生まれると、育児に専念しようと考える人が多くなる。母親として当然だろう。
その結果として女性の層は薄くなる。2011年度末の富士電機の従業員数は2万4973名だが、女性は5830名と少ない。また5830名の過半は昭和時代に採用した一般職であり、子育てを終えた世代だ。総合職の女性は半分以下にとどまっている。
もともと理系には女子が少ない。当社は重電なので、機械、電気専攻の採用が多いが、これらの専攻は特に女子が少ない。
しかし女性技術者を採用する取り組みは強化している。8人の女性だけのリクルーターチームを結成し、各大学を訪ね、富士電機の魅力を伝えている。このような取り組みはこれからも継続、強化するつもりだ。
--女性を重視する理由は何でしょうか? 重電というと典型的な男の職場のイメージがあります。
世の中の男女の比率は1対1であり、海外では女性が活躍するのは当たり前だ。また男性にはない、女性ならではの視点というものがある。男性だけの開発チームに女性が混ざると、発想が多様化する。女性だけでなく、外国人留学生も採用し、チームに加えていきたいと考えている。事業戦略を立案する時に、外国人や女性の視点と発想はとても貴重であると認識している。
当社は発電プラントのなかでも、とりわけ地熱発電に強く、現在もトルコのプロジェクトが進行中だが、プロジェクト・マネジャーは女性であり、優秀だ。タフであることに加え、交渉力、調整力、リーダーシップ等が優れていると感じる。
--復職時のペアワーク研修についてお聞きします。とてもユニークな制度ですが、なぜこのような研修を始めたのですか?
育児休職から復帰する時に、働き方・考え方について上司と部下の間で十分なコミュニケーションを図り理解を深めることが、仕事と育児を両立させる重要なポイントだと考えた。しかし、育児休職者へのヒアリング、管理職へのアンケートから、復帰時に十分なコミュニケーションをとれていないことが多いことが明らかになった。正確に言えば、上司側は部下とのコミュニケーションが十分できていると考えているが、部下側は上司とのコミュニケーションが不足していると感じていた。このコミュニケーション・ギャップを埋めることが、復職者への支援になる。
そこで、上司と部下のコミュニケーション不足を改善し、双方の考えを共有することを目的としたペアワーク研修を実施した。
--どのような形態で実施しているのでしょうか? また内容はどんなものでしょうか?
ペアワーク研修は、2009年4月からの3年間で23回、176名が参加者した。育児休職からの復職者と直属上司がペアになるので、88ペアの参加者といった方がわかりやすいかもしれない。平均すると1年に8回程度のペースで、一月半ごとに開催されている計算だ。1回の参加者は4ペア程度になる。時間は午後の3時間。復職者は保育所に子どもを迎えに行くので、就業時間短縮制度の4時半に終了する。
内容は3つで構成されている。まず部下グループと上司グループに分かれ、それぞれがグループディスカッションを行う。復職者を受け入れる上司同士、復職者同士が話し合う。研修以前はそれぞれが孤立した状態だったが、このグループディスカッションによって、同じ立場、同じ悩みを持つ者と話すことができる。
続いて、人事が独自に作成したDVDを視聴してもらう。育児休職からの復職者と上司が実際の体験を語る内容だ。最後に上司と部下がペアワークを行う。話し合いを通じ、今後の行動宣言をまとめる。内容は、いいところを言い合うポジティブなものが多い。
--どのような効果がありましたか?
上司と復職者の双方の不安を解消することができたことが、大きな成果と評価している。不安の中身として、まず育児休職者は、最長で3年間職場から離れる。3年間は長い。時には育児休職期間中に上司が替わることもある。そして職場の仕事と切り離され離れ、会社と疎遠になる。
この対策として現在は「wiwiw(ウィウィ)」というWebサービスを休職者に提供しており、休職中も職場の情報を発信してコミュニケーションを取れるようにしているが、それでも復職時に不安はあるだろう。
上司も不安を持っている。女性従業員が少ないから、女性の部下を持ったことのない上司もいる。結婚して共働きの妻がいれば、働く女性の育児に対する理解があるだろうが、そうでない男性上司は育児からの復職者を部下に持つのははじめての経験であり、どう接していいのかに迷う。不安があるわけだ。
ペアワーク研修によって、その不安が解消される。キャリアプランについて上司と部下が話し合い、経験者の話を聞くことで双方の不安が解消される。お互いの状況・価値観を理解し合い、共有することで、部下の希望と上司の期待が合致する。キャリア目標を策定し、行動宣言としてまとめることで、部下の仕事と生活の充実を図ることができる。復職者のモチベーションが向上し、経営に対する貢献も大きい。
もうひとつ大きな成果は、同じ境遇にある上司や部下のネットワークが形成されたことだ。社内人脈は業務経験によって形成されることが多いが、ペアワーク研修で他部署の育児からの復職者同士のネットワーク、復職者を持つ上司同士のネットワークが形成された。
--ペアワーク研修によって、育児を抱える従業員のリテンションは成功しましたか?
ペアワーク研修によるリテンション効果は明らかだ。育児休職する年間約150名のうち、育児休職期間満了後に辞めた人は、2011年度は0名。ただ、復職した人の全員が、ペアワーク研修を受けているわけではない。参加しない理由は、研修実施時期と業務スケジュールが合わないことが多い。ペアワーク研修は順繰りに実施しているので、工夫してより参加者数を増やしていきたい。その他の女性に関わる人事施策の課題としては、女性幹部社員数の拡大がある。富士電機の人事制度は、入社後に企画職、企画職、企画職というステップを踏んで、幹部職のビジネスリーダー職になる。しかしビジネスリーダー職以上の女性は、現在わずか32名。部長は1人しかいない。
経営の方針として女性幹部を増やそうとしているが、部長にするにはその下の課長が必要であり、課長にするにはその下の人材が必要だ。人材の育成には時間がかかる。
--「やりたい仕事調査」も興味深い制度です。紹介していただけますか?
富士電機は、全社的な事業構造改革に取り組んでおり、その一環として2010年5月に行ったのが「やりたい仕事調査」だ。労働組合は2年に一度「意識調査」を行っているが、対象は組合員だ。「やりたい仕事調査」は、幹部を含めて1万4281名に対しアンケートを行い、94%の1万3480名から回答を得た。やりたい仕事に就く方が、会社としての業績も、本人のモチベーションも上がるだろうという趣旨で実施した。意識を聞くだけでなく、それをテコに動かすのが狙いだ。
結果は、現在の仕事に満足している人が85%と多かった。満足していない人が15%、異動を希望する人が13%の1785名いた。その1785名のうち、いま異動したいと希望する人は472名いたので、職務経歴書を提出してもらい、異動先と面接を行って異動を決めていった。
しかし辞退者も出て、実際に異動したのは国内138名、海外28名だ。この異動は2010年10月から始め、1年半くらいかかった。
「やりたい仕事調査」は2010年に実施したので、当面の実施予定はない。その代わり、 本人希望を活かす別の制度がある。
富士電機には社内公募制度があり、2010年には126名が公募し、82名が公募に合格して異動になっている。82名のうち海外異動を希望したのは37名。「やりたい仕事調査」と公募制度の両方で海外異動したのは65名に上る。
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