論語に「告朔のき羊(こくさくのきよう)」という話があります。
告朔とは、古代中国での儀式であり、毎月一日に羊を廟にささげるというものでした。
この故事は、その儀式を形式的で意味のないもの、無駄なものと言った弟子に対して、孔子が「古くからある儀式をなくすのはさびしいものだ」と言ったことからできています。この故事から、古くて、形式的になってしまった習慣のことを指して、「告朔のき羊」というようになったのです。
告朔とは、古代中国での儀式であり、毎月一日に羊を廟にささげるというものでした。
この故事は、その儀式を形式的で意味のないもの、無駄なものと言った弟子に対して、孔子が「古くからある儀式をなくすのはさびしいものだ」と言ったことからできています。この故事から、古くて、形式的になってしまった習慣のことを指して、「告朔のき羊」というようになったのです。
ただ、孔子がこう発言したその真意は、「古くから続く儀式には、意味がある。
告朔は、その際にささげた羊を庶民に振舞うところに意味があるのだ」というものです。
すなわち、為政者が庶民に、告朔の儀式を通して施しをすることが重要だというのです。
こちらにも一理があると私は思います。
世の中には、形式だけで、意味のなさそうなものも多くありそうですが、本来の意味を考えると、継続していかなければならない文化も多くありますし、また反対に実際のところ過剰、無駄なものも多くあるでしょう。
たとえば、お中元やお歳暮、暑中見舞いや年賀状など企業間の取り引きでも未だに行われているそれらの挨拶行事は、無駄にみえることも多いものです。
ただ、その「本来の意味」までさかのぼって考える意味はありそうです。
お世話になった方々に感謝の意を伝える機会が他にあれば、ブログやFacebookなどで、日常的に離れてしまった友人などとつながる手段ができれば、年賀状などの季節の挨拶も不要ということになるのかもしれませんが。
さて、弊社の意識調査のなかに、「世の中には、本気で取り組む気になれないほどくだらないことが多い」というものがあります。
この設問の回答傾向は、次のようになっています。
そう思う 14.4%
わからない 18.4%
そう思わない 67.3%
この設問に「そう思う」と答える人は、実際にそれまでの人生の中で、「くだらないもの」を数多く見聞きし、体験してきたのではないかと思います。
たとえば、形式的にしか感じられない学校行事、政治家の政権争い、ただ馬鹿騒ぎを映しているだけのテレビ番組等、くだらいと思われても仕方のないものは沢山あります。
怖いのは、彼らが、自ら本来関わるべきところで「くだらないものだから、やらない、やりたくない」と感じてしまうことです。告朔のき羊ではありませんが、取り組んでみて、続けてみて、意味を考えて初めてその重要性がわかるものも多いのが「仕事」です。
弊社の意識調査のなかに、「世の中には、本気で取り組む気になれないほどくだらないことが多い」というものがあります。
この設問の回答傾向は、次のようになっています。
そう思う 14.4%
わからない 18.4%
そう思わない 67.3%
この設問の回答傾向ですが、2001年以降でみると、「そう思わない」が64.0~69.4%、「そう思う」が11.7~15.2%に間で振れており、一定の増加・減少の傾向はみられません。また、男女で回答傾向の差は大きく、2012年で「そう思わない」と答えたのは、男62.7%、女79.7%と17%もの差があります。どちらかといえば、男性の方が女性より、「くだらないことが多い」と感じているようです。
新入社員に関する評価でここ数年、新たに出てきた評価には、「変に自信を持っている」「やったこともないのに、できると思っている」等というものがあります。
「ほめて育てられた」「個性を認められた」世代ですから、「やればできる」と思ってしまうのではないでしょうか。低レベルの成果でも、「がんばったね」とほめられて終わってしまい、「ああ、これでいいんだ、だいたいのことを自分はできる」と自信過剰になってしまうのです。
そんな彼らは、「失敗して、叱られて」育てられた我々とは違います。
彼らはやらずして、「どうして、これをやらないといけないんですか」と聞いてくるならまだしも、「意味がわからないので、やりませんでした」とまで言うのです(部分的に手を抜くことも多い)。
ここでは、「まず、やる、やってみる」ことの重要性を体感させることが必要になってきます。
一言で言えば「つべこべ言わずにやれ!」と上司や先輩が言って、やらせきることができるかどうかです。理論から入る、様々リスクを検討してやる等は必要な思考ですが、仕事ですから、やるべきこと、指示を受けたことは即、実行するという習慣を早いうちにつけておかないと、評論家的な部下を育ててしまうことになります。
やってみてから、成果を確認し、「全ての仕事、作業は、顧客、成果につながっている」ということを実感させることは必要です。新入社員にやらせることは、先輩、上司が経験してきたことであり、その体験が必要だからやらせているのです(必要のないことはさせてはいけません)。
きちんと成果を出させて、正しく評価すれば、それ以降、「意味が分からないので、やりませんでした」などということはなくなります。
「言われた通りやっていれば、とりあえず成果は出るんだ」という実感をまず持たせることが必要なのです。
告朔は、その際にささげた羊を庶民に振舞うところに意味があるのだ」というものです。
すなわち、為政者が庶民に、告朔の儀式を通して施しをすることが重要だというのです。
こちらにも一理があると私は思います。
世の中には、形式だけで、意味のなさそうなものも多くありそうですが、本来の意味を考えると、継続していかなければならない文化も多くありますし、また反対に実際のところ過剰、無駄なものも多くあるでしょう。
たとえば、お中元やお歳暮、暑中見舞いや年賀状など企業間の取り引きでも未だに行われているそれらの挨拶行事は、無駄にみえることも多いものです。
ただ、その「本来の意味」までさかのぼって考える意味はありそうです。
お世話になった方々に感謝の意を伝える機会が他にあれば、ブログやFacebookなどで、日常的に離れてしまった友人などとつながる手段ができれば、年賀状などの季節の挨拶も不要ということになるのかもしれませんが。
さて、弊社の意識調査のなかに、「世の中には、本気で取り組む気になれないほどくだらないことが多い」というものがあります。
この設問の回答傾向は、次のようになっています。
そう思う 14.4%
わからない 18.4%
そう思わない 67.3%
この設問に「そう思う」と答える人は、実際にそれまでの人生の中で、「くだらないもの」を数多く見聞きし、体験してきたのではないかと思います。
たとえば、形式的にしか感じられない学校行事、政治家の政権争い、ただ馬鹿騒ぎを映しているだけのテレビ番組等、くだらいと思われても仕方のないものは沢山あります。
怖いのは、彼らが、自ら本来関わるべきところで「くだらないものだから、やらない、やりたくない」と感じてしまうことです。告朔のき羊ではありませんが、取り組んでみて、続けてみて、意味を考えて初めてその重要性がわかるものも多いのが「仕事」です。
弊社の意識調査のなかに、「世の中には、本気で取り組む気になれないほどくだらないことが多い」というものがあります。
この設問の回答傾向は、次のようになっています。
そう思う 14.4%
わからない 18.4%
そう思わない 67.3%
この設問の回答傾向ですが、2001年以降でみると、「そう思わない」が64.0~69.4%、「そう思う」が11.7~15.2%に間で振れており、一定の増加・減少の傾向はみられません。また、男女で回答傾向の差は大きく、2012年で「そう思わない」と答えたのは、男62.7%、女79.7%と17%もの差があります。どちらかといえば、男性の方が女性より、「くだらないことが多い」と感じているようです。
新入社員に関する評価でここ数年、新たに出てきた評価には、「変に自信を持っている」「やったこともないのに、できると思っている」等というものがあります。
「ほめて育てられた」「個性を認められた」世代ですから、「やればできる」と思ってしまうのではないでしょうか。低レベルの成果でも、「がんばったね」とほめられて終わってしまい、「ああ、これでいいんだ、だいたいのことを自分はできる」と自信過剰になってしまうのです。
そんな彼らは、「失敗して、叱られて」育てられた我々とは違います。
彼らはやらずして、「どうして、これをやらないといけないんですか」と聞いてくるならまだしも、「意味がわからないので、やりませんでした」とまで言うのです(部分的に手を抜くことも多い)。
ここでは、「まず、やる、やってみる」ことの重要性を体感させることが必要になってきます。
一言で言えば「つべこべ言わずにやれ!」と上司や先輩が言って、やらせきることができるかどうかです。理論から入る、様々リスクを検討してやる等は必要な思考ですが、仕事ですから、やるべきこと、指示を受けたことは即、実行するという習慣を早いうちにつけておかないと、評論家的な部下を育ててしまうことになります。
やってみてから、成果を確認し、「全ての仕事、作業は、顧客、成果につながっている」ということを実感させることは必要です。新入社員にやらせることは、先輩、上司が経験してきたことであり、その体験が必要だからやらせているのです(必要のないことはさせてはいけません)。
きちんと成果を出させて、正しく評価すれば、それ以降、「意味が分からないので、やりませんでした」などということはなくなります。
「言われた通りやっていれば、とりあえず成果は出るんだ」という実感をまず持たせることが必要なのです。
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