(株)ディスコが主催する『ボストンキャリアフォーラム』は、約200社の企業と約1万人の留学生が参加する、世界最大の日英バイリンガル就職イベントだ。1987年にスタートし、既に四半世紀の歴史を持つ。そのグローバル人材を軸にした事業展開の中心にいたのが、代表取締役社長の夏井丈俊氏だ。ボストンキャリアフォーラムが初めて開催された1987年に入社し、1998年米国現地法人社長になり、2000年には英国現地法人社長を兼務し、アメリカで8年間を過ごしたキャリアを持つ。グローバル人材採用について、日本で最も広く深い知見を持つ人物といっても過言ではないだろう。
そこで、ディスコ本社ビルに夏井社長を訪ね、グローバル人材の採用・育成の変化と現状について話を聞いた。

――近年になって「グローバル」という言葉が頻繁に使われるようになり、人事の世界では「グローバル人材」に対するニーズが急速に高まっています。しかし「グローバル人材」という言葉が独り歩きしている印象もあります。

第24回 ボストンキャリアフォーラムを1987年にスタートしたディスコ。「グローバル人材採用」の現状と課題を代表取締役社長・夏井丈俊氏に聞く
「グローバル人材」は、明確な合意や定義のないバズワードのようになっている。言葉は流通しているが、その中身ははっきりしない。業種や企業によってグローバル人材の中身が違うのは当然だが、そこまで踏み込んだ議論は少ない。
 文部科学省や経済産業省では「グローバル人材」を細かく定義しているが、その内容を見ると、そのような人材がどれ程いるだろうかと思うくらいハイスペックとなっている。

私はもう少しシンプルに「グローバル人材」を定義したい。「海外とビジネスを進めるに足るスキルを持った人」である。では、ここで言うスキルとは何か。まず業務を遂行するための「ビジネスリテラシー」が必要だ。ビジネスリテラシーは、「問題解決力」「コミュニケーション力」「リーダーシップ」という3つの要素で構成される。グローバル人材には、このビジネスリテラシーに加えて、「グローバルリテラシー」が必要になる。グローバルリテラシーの要素は2つあり、「言語適応力」と「異文化適応力(環境適応力)」だ。

――ビジネスリテラシーの3つはよくわかります。グローバルリテラシーの2つについて、もう少し詳しく教えてください。

第24回 ボストンキャリアフォーラムを1987年にスタートしたディスコ。「グローバル人材採用」の現状と課題を代表取締役社長・夏井丈俊氏に聞く
「言語適応力」の基本は英語だ。英語ができれば世界でビジネスができる。欧米人の話すきれいな英語である必要はない。ただし、日常会話程度の英語力では通用しない。分厚い契約書を現地の法律家と一緒に確認するような時には、高度な英語力が必要になる。もし契約書に齟齬があれば、後になって大トラブルになってしまう。

また、英語が使えるとしても、中身が伴わないと相手にとってはつまらない。さまざまな知識や教養を用いることが必要だろう。
「異文化適応力」とは、世界の国々や地域がそれぞれ持つ文化の違いを「感じる」に始まり、日本とはどのように違うのかを「理解」し、最終的には「尊重」することができる力だ。
日本企業が現地に人材を派遣して失敗するケースを見ると、異文化適応力の不足が原因であることが多い。国内にいては異文化適応力を身につけることはできない。異文化適応力を身につけるには、実際に海外に住んで経験することが一番だからだ。

――日本企業の「グローバル人材」への取り組みをどのように評価されていますか?

「グローバル人材」の採用の前提として、企業がどの程度グローバル化しているのかを考えねばならない。グローバル発展段階としてよく言われる「マルチナショナル」「インターナショナル」「グローバル」「トランスナショナル」という4つの段階において、現在自社がどの段階で、次に何を目指すのかを明確にした上で、採用すべき人材を定義する必要がある。最終的なフェーズである「トランスナショナル」に達している企業は少なく、しかもグローバル人材の絶対数は不足している。

グローバル人材が社内で払底した理由の一つに、バブル経済崩壊後の人事施策がある。コストのかかる日本からの駐在員派遣をやめて、コストを抑えられる現地化で対応してきた。そのことで海外経験者が圧倒的に減っており、いざ必要となった時に人材がいないという現象が起きているわけだ。また、1980年代には社員をMBA留学させて育成する企業がたくさんあったが、卒業後に転職されてしまうという理由で、社費留学を減らした企業も少なくない。

組織が巨大であればあるほど、既成の人事方針に風穴を開けることは難しく、変更しにくい。制度疲労を起こした企業が、グローバルに吹き曝されたまま立ち尽くしているように感じる。

――グローバルリテラシーを考えた場合、海外留学生は貴重な人材ですが、海外へ留学する学生は減っていると言われています。

第24回 ボストンキャリアフォーラムを1987年にスタートしたディスコ。「グローバル人材採用」の現状と課題を代表取締役社長・夏井丈俊氏に聞く
例えば、アメリカへの留学生は半減どころではない。10年前には4.5万人の留学生がいたが、いまは2万1000人だ。皮肉なことに、たくさん日本人留学生がいた頃には企業はそれほど興味を持っていなかった。ところが一気に少なくなったこの数年は、多くの企業が留学生の採用に関心を持つようになった。

日本人留学生が減った原因として「若者の内向き志向」を挙げる人がいるが、わたしはその要因以上に、親の経済的余裕のなさが一番の原因だと思う。景気が悪いから親の収入が増えず、子どもを留学させられないのだ。アメリカの大学の授業料は毎年上昇しており、学費と滞在費を合わせれば年間500~600万円もする。卒業までの4年間の留学コストは2000万円から2500万円くらいかかってしまう。いまの日本では、これだけの負担ができる家庭は少ない。
アメリカでは金融機関による学生への貸し出し制度があり、奨学金制度も整っているが、そのアメリカでさえ高過ぎる返済額が社会問題と化している。

――「グローバル人材」が求められているのに、肝心の日本人留学生が減っているとは由々しい問題です。

ディスコでは、学生の「育成」が急務と考え、今年8月から「ディスコ キャリアアカデミー」をスタートさせた。前述した「ビジネスリテラシー」と「グローバルリテラシー」を育むためのキャリア支援サービスだ。学生と社会の接点をどう持たせ、「自分価値」をどう高めていくかが大きなテーマである。
その一環として、学生を海外へ送り出す「ディスコグローバルスタディ」を11月に始める。「グローバルスタディ」は、1年生の夏休みから海外でのインターンシップや短期留学をサポートする。これまでの留学先は、アメリカ、イギリス、オーストラリアが中心になっていたが、「グローバルスタディ」ではアジアの新興国を舞台にする。

グローバル人材にとって異文化適応力は必須であり、この能力は海外に住む体験によって育まれる。しかし、企業に入ってからこの能力を身につけるには時間がかかる。大学1年生くらいの若い人間は柔軟であり、海外体験によって刺激を受け、多くの気付きを得るだろう。ただ、企業が単独で出来ることは限られている。日本社会全体で、若者が海外体験をより多くできる環境を整備していくことが必要だ。
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