ノーマライゼーション(normalization)という言葉がある。障害者は社会の一員であり、障害のない人と障害者は区別されることなく社会生活を共にするのが望ましい姿であるという考え方である。日本では「障害者雇用促進法」として法制化されている。障害者雇用率は、民間企業では常用労働者総数の1.8%以上が義務づけられ、来年4月以降は2%に引き上げられる。
ノーマライゼーションとダイバーシティの価値観は相似しており、企業理念として掲げる企業は多い。
しかし日本の障害者雇用は進んでいない。昨年11月に発表された「平成23年 障害者雇用状況の集計結果」によれば、民間企業の雇用総数は36万6199人 と過去最高を更新したが、実雇用率は1.65%にとどまり、法定雇用率達成企業の割合は 45.3%と半数以下だ。来年4月に障害者雇用率が1.8%から2.0%に引き上げられると、現在の達成企業もその一部が未達成になるため、単純計算で6ポイント程度低くなり、達成企業の割合は4割を切ることになる。

 未達成企業には、未達成の人数×5万円×12カ月の障害者雇用納付金が課せられるが、それでもなかなか進まないのが障害者雇用だ。

 ところが2008年から障害者雇用に積極的に取り組み、現在の障害者雇用率3.96%という
成果を上げている企業がある。日本でもっとも多くのシネマコンプレックスを経営するTOHOシネマズだ。その取り組みの経緯と現状を塩崎雅大・TOHOシネマズ人事労政部人材開発室マネジャーに聞いた。

――日本企業の多くが、法定の1.8%という障害者雇用率を確保すると、それ以上の障害者を雇用しようとしません。ところがTOHOシネマズは3.96%(2012年6月現在)という高い雇用率を達成しています。なぜ障害者雇用に取り組んだのか。経緯からお話しください。

障害者雇用の前にTOHOシネマズの歴史に触れる必要がある。TOHOシネマズは映画館を運営する興行会社で、ルーツは、2003年に東宝株式会社の100%子会社となったヴァージンシネマズジャパンである。東宝グループでは、以前より全国の各地域のグループ子会社が、それぞれで映画館を運営していたが、2008年にグループ企業の再編を実施し、全国の各地域の4つのグループ子会社とTOHOシネマズが組織統合して、全国の映画館を運営する現在のTOHOシネマズが誕生した。

 この組織統合によって、TOHOシネマズは全国に約60サイトのシネコンを有し、ア
ルバイトを含めた従業員数は約4500名となるなど、企業規模が一気に大きくなった。その結果、障害者雇用率が法定雇用率を大きく下回り、ハローワークから「3年以内の是正」という行政指導を受けることとなった。

 法定雇用率を達成するためには、特例子会社を設立して障害者を雇用する方法もあったが、様々な人事施策を実施していた組織統合直後のこの時期はきわめて多忙であり、現実的な解ではなかった。また、法定雇用率を満たす人数の障害者を、本社部門のみで採用するのは無理がある。そこで、全国各地の劇場でも採用の必要があると考えた。

 劇場でのアルバイト採用は、各劇場の副支配人が担当している。そこで、全国の副支配人を対象に、法定雇用率の1.8%を満せばいいというのではなく、障害者雇用を推進し続けることを目的とした研修を実施した。

 「どうして障害者雇用に取り組まなくてはいけないのか」「障害者雇用は何のために実施するのか」ということを繰り返し説明した。

 こうして、障害者雇用に対する考え方の方向性を合わせたことによって、ある劇場で障害者を採用し、ロールモデルができあがると、それが他の劇場にもスムーズに広まっていった。

――数だけでなく、障害種別も含め、TOHOシネマズにおける障害者雇用の現状について教えてください。

障害者雇用者数は、組織統合後の2008 年の12 月の時点では雇用者数8 名、雇用率は0.53%であったが、2012 年6 月現在は73 名を雇用しており、雇用率は3.96%となっている。障害種別の内訳は、身体34.2%、知的38.4%、精神27.4%と特定の種別に偏ることなく採用している。

 また、各地の特別支援学校や就労支援事業所からの要望があれば、職場体験実習を受け入れており、2011 年は11 名が実習し、その内4 名を2012 年4 月に採用した。

 雇用にあたっては、障害者を支援する環境も重要視している。私たちは福祉のプロではない。障害者の方を雇用するには、やはり支援する方々やご家族の援助なしでは雇用は難しいと考えている。劇場担当者は、障害者を取り巻く様々な方々と協力しながら雇用を創出することで地域社会に貢献していく、という考えのもと障害者雇用を推進している。

――障害者の方はどんな業務を担当していますか?

当社で障害者の方が担当している業務は、フロア案内、チケット販売、ストアでのグッズ販売、売店で飲食物販売、館内の清掃、事務など様々な業務があるが、どの業務においても必要なのは、コミュニケーション能力や会話能力となる。

 お客様との接客については、衣服の販売や飲食業では1分以上かかることが多いだろう。しかし、劇場での接客接遇に係る時間は比較的短時間であり、1分以上の時間がかかる接客接遇は多くない。TOHOシネマズで障害者雇用がスムーズに定着した理由の一つには、映画館での接客接遇という業種特性があるともいえる。

――選考や配置はどのように行っていますか?

まず書類選考を本社と勤務希望劇場で実施する。次に勤務希望劇場で書類選考通過者を面接し、採否を決める。業務内容の原則は接客。したがって採否は、将来的に接客が出来るかどうかを基準として決めている。

 障害者雇用というと、特別枠の採用のように思うかもしれないが、当社は法定雇用率の達成を目的としていないし、福祉事業とも位置づけておらず、採用ではパフォーマンスを求める。したがって採否の基準は他のアルバイト採用とあまり変わらない。

 ただ配属にあたっては、業務に合わせて人を配置するのではなく、人に合わせて業務を切り出すという工夫をしている。また障害者の中には通院が必要な人もおり、勤務時間にも配慮する。ただし原則は週20時間以上の勤務を求めている。

――6月12日に「第1回 日本HRチャレンジ大賞」奨励賞を受賞されました。「日本HRチャレンジ大賞」は、人材領域で優れた新しい取り組みを積極的に行っている企業を表彰する賞です。どのような感想をお持ちでしょうか?

「日本HRチャレンジ大賞」は、人材領域で経営層や人事部門などが積極的にチャレンジする企業を表彰することで、日本社会の活性化を促すことを目的とすると聞き、趣旨に賛同して応募した。

 2015年には、障害者雇用納付金制度の対象企業が拡大され、多くの企業が職業人としての障害者を求める傾向が強まるはずだ。一方で、働く能力を持つ障害者は300万人いると言われている。しかしその8割以上が就業機会に恵まれていない。そうした方々に、TOHOシネマズはアルバイトとして広く門戸を開き、接客業務を通じてコミュニケーション能力を磨き、職業人としての障害者を地域社会に輩出することを目指している。

 能力の向上という意味では、健常者と障害者の間に明確な壁があるわけではない。人は働くことで能力を向上させることができる。TOHOシネマズでは、まず1分間程度の接客から始めるが、段階を踏むことで、金銭を扱えることができるようになる障害者もおり、多くの障害者が職業能力を高めている。

 現在、多くの企業が障害者雇用に取り組んでいるが、「障害者雇用促進法」が目指しているノーマライゼーション社会を実現するためには、TOHOシネマズ1社ではできることに限りがある。多くの企業の人事担当者が、本気で障害者雇用に取り組まなければ、ノーマライゼーション社会の実現は難しい。一人でも多くの方にノーマライゼーション社会の実現という社会変革にチャレンジして欲しい、という提言をしたい。

 もちろん私たちもさらに障害者雇用に取り組んでいく。現在は約60サイトのシネコンすべてに各2名の障害者を雇用する目標を持っている。他社の先進事例もどんどん研究していきたい。
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