地域統括会社の設立がブームである。今始まった話ではないが、近年明らかに取り組みが加速されているように感じ取れる。グローバル経済の牽引役を担っている中国では、その広大な国土と市場の多様性から、1カ国でありながらも「リージョン」という括り方をし、地域統括会社を置く企業も少なくない。私の駐在するアセアンにおいても、2015年に地域経済統合(AEC)が予定されていることもあり、"ファイナンシャルハブ"としてのシンガポールはもとより、"プロダクションハブ"としてのタイもすでに脚光を浴びている。2億人を超える人口を抱えるインドネシアでは、将来の市場成長への期待から、"セールスハブ"としての地域統括会社という構想まで聞こえてくる。統括組織のモデル・設立条件が多様化する中で、自社の事業モデルを踏まえた独自の地域管理のあり方が問われていると言えよう。
ところが、現地で地域統括会社の設立・運営にあたる経営者と、本社で海外事業管理に携わる幹部社員の双方から聞こえてくる声は、現実の統括組織運営が実際にはそれほど簡単ではないことを示している。

 ある機械メーカーの話である。以前よりアセアン各国において製造・販売拠点を持ち、各国のマーケットの成長に併せ順調に成長してきた。一方、競合他社との競争は近年さらに激化し、コスト削減の手を緩める余地はない。日本で行っていた製品開発および部品調達を現地化し、コスト競争力を高めていくため、数年前に地域統括会社が設立され、域内各社間のハブとなって、域内最適を実現しようとしているところである。

 ところが、現地からは、強い不満の声が挙がっている。

 「大抵、本社は自分たちで地域戦略を示そうとはしない。まず『何が出来るか?』と聞いてくるから、現地の状況を踏まえ、こちらから現実的な計画を提案すると、それでは目標に届かないという。かと言って、ストレッチした目標を立てると、それで本当に品質が保てるのか?と聞いてくる。そんな”後出しジャンケン”のようなやり取りがいつまでも続いている。人材・予算を大して融通してくれるわけでもなく、これではいつまで経っても戦略的なことなど出来はしない。」と、半ば白け気味なのである。

 一方、本社の声に耳を傾けると違った心象が見えてくる。

 「現地に『何が必要か?』と尋ねても、『足りないものは全て欲しい』というリクエストばかりで、現実的な回答が返ってこない。本社側のリソースも限られている中、優先順位もなく要求されても応えきれない。結果的に、本社側から見て重要度・投資対効果の高いものにフォーカスせざるを得ない。」こちらも、もっともな意見であろう。

 この問題は、端的に言ってしまえば、リーダーシップの不在とガバナンスの弱さの問題である。どちらがリードを取るべきかについては、それぞれの企業の事業・組織特性による部分も大きいが、本社・現地のどちらも将来像を描ききれていないという点では、やはりリーダーシップの不足感は拭えない。また、当事者に直接ニーズをヒアリングしなければ現状が捉えられない一方向的な情報交換を行っている段階では、組織に対する適切なけん制を効かせることは出来ないであろう。組織管理におけるガバナンスの仕組みが十分整っていない状態だと言える。

 この点については、欧米企業の地域管理に一日の長がある。まずリーダーの役割は明確だ。地域統括会社のトップであれば、自らがビジョン・地域戦略を持たなければならない。3年後・5年後・10年後、市場にどんな変化が起こり、それによって自社のビジネスがどう変容していくのかを端的に伝えられるようでなければ、地域のトップは務まらない。本社の全体戦略に整合させる努力は行うものの、その描出を待ったりはしないのである。

 だからこそと言うべきか、本社からのガバナンスポリシーも明確である。基本的に本社の役割は全体としての方向付けと各地域戦略に対するサポートである。程度の違いこそあれ、基本的には、「大きなリスクが生じなければ、好きにやってよい。」というスタンスであり、フォーカスすべき重要な活動およびKPI(主要業績指標)だけをモニタリングしている。

 ただ、優れているのは情報インフラと説明を求めるコミュニケーションプロセスである。本社は本社で、現地からの報告のみに頼るだけでなく、ERPなどの別の情報源などから独自に状況の裏づけを取っている。またリスク負担や一定の投資が必要になる場合は、その判断が合理的であるかどうか、かならず明確な説明を求めるのだ。普段のオペレーションは任せておきつつも、重要な判断に合理性が見られなければ、そこには強く介入する。このバランスの取り方については、日系企業が見習うべき点は多い。

 しかしながら、地域統括組織設立の話はこの点だけに留まらない。日系企業が欧米企業の成功モデルを真似しようとしても、実は上手く行かないケースが多い。それには二つの視点が欠けているからである。

 一つ目は、「地域統括組織の発展ステージ」という視点である。弊社も、地域統括組織設立を検討している企業から組織・人事管理の仕組みづくりを依頼されるケースがあるが、ふたを開けてみると、設立当初の社員は十数名、機能は各国現地法人のサポートから始めるというケースも少なくない。その段階で、地域統括としてのアドバイザリー機能やガバナンスプロセスの構築を設計したところで、やはり無理があるだろう。そもそも組織は生き物である。
タイミングの合わない取り組みや、それによって作られた仕組みは、後にしこりとなって組織に副作用をもたらす。役割がないにも関わらず、リージョンスタッフとしてローカル人材に最初から高給を与えるなどといったケースがまさにそのパターンだと言えよう。

 もう一つのより深刻な問題は、「対立均衡」という視点の欠如である。人はとかく、「スムーズに物事が進んでいる状態=良い状態」として捉えがちである。ところが、実際の組織運営では、そうした一方向的な動きは、”行き過ぎた状態”をもたらしかねない。地域の要請に応じて、本社が際限なく経営資源を振り分けていたらどうなるであろうか?地域毎に最適された組織運営の仕組みが出来上がり、グローバル戦略としての一体的運用は益々難しくなるであろう。現地に強いリーダーシップを求めつつも、そこに水をかけるかのごとく、ガバナンスを効かせているからこそ、最終的にはリスクがヘッジできているのである。つまり「スムーズに物事が進まない状態=組織運営としてのあるべき姿」であることを本社・現地双方が十分に認識していなければならないのである。

 本来地域統括会社は、各国の複雑な利害対立の間で、難しい対応を迫られるものである。小さな組織から始まりつつも、やがて機能拡大していくにつれ、現地法人から多くの”権限剥奪”を行うことになり、対立も深まっていくことであろう。そんな中で、統括会社としての確固たる役割と存在感を確立するためには、「現時点で域内のどの活動をどこまで対立的に均衡させられるか?」「将来に向けて、どう変化させていくべきか?」という問いに対し、関係者間で常に解を共有しておかなければならない。

 利害関係者が多く、統括会社設立の経験がない企業であれば、その目線あわせすら大変な作業ではあるが、これは避けて通れないものである。むしろ、そのプロセスをスピーディーに実践し、発展させられる企業こそが、地域統括会社設立ブームの勝ち組だと言える。

 こうした動きはまだまだ始まったばかりである。どの企業にも成功の可能性は残されている。まずは「対立を良し」とする企業風土の形成から初め、皆で地域統括組織の将来像を語り始めることから取り組まれてはいかがだろうか?
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