企業で働く以上は「年次評価」を受けるのは当然であると考えている人も多いだろう。だが、アメリカのHRセッションでは、すでに5年以上も前から「ノーレイティング」という考え方が話題となっており、複数のグローバル企業が「ノーレイティング」をベースとした新たなパフォーマンスマネジメントを導入している。国内外の「人事評価制度」は、これまでどのような変遷をたどり、今後どういった方向に変わっていくのか。『人事評価はもういらない』の著者でエム・アイ・アソシエイツ株式会社代表取締役社長の松丘啓司氏にお話を伺った。
年次評価を廃止しノーレイティングへ。アメリカの“人事戦略”最新事情
年次評価を廃止しノーレイティングへ。アメリカの“人事戦略”最新事情
エム・アイ・アソシエイツ株式会社 松丘啓司

1986年 東京大学法学部卒業。アクセンチュア入社。2005年 エム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立し、代表取締役に就任。以後、パフォーマンスマネジメント、ダイバーシティ&インクルージョン、営業意思決定といった領域で、企業向けの人材開発・組織変革プログラムの開発と提供を続けている。
著書に『1on1マネジメント』『人事評価はもういらない』(共にファーストプレス)などがある。

“不確実性の時代”をむかえたアメリカと年次評価の限界

――近年アメリカでは年次評価を廃止する企業が増えているそうですね。

松丘:もともとアメリカ企業はトップダウンのカルチャーが強く、会社が期待する成果を上げた個人を評価する年次評価の考え方がフィットしていたという背景があるのですが、2012年頃から名だたる企業が年次評価の廃止に踏み切り、そういった動きは近年ますます拡大しています。

――なぜアメリカは年次評価廃止の方向に向かったのでしょうか?

松丘:やはり今から5、6年前から、ビジネス自体が大きく変わってきたということがあると思います。よく「VUCA(ブーカ)」(4つの単語Volatility〈変動性〉・Uncertainty〈不確実性〉・Complexity〈複雑性〉・Ambiguity〈曖昧性〉の頭文字を取って作られた言葉)と呼ばれるように、「不確実性の時代」みたいなものがメインテーマになってきた。

つまり、ビジネスの変化と共に、より機敏な業務運営や多くのコラボレーションが求められるようになり、多様な専門性と価値観を持った人材を活かせる組織作りの必要性が明らかになってきたのです。従来型の年次評価を採用し続けると、そのような変革の動きを阻害されるから、アメリカ企業は年次評価を廃止する方向に切り替えたと言えるでしょう。

――なるほど。

松丘:それから、基本的にはVUCAと一体なのですがビジネスにおける「デジタル化」ですね。AIなども含めて、テクノロジーがビジネスを大きく変えるようになってきたことも要因となっています。その一つの表れともいえるのが、現在の時価総額ランキングの上位を占めているのが、「GAFA(ガーファ)と呼ばれるGoogle、Apple、Facebook、Amazonの4社に代表されるIT系の企業ばかりであるということ。

4社は、多様な人材がさまざまなコミュニケーションを通じてイノベーションを起こせる組織であるという点で共通しています。つまり、短期業績をトップダウンで絞り出していくよりも、イノベーションを起こしていける、成長の可能性のある企業のほうが市場から評価される時代になってきたということです。

ビジネスがデジタル化。年単位での評価では追いつかない

――なるほど。ビジネスの変化に伴い、組織も変えていかねばならなかったのですね。

松丘:実際問題、ビジネスのやり方を変えていかなければならないことを、多くの企業が気づいています。GEなどはその典型だと思いますけれども、GEはIndustrial Internetという戦略を打ち出しています。要するに、単なるモノづくりだけではなく、それこそビッグデータ分析なども絡めたサービスにしていかないと、これからは生き残れないというわけです。

2010年頃までは、上から目標を落として徹底的に利益を絞り出すような「管理型」のマネジメントが評価されてきましたが、2010年以降はそのやり方では通用しなくなってきています。現実問題として、会社全体がデジタル化に適応したビジネスに変わっていこうとしたときに、もはや「年単位」での管理が合わなくなってくるわけです。

もっとリアルタイムでトライ&エラーを繰り返すような、仕事自体がアジャイルなものへと変わっていくので、年度単位で目標を立てて、その結果で評価するといっても、時間軸が合わない。つまり、仕事のサイクルと目標管理のサイクルが合わなくなってきて、あまり意味をもたくなくなってきている、というのも理由の一つだと思います。

――確かに、刻一刻と状況が変化する中では、年単位の目標では追いつかない部分がある気がします。

松丘:そういった状況になったときに、今まで必要としてきた人材と異なる人材、つまり「デジタルに強い人材」が求められるわけです。その結果、慢性的な人手不足に陥る。本当に必要な人材は、取り合いになるからです。それにもかかわらず、これまで通り会社の基準でレイティングして、たとえば「あなたはBです」と言ってしまうと、「じゃあ、ここは辞めて違う会社に転職しよう」となってしまうわけです。

今までは「ABC」と会社独自の基準があればよかったのですが、これを希少な人材に当てはめようとすると、あまりうまくいかなくなってしまった。つまりは、社員一人ひとりが能力を発揮できるような評価が必要になってきた、ということです。

――年次評価の廃止はA、B、Cといったランク付けを行わない「ノーレイティング」へシフトするとともに、年度単位での社員の評価も止めることになるわけですね。

松丘:そうですね。従来の目標管理や評価のプロセスのことは、アメリカでは「パフォーマンスマネジメント」と呼んでいるのですが、それに代わる「新たなパフォーマンスマネジメント」が求められるようになった、と言えます。

企業の成長に必要なのは評価よりも“内的な動機づけ”

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