企業の成長に必要なのは評価よりも“内的な動機づけ”

年次評価を廃止しノーレイティングへ。アメリカの“人事戦略”最新事情
――最初にアメリカ発の「ノーレイティング」をベースとしたパフォーマンスマネジメントの設計思想を知ったとき、どのようにお感じになられましたか?

松丘:私どもの会社は2005年に設立したのですが、「従来の日本企業の目標管理評価のやり方では、社員の潜在能力を十分に生かしきれないのではないか」という問題意識が、立ち上げ当初からずっとありました。これからは社員一人ひとりの内的なポテンシャルを生かすマネジメントに変えていかない限り、成長し続けるのは難しいだろう、ということをメインテーマに据えて、10年以上取り組んでいます。

とはいえ、現状の人事評価システムはガチガチに固まってしまっていて、「必要性は理解できるが、すぐには新システムに置き換えられない」というのが大半の日本企業の10年前の状況であり、それは現在でもあまり変わっていません。

――なるほど。

松丘:そういった中で、アメリカの大手企業が成果主義の評価から「ノーレイティング」という考え方に大きく舵を切ったことを知りました。まさに我々が10年かけて積み重ねてきたことが「ようやく表に出てきた」といったような感覚でした。それと同時に「アメリカ人は変革のスピードが速い」とも感じましたね。

そもそもノーレイティングというのは、レイティングをやめることが目的ではなくて、それによって個人やチームのパフォーマンスを高めることが目的なのです。「内発的な動機づけが大切である」といった考えに基づいて私どもも取り組んではきたのですが、さすがに「レイティングを辞める」という発想までは思い至らず、「確かに。その手があったか!」と感じましたね。

――その素直な驚きを込めて『人事評価はもういらない』というセンセーショナルなタイトルの著書を手掛けられたのですね。

松丘:はい。正確に言うと「人事評価」ではなく「年次評価」なんですけれど、本のタイトルとしては人事評価の方がわかりやすいだろうということで。

アメリカにおける評価制度の変遷とノーレイティングの必然性

――アメリカのHRセッションでは、すでに5年以上前からノーレイティングが話題となっていました。ノーレイティングの考え方が生まれる以前のアメリカにおける主な評価制度の変遷を教えてください。


松丘:私自身、あまり昔のことまではわからないのですが、「年次評価」自体は1970年代くらいにはすでにあったのだと思います。私が1980年代半ばに外資系の会社に入った時は、「年次評価」もレイティングもありましたから。

もともとはアメリカにはマイノリティーに対する問題意識があり、「基準を明確にして公平に評価しなければならない」という考え方が強く求められた、といった経緯が背景にあります。その後1990年代初頭から2000年代にかけて、アメリカの企業においては「短期業績志向」がものすごく強くなりました。株主至上主義とでもいいますか。要するに、経営者が短期的に業績を上げることで評価される。そうすることで株価も上がり、ストックオプションもたくさんもらえるというようなシステムです。それに伴い「ウォーターフォール型」と呼ばれる「成果主義人事」が行われるようになりました。

――年次評価の意味も変わってきているのでしょうか?

松丘:私が入社した当時は「年次評価は人材育成のため」といった色彩も強かったのだと思います。「仕事ができる人はもっと早く伸ばして、できない人は課題を改善していく」というような。それに引き換え1990年代以降は、どちらかというと業績管理のウエイトが高くなったような気がします。

さらに1990年代後半くらいからは、いわゆる「タレントマネジメント」という、「次世代のリーダーを選抜してエリート教育していく」ために「あらかじめ優秀な人材を識別して評価する」。そういった目的も強くなったと思いますね。

――そうした背景のもと、ノーレイティングをベースとした新たなパフォーマンスマネジメントが取り入れられていったのですね。

松丘:このシステムを取り入れるのが早かったのは、マイクロソフトとかGAP、アドビシステムズ辺りですね。GAPは小売業ですが、西海岸にある企業だったことが影響しているのではないでしょうか。サンフランシスコのスタンフォード大学を中心に、以前からノーレイティングの研究は進められていて、勉強会も盛んに行われていました。

――人事業務のAI化と同じところからノーレイティングという文化が生まれたというのは、とても興味深いですね。

松丘:GAPの場合は特に、脳科学の研究成果を導入しているということもあります。レイティングというのは、よく言われるように「心理的安全性」を阻害して、自分は努力すれば成功できる、という「グロースマインドセット」の考え方を棄損することが分かったのです。つまりやる気を喪失させてしまうのです。

実は人のパフォーマンスというのは、正規分布しないということがデータ分析によってわかっています。世の中のパフォーマンスは2-6-2の法則のようには分かれない。それによってさまざまな弊害が起きてしまうのです。

「レイティングを廃止しよう」といった議論自体は、おそらく2000年代以降からあったようですが、データ検証によって裏付けられてきたのは、2010年以降です。実体験から、「なんとなくこっちの方がいいであろう」と思われていたことと、データからの裏付けが合致してきたというわけです。

まとめ

デジタル化と共にビジネスモデルが変わり、「ヒト中心経営」へとシフトチェンジしていくなかで、アメリカにおける人事評価制度が、ノーレイティングへと大きく舵を切った理由がお分かりいただけたのではないだろうか。今後はアメリカのみならず、世界各国で新たなパフォーマンスマネジメントのニーズがさらに高まりそうだ。
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