第31回:頼みづらい時代の“もっと気楽に頼んでOK”な心理学。頼まれた部下の心理を紐解き、「頼み上手」な上司に

昨今はパワハラへの過剰反応やリモートワークへの移行などといった事情から、幹部・上司の皆さんにおいては、社長や上役に対してのみならず、部下に対しても「何かを頼む」ことへの気兼ねや躊躇が生まれる場面が多いと思います。一方、できる社長やリーダーは頼み上手で、気軽にサクサク頼みごとをしているように見えることもあるでしょう。そうした“できる”人たちは、いったい何が違うのでしょうか。今回は、人に何かを頼む際に感じる「気まずさ」や「気持ちの重たさ」を取り除く方法を考えてみましょう。

「億劫な気持ち」は“実際の脳の痛み”になる?

私たちは誰かに頼みごとをすることについて、なぜ苦痛を感じるのでしょうか。これについて、頼みごとに際して生じる精神的なストレスに対し、脳が実際に痛みを感じるからだという研究結果があるのをご存知でしょうか。

比較的新しい科学分野である心理神経学・社会神経学において、脳が筋肉のけいれんや身体的な痛みを処理するのと同じような方法で、他者との関わりから生じる不快感を処理していることが明らかになっているそうなのです。

脳科学研究者で、神経科学者とビジネスリーダーを一堂に集めた世界的イニシアチブ「ニューロリーダーシップ・サミット」の創設者であるデイビッド・ロックは、私たちの脳が物理的な痛みを感じるときと同じように反応し、記憶力や集中力の低下をもたらす「社会的脅威の5つのタイプ」があることを発表しています。各タイプについて、以下で詳しく見ていきましょう。

1.「ステータスへの脅威」から生じる痛み
他者と比較した自らの価値や重要性の認識が脅かされる、貶められることで感じる痛みです。人は他者に何かを頼むときに、無意識に「自分のステータスが下がるのではないか」と感じがちです。

2.「確実性への脅威」から生じる痛み
先が見通しにくい、あるいは「何か不測の事態が起きるのではないか」という不安から感じる痛みです。人間には「未来を予測したい」という生まれ持った欲求があります。他者に何かを頼む際、それを受けてくれるかどうか分からないと思うことは多いでしょう。

3.「自律性への脅威」から生じる痛み
人には「自分で物事を選択し、行動している」という感覚がありますが、これが侵されることで感じる痛みです。頼みごとをした際に、相手の反応を受け入れざるを得ないということが、その人の自律性を脅かします。

4.「関係性への脅威」から生じる痛み
ここでいう関係性とは、“集団への帰属意識”や“他者とのつながり”のことを指し、これらが脅かされることで感じる痛みです。もし依頼に対して「NO」と言われると、そのことで依頼した側は疎外感を感じがちです。

5.「公平性への脅威」から生じる痛み
人は“公平に扱われること”に対して非常に敏感で、これが損なわれることで感じる痛みです。自身の依頼に「NO」と言われたときに、相手との関係に公平性を感じることはなかなかできません。


いかがでしょうか? 私たちが他者に何かを頼もうとするとき、これだけの脅威を感じ、痛みを感じるのです。これでは、「そんな痛い思いをするくらいなら、依頼をするのはやめておこう…」と常に思ってしまっても仕方がないかもしれませんね。

低く見積もりすぎ? 「頼みごと」を受けてくれる確率は案外高い

これだけの苦痛を感じざるを得ないのであれば、私たちはむやみに何かを依頼・相談すべきではないのでしょうか?

上記の「社会的脅威の5つのタイプ」でも触れた通り、誰かに何かを頼む際に感じる“苦痛”の大きさは、「その要求がどれくらいの割合で拒絶されるか」という予測によってかなり変化します。しかし、私たちはこの予測がとてつもなく下手なのです。

コーネル大学の組織行動学教授であるバネッサ・ボーンズは、「なぜ人は誰かに直接的に頼み事をするときに、相手がそれを受け入れてくれる確率を実際よりも大幅に低く見積もるのか」について研究しました。以下で、その実験例をいくつかご紹介しましょう。

●コロンビア大学の学部生が、キャンパス内の見知らぬ人に10分ほどかかるアンケート調査を依頼する実験。事前に被験者に「5人に記入してもらうまでに何人に声をかける必要があると思うか」を尋ねたところ、回答の平均は20人だったが、実際には平均10人で済んだ。

●被験者がキャンパス内で見知らぬ学生に対し、iPad上に表示される雑学クイズへの回答を依頼し、一定時間内で何問回答してもらえるかを調べる実験。事前の予想では平均25問だったが、実際は平均49問と、クイズ正解数・回答時間のいずれも少なく見積もっていた。

●募金ボランティアたちに、「所定の募金目標額を達成するために何人に連絡を取る必要があるか」と「一人あたりの平均寄付額」を尋ねる実験。予想人数は平均210人、予想寄付額は平均48.33ドルだったが、実際には平均122人で目標達成でき、平均寄付額は63.8ドルだった。


ボーンズは延べ1万4000人以上の被験者が「見知らぬ人」に様々な種類の頼みごとをした結果を分析し、被験者が成功率を平均48パーセントも低く見積もっていたことを明らかにしました。つまり、「私たちが思っているよりも約2倍、人は頼みごとを受けてくれる」ということなのです。

「頼まれた側」の心理を紐解き、アプローチする

頼まれた側に立ってみてはじめて、気がつくこともあります。私たちは誰かに何かを頼まれると、その人がよほど嫌いな人でなければ、「期待に応えよう」、「イエスと言わなければ」というプレッシャーを感じます。特に面と向かって頼まれると、安易には断れないですよね。

ところで、『影響力の武器』で有名なロバート・チャルディーニが実験で明らかにした説得テクニックに「ドア・イン・ザ・フェース」と「フット・イン・ザ・ドア」があります。これらも、“頼まれた側が断りにくくなる心理”を説明しています。

「ドア・イン・ザ・フェース」は、大きな頼みごとを断られた(玄関のドアをピシャッと閉められてしまうような)後に、それよりも小さな頼みごとをすると相手が受け入れてしまう、という心理です(例えば「海外旅行はNGだが、週末の小旅行はOKになる」など)。これが説明していることは、人は一度断ったからといって二度目も断るわけではなく、逆に一度目に断った申し訳ない心理が働き、より小さく控えめな要求には応えてしまうということなのです。

また、一方の「フット・イン・ザ・ドア」は逆で、一度何かに応えたことがあると、その一貫性を保とうという心理から二度目、三度目も依頼を受けてしまう心理を使ったテクニックです。SaaS型サービスなどで、「まずは無料、そこからライトプランのユーザーへ、さらに上位プランへ」とアップセルをかけていく手法が効果的なのは、この心理を使ったセールステクニック・ビジネスモデルなのです。

さて、少しうがった見方にも見える頼まれた側の心理を紹介しましたが、人は純粋に、「頼まれたことに応えて、相手に喜ばれる」ことで自身も大きな喜びを感じます。また、自分が助けた人を好きになる(これも「一貫性を保とう」という心理が働く結果でもありますが)ともいえるでしょう。

このように、私たちは何かを実際に頼んでみると、相手は事前に思っていた以上に受け入れてくれるし、快く助けてくれるものなのです。


「人は頼み事に応じることで、依頼者に好意を持つようになる」。経営者、経営幹部として上に立つ皆さんとしては、この心理を使わない手はないですよね。この相手心理を知ったからには、頼み上手を目指し、相手からの「助け」と「好意」の一石二鳥を得る“上手くてズルい”経営者・経営幹部になりましょう。