第7回:タレントマネジメントの一環として経営幹部候補に行いたい3つの「座学」とは

前回、タレントマネジメントシステム作りの課題についてご紹介しました。その必要性の高まりと共に、大手企業を中心に導入されている「タレントマネジメントシステム」。このシステムの運用が、なぜか上手くいかない場合が多い現状を取り上げ、その根本的な原因として、「無理なことを定義しようとし過ぎている」、「選抜プロセスや育成カリキュラムを精緻に組みすぎている」という2点について、対策を明らかにしました。
経営幹部の選抜・育成において、固定的なキャリアパスや精緻な座学プログラムを組んでしまい、まるで人生ゲームのように盤面通りに進めようとすることに無理がある。前回はこのことを確認したわけですが、そうした話をすると、「やはり現場経験に尽きる」、「座学など無駄」といった考えに至ってしまいます。
しかし、タレントマネジメントの一環として「座学」は必要であると考えます。実際に、経営幹部候補向けに行いたい座学研修(オフサイト研修)が幾つかあります。“座学をしっかり行なっているか否か”は、いざ幹部候補者が経営執行にあたるようになった際に、「経営人材としての確固たる地力」や、「タフな局面を切り抜けていける底力」があるかどうかといった点で、大きな差となって現れます。
今回は、経営幹部候補向けに行いたい座学を3つご紹介します。

経営幹部候補に行いたい座学①:経営の「原理・原則」について

経営幹部候補に対して行いたい座学の1つ目は、「原理・原則」について学ぶことです。

経営には、時代を超えた普遍的な原理・原則があります。「経営すること」は、人が織りなす技であるため、つまりは「人と人との間に起きること」だと言えます。人が集まった“組織”で起こることは、時代や場所を問わず、概ね変わらないということなのです。

最近は「行動経済学」に注目が集まっていますが、これは“現実の人”が、「どのようなときに、どんな行動や反応をするのか」を知った上で、マーケティングやセールス、事業運営を行いたいという、経営者やリーダーたちの気持ちの現れだと思います。心理学や哲学などへの興味・関心が高まっているのも、同様の流れではないでしょうか。

経営幹部候補者として、普遍的な原理・原則を知るために押さえておきたい書籍や著者を筆者の視点で挙げますと、『7つの習慣』、ドラッカーの著書、松下幸之助の著書、稲盛和夫の著書です。皆さんも、「大きな石を入れる」、「WIN-WIN」、「事業の目的は顧客を創造すること」、「松下電器は人を作るところ。合わせて商品も作っている」、「チャレンジしているうちは失敗はない。あきらめた時が失敗である」など、彼らの名言の中で聞いたことのあるものが多くあると思います。その著書にはこうした名言だけでなく、「いかに経営すべきか」、「いかに人を扱い、組織を率いるべきか」などの教えが、事例や実体験も交えて紹介されています。これらを読んでいるか、読んでいないかの違いは、経営幹部候補者の素養の差として大きいです。

上記のような書籍は、経営幹部候補者には絶対に読ませておきたいところです。また、関連する研修や講座を提供するプログラムもありますので、その中から良質なものを座学として取り入れるのも良いでしょう。

こうした書籍や研修から学べる“経営幹部としての人格・人間性”の重要度が、企業活動における「SDGs」や「パーパス」の重要性の高まりと共に、更に増しているのは明らかです。

経営幹部候補に行いたい座学②:論理思考&スピーチトレーニング

経営幹部候補に行いたい「座学」の2つ目は、「論理思考とスピーチトレーニング」について学ぶことです。

一昔前に比べると良くなってきたと感じますが、それでも日本の経営者やリーダーは、グローバルの経営者・リーダーに比べて“話下手”なところがあります。「話が長い」、「表現がまどろっこしい」、「話の主旨が分かりにくい」、「表情に乏しい」、「ボソボソ話す」……といった特徴があるのです。

例えば、欧米の経営者は皆、颯爽と壇上に立ち、ユーモアを交えてカッコ良く、刺さるメッセージを話します。筆者は昔から、「日本人の経営者も、あんな風に話せるようになると良いのになぁ」と思っていました。

筆者は以前、そのような話を、当時日本コカコーラの代表であった魚谷雅彦氏(現・資生堂
代表取締役執行役員社長)とさせていただく機会がありました。その際に魚谷氏から伺った次のような話に、非常に驚いたことを鮮明に記憶しています。

魚谷氏いわく、「アメリカ人の社長だって、最初はみんな話下手だよ。ただ、彼らはエグゼクティブポジションが見えてくると、カーネギーなどに通って一所懸命にスピーチトレーニングを受けている。ちゃんとトレーニングしているから話せるんだよ」とのことでした。

その後も、外資系企業のトップの方などにお話を伺うと、確かにご自身、あるいは会社からアサインされて、何らかの形で「話し方」や「プレゼンテーション」のトレーニングをしっかり受けていることがわかりました。つまり、日本の経営幹部候補者が“話下手”、“スピーチ下手”なのは、そういったトレーニングをしていないからなのです。

話し方やプレゼンテーション力については、「論理思考力」と「プレゼンテーションスキル」の合わせ技が欠かせません。この2つの要素において、日本人リーダーはまだまだ伸び代が大きいため、企業としても投資のしがいがあるテーマです。
当社でも折々、オープンセミナーで関連テーマをお届けしています。また、トップやエグゼクティブの方々向けに、パートナーの専門スピーチコンサルタントによる個別コンサルティング・トレーニングをご提供しています。ご自身のスピーチ力やプレゼン力を向上させたい経営者・幹部の皆さんは、ぜひお問い合わせください。

経営幹部候補に行いたい座学③:経営幹部がハンズオンで主導すべき分野について

経営幹部候補に行いたい「座学」の3つ目は、「経営幹部としてハンズオンで戦略を描ける科目」について学ぶことです。

これについては、多くのタレントマネジメントプログラムにおいて座学で「MBA系科目」が取り入れられているため、多くは語りません。私がエグゼクティブサーチ(経営幹部採用)で見ていて感じた、「経営人材がハンズオンで主導するべき分野」として、「マーケティング」、「ファイナンス」、「経営戦略・事業戦略」があります。「トップは優秀な参謀にそれぞれの機能を託せば良い」という意見もあるものの、現在は“経営者・経営幹部自身のセンス”が強く問われるようにもなってきています。上記の3つの分野のうち、最低でも2つにおいて「自社で最も強い」人であることが、経営トップ・経営陣の必須要素であると考えます。

加えて、備えているとさらに好ましい要素として、「広報力」と「採用力」が挙げられます。広報・採用に強い経営トップ・経営幹部は会社を伸ばします。

この2つは、リクルート創業者・江副浩正さんが、最後までご自身の専管事項としたものでもあります。リクルートは他社と比較しても、広報と採用を非常に重視しており、実際にトップが直接コミットして率い、関連組織にも大きく投資した経緯があります。それが、「戦後最大の成長率を遂げた」と言われるリクルートの基盤を作りました。

「自社の活動を発信し世に知らしめる力」と「優秀な人材を集める力」。この2つが強い経営者が率いる企業は、人材レベル・組織活力が高く、自社の活動に共感を集め、結果として成長し続ける企業となるでしょう。しかし現状、広報と採用において高い専門性を持つ経営者・経営幹部は少ないと思います。他社と差別化できるポイントともなり得るため、ぜひこの2つについての理論を、自社の経営陣にインストールしてみてください。
タレントマネジメントの意味・役割・機能という観点で見たときに、「経営者・経営幹部は、何に強くあるべきか」が分かっている企業とそうでない企業とでは、「企業力」や「変化対応力」、「成長力」の面で、経年で乗数的に差がついていくでしょう。そのことをよく理解した上で、「明日の我が社を率いる経営幹部候補者を育成・輩出すること」に強く使命を感じるタレントマネジメントチームを組成することこそ、会社を非連続的ジャンプに導く最重要戦略基盤となるでしょう。