タレントマネジメントの実現 後編

前回の「タレントマネジメントの実現 前編」では、タレントマネジメント製品を見る前に、まず、タレントマネジメントを通して何をするかを明確にしておくこと、そして、必要な事前準備をしておくことを説明しました。

 前回の「タレントマネジメントの実現 前編」では、タレントマネジメント製品を見る前に、まず、タレントマネジメントを通して何をするかを明確にしておくこと、そして、必要な事前準備をしておくことを説明しました。特に、製品選定とベンダー選定は非常に重要な要素が数多く含まれており、手順も含めて説明をしました。この手順は実践的で経験に基づいています。そのため、この手順で進めることによりタレントマネジメントの導入を成功させることが可能となります。

 今回のテーマは、タレントマネジメントの実現の後編で最終回になります。製品の構築方法について解説をしていきます。
 タレントマネジメントのシステムを使うユーザーには、3種類あることは理解していることと思います。これを製品で具現化しなければなりません。
 まず、(1)経営の視点、次に(2)現場マネージャの視点、最後に、(3)個人の視点となります。

(1)経営の視点
 経営戦略、中長期的な成長戦略を実現するための経営資源である「ひと」に関する意思決定の精度を向上させるために、“全社人材ポートフォリオ”、“組織統合判断判定ビュー”、“新規事業能力ポテンシャル判断ビュー”、“適材適所の配置計画ビュー”などの定性・定量情報が必要となります。ビューとは、ITのデータベースに蓄積されている情報を検索し加工させて見せる仕組みを言います。

(2)現場マネージャの視点
 組織計画に基づいて、従業員の特性や強みを活かした仕事の割り当て、育成、人事評価などにおいて、これまでの経験や勘に頼らないマネジメントを実現させます。そのためには、“部門・職位・等級を軸としたビュー”、“職務・職能を軸としたビュー”、“パフォーマンスと価値観を軸としたビュー”などの定性・定量情報が必要となります。

(3)個人の視点
 可視化によるモチベーション向上を狙います。自身のキャリアパスの計画や育成、目標、評価などの軸で計画を立てる、確認する、評価する、改善するなどが個人別のビュー、たとえば、 “キャリアパス設定”、“キャリアパスとのギャップビュー”、“希望職種と現状能力ギャップのビュー”、“他者評価とのギャップビュー”、“高評価者とのキャップビュー”などの定量・定性情報などが必要となります。以下の図は、上記の3種類の利用者に応じたデータベースの登録内容から各ビューの定義をイメージしたものになります。
タレントマネジメントの実現 後編
 人事の視点は、これらの全てを含む機能、「戦略」、「評価」、「育成」の各機能が必要です。さらに、情報管理、情報の可視化、情報の分析が最低機能として必要となります。
タレントマネジメントの実現 後編

情報の可視化

 タレントマネジメントのシステムにおいて情報の可視化は当たり前の機能です。何を可視化するか、という問題は慎重に検討しなければいけません。なんでも可視化するとカスタマイズが発生することがあります。まず、経営者や現場の管理職の立場に応じた可視化が必要となります。
 デザイン性は重要です。各種の統計グラフ、たとえば、棒グラフやレーダーチャート、ブロッキングチャットなどは可視化での効果は非常に高いでしょう。また、表形式も有効です。色分けや表示順などの工夫が求められます。場合によっては、従業員の写真も補助的にあれば、経営陣や管理職は「名前は覚えていないが、顔なら分かる」と言いつつ利用価値を高めることもよくあります。

 著者が良く使う機能として“9ブロック”があります。GEでは標準のツールで、著者も頻繁に使っています。タレントマネジメント製品にこの機能が必須だと思います。たとえば、ある事業部にどのような人財がいるのかをデータで確認するだけでなく、可視化で確認しておきたいことがあります。下の図は、「企業の価値観に合っている人で、パフォーマンスが高い人がどの程度いるのか」、また、その逆の「価値観が合っていない人で、パフォーマンスの低い人はどの程度いるのか」をこまかなデータではなく、全体的なマップで確認したいときに使います。プロッティングのドットで青が男性、赤が女性です。気になる場所のドットにマウスを当てると、その人の顔写真が出てきます。さらに、クリックすると従業員情報が出てくる、という仕組みです。

(注)上記のパフォーマンスのデータは、「目標管理」のデータを使用し、価値観のデータは、ESP診断など外部の適性診断結果をExcelなどで取り込んで「社員管理」のデータとして使用、性別のデータも、「社員管理」のデータを使用した結果です。「目標管理」、「社員管理」の機能名は、次節の図の機能の一部として表記しています。
タレントマネジメントの実現 後編

情報の分析

 人事部が戦略的ビジネスパートナーとなって、人財活用を最大限に実施するためには、従業員の情報を分析し、その結果を適切なタイミングで経営陣や現場管理職へ提示、提案することが求められます。たとえば、年齢別・性別分析という初歩的な分析から、能力の棚卸による育成分析、次期後任者分析、新規事業適任者分析などに至る各種の分析があります。
 例えば、ある事業部の従業員の棚卸において“9ブロック”分析から、パフォーマンスは非常に高いが企業価値観に合わない人財が10名いること、これらの従業員を、今後どのように活躍してもらうのかなどの対応策を、管理職へ報告、提案することがあります。
 これらの機能は、著者が人事部長を務めていたとき、戦略的人事部として必要なツールの一部として活用していたものです。経験と実践的な仕組みを具現化させるために、タレントマネジメント製品の機能強化に協働してきました。その製品が、ワン・オー・ワン社のスキルナビです。
 人事部が戦略的ビジネスパートナーとなって、全社、全グループでタレントマネジメントを執行するためには、IT技術が必須です。人事制度と直結した製品であり、従業員の個別情報を管理し、そこから情報分析を行います。さらに、情報の可視化によって、課題解決の提案をより経営陣や現場の管理職の理解を促進させることができます。このような一連の有機的な流れとそれを助ける製品機能が必要となります。従業員一人ひとりがセルフサービスの仕組みを使って、登録し、更新し、確認することも必要な機能となります。研修履歴やキャリア履歴の確認、さらに、キャリアパスといった将来に向けての計画も管理できる機能があれば、人事部はこれらの情報をさまざまな側面から分析することができます。
 下記の図は、ワン・オー・ワン社の製品の機能です。
タレントマネジメントの実現 後編
 さて、製品構築において、製品の情報管理、社員管理を登録するうえで重要な課題が2点ほどあります。まず、情報の一元化です。次に情報の標準化です。
 この二つはタレントマネジメントを構築する上で最後の壁となります。ここでは、この壁を乗り越えることができなかった失敗の要素について敢えて解説をしてきます。

情報の一元化

 人事情報は意外にもいろいろな部門、担当者、グループ企業によってそれぞれ違った形で作成されています。人事も知らない従業員情報は数多くあります。たとえば、組織毎の緊急連絡網では、プライベートの携帯電話番号、能力・資格情報では、企業が必要としている資格意外の公的な免許や資格、個別特性では、個人の価値観や資質などがあります。これらの情報をどのように一元化させるか、それが問題です。

 人事部が必ずしも従業員に関する情報の全てを把握しているわけではありません。また、その範囲は多岐に渡ります。連結グループまで及ぶと、そもそもそれぞれの人事制度も違う上、人事情報も違い、各社が独自の人事情報を管理しています。人事部内においても現行の人事システムに機能がないため、独自にExcelなどで管理している場合はあります。これらの分散化された、バラバラな情報を一元化、すなわち統一化するより、人事がタレントマネジメントで新たに統一し、一元管理する機能を構築すれば、問題解決だと思ってはいませんか。
 あるべき姿のタレントマネジメントの情報は、一か所で一元化、集中化し管理されたものです。しかし、すべての組織、グループ企業で、人事が勧める情報の範囲とその内容、フォーマットに至るまで100%賛成をしてくれることはありません。すなわち、一元化への複雑で困難なプロセスを通過しなければ、人事部が運用管理するタレントマネジメント・システムは現場では受け入れてもらえません。システムと人事部への信頼性も情報の有効性にも問題が生じてしまいます。
 さまざまな情報やそのフォーマットを全て本社仕様に合わせようと進めたとしても簡単ではないため、新タレントマネジメントのシステムに全てを託してそれに統一化して進めても失敗します。

 情報を管理するとき、各部門、各グループ企業に共通する最低限の共通部分にするのか、それとも、最大の和集合の情報にするのか。タレントマネジメントの運用管理に大きく影響を与える問題です。共通部分にすると、タレントマネジメントの情報は最低限で済むので楽です。一方、全グループ企業の情報の全てを和集合で管理するためにはどこまで利用価値があるかを考える必要があります。
 タレントマネジメントは、基本的には連結決済のグループ企業までを対象としていくので、一元管理の範囲は、一度に完成形ができなくても問題ありません。数年かけて、フェーズ別のプロジェクトで遂行していく計画は作成しておきたいものです。

人事情報の標準化

 一元化するに当たって、連結企業などの場合は、人事制度そのものが違うことがあります。その際は標準化も検討すべきです。標準化の場合、必ずしもすべてが本社仕様とは限りません。全体最適化を考慮して、全組織で共通した、標準的な内容に変更をします。

 標準化におけるよくある失敗例として、等級制度が挙げられます。本社の従業員は18等級、グループ会社Aは6等級、Bは20等級のケースを考えてみましょう。一元化では、本社の18等級に合わせることになるのですが、標準化とは、他社状況や人事制度のマクロ的分析や全グループ企業の状況、さらに、経営戦略や人事戦略も考慮したうえで標準化を決めていきます。その結果、9等級にしたとしましょう。
 ここで気を付けたいのは、一気に全グループがどこも経験していない等級制度にいきなり変更になった点です。標準化の議論を十分に行い、各組織も納得性が得られなければ制度の運用管理も混乱し、制度はできてもその影響をうける従業員内で混乱してしまい失敗になるケースが見られます。
 人事情報の標準化を進めるうえで、同時に人事制度も標準化を検討することがあります。決して不可能なことではありませんが、タレントマネジメントを導入しながら、人事情報の一元化、さらに、人事制度の標準化と3つのプロジェクトを同時に行うことは大企業であっても、中堅企業であっても慎重に行わなければなりません。

 制度を変えるとなると、時間も手間も予算もかかります。同じグループ企業といえども、業界が違う、製品もサービスも違う、顧客も違う、そもそもビジネスモデルが違うという環境では、制度も仕組みも規程も違います。たとえば、先の事例の等級制度ですが、人事制度の骨格となる等級制度を標準化することはそんなに簡単には進みません。しかし、この標準化ができなければ、人事評価制度の標準化、教育制度の標準化を先行して行ったとしても、結局、等級制度にたどり着くことになります。
 制度の標準化は必要ですが、タレントマネジメント導入と同期をとって実施することは、要員の割り当てや、スケジュール、成果物などにとって大きく負担となります。著者のお勧めは、タレントマネジメントを一旦構築したのち、人事制度の標準化のプロジェクトへと進めることです。タレントマネジメントでのプロジェクト・マネージャの経験や知識が得られたら、人事制度の標準化プロジェクトできっと役に立ちます。

 制度の標準化には、1年から3年はかかります。これらを考慮したタレントマネジメントの製品機能がなければなりません。
 たとえば、人事制度の標準化をタレントマネジメント導入後に構築するとします。そうなればタレントマネジメント機能には、本社と該当する関連グループ企業のそれぞれの違った制度が適応できる仕組み・機能が必要となります。それぞれの違う機能を登録するだけでは不十分です。本社機能を仮に標準とした場合、その他の関連企業から本社へ情報を一元管理させるときは、本社との制度の違いをコンバージョン要因(変換表など)として設定させておく機能があるかどうかの検討が必要となります。
 もちろん、これは一時的な機能ですが、標準化させるまでの数年間は必要な機能かと思います。企業間のコンバージョン機能は、根本的には、グループ企業の制度や仕組みの標準化は進めない限り必要となります。コンバージョン機能があるからと言っても、完全に統一させることはできません。最終的に、グループ間での人材の登用、異動、さらには対応といった経営戦略的な人材マネジメントを実現できなければ、本来のタレントマネジメントは発揮できないので重要なテーマとなります。
 タレントマネジメント導入構築に併せて、グループ企業の人事制度や人材マネジメントの仕組みも検討し、標準化させるためのシナリオ作りは、タレントマネジメントを構築する際のグランドデザインとなります。
 まずは、タレントマネジメントの導入範囲を決めて、必要な情報を一元化します。国内の関連企業やグローバルの関連企業のどこまでを範囲とするのかを決めます。また、どのようにして導入範囲を拡大していくか、また、人事制度の標準化、それに、人材のグルーバルや関連企業での相互の異動というようにプロジェクトを始める前に人事部は経営陣と何度も議論を重ねていく必要があります。

おわりに

 人材の顔情報のみの製品から、グローバルに関連企業での人財マネジメントを経営の戦略機能と併せて使用する製品まで幅広く製品群がある中、製品の特定化を目標とせず、人事として、経営としてタレントマネジメントの意義、目的、利益に軸をおいて、検討すべきです。この導入目的や導入手順が明文化できれば、製品の判別はそれほど大変なものではありません。また、プロジェクト体制においても、ベンダー主導で任せっぱなしになることもありません。
 全12回のコラムを読んで頂いた方は「ハコモノのタレントマネジメント制度を導入すれば何とかなる」という安易な気持ちではいられないことをよくご存じだと思います。
 タレントマネジメントを導入し、あらゆる関連企業で人財マネジメントが活発に行われ、従業員の適材適所の配置、経営の成長戦略を実現する人財の登用といったビジョンを、未来洞察を通してその人財マネジメントのありたい姿を描いて戴ければ、最適な制度と製品を通して実現すると思います。

 最後になりましたが、第12回で製品情報を提供していただきました株式会社ワン・オー・ワン社長の二階堂隆様に感謝申し上げます。

 全12回のコラムを最後までお読みいただきましてありがとうございます。