人事部の変革

前回はタレントマネジメントを検討する際、人事における問題の現状認識を深めるために、人事課題を整理し理解し、特に重要な3つの課題を挙げました。そしてこれらの課題の原因に、人事部が関わっていることを理解しました。

 前回はタレントマネジメントを検討する際、人事における問題の現状認識を深めるために、人事課題を整理し理解し、特に重要な3つの課題を挙げました。そしてこれらの課題の原因に、人事部が関わっていることを理解しました。
 経営戦略を実現させるための人事戦略が策定できない、人財マネジメントの仕組みを現場任せにしているなどの課題は特に深刻と言えます。

 今回は、人事部が新たな役割や使命を果たすための人事部の組織変革について解説します。これまで人事は聖域だったためか、経営による変革のメスが最後まで引き延ばされた可能性がありますが、それももうとうに限界点を超えているのです。

経営環境の変化による人事への影響

 今から、20~30年前、人事部に対する期待といえば、新卒採用や入社手続き、教育研修、給与・賞与計算、退職手続きや労務管理といった「人事業務のスペシャリスト」でした。そして、これらの事務処理を完璧に行うことが最も重要な任務であり機能でした。人の使い方(配属や異動、昇格、出向など)は人事部ではなく経営の仕事で、経営資源である「人」は経営会議で決まり、その経営会議の中に人事業務のスペシャリストは招待されることはありませんでした。人事部の仕事は、そこで決まった人事の事務手続きを漏れなく確実に行うことだったのです。

 しかし、時代の変化は加速し、グローバル化によるグローバル経営や海外事業所を含む連結経営、M&Aによる企業成長の戦略が加わり、経営陣だけで人事を決定することに限界が訪れました。
 つまり、国内の親会社だけでなく連結会社を含む全体最適化やM&Aによるシナジー効果を出すための資源の再配分が必要となったのです。
 たとえば、商社のビジネスモデルといえば貿易が主流でしたが、今では貿易をやりながら、事業の軸はM&Aを基本とした事業投資へとビジネスモデルをシフトしており、これまでの貿易の人材要件も成功事例も社内では通用しなくなりました。
 このような経営戦略による経営の選択と集中が、新たな人材要件を生み出し、人材の活用もグループ企業全体に及ぶようになったのです。また、人材の流動化も加速し、経営陣だけで人材活用を戦略的に行うことが不可能になってきたのです。この解決策に、人事部に対する新たな役割や責任が期待されるようになったのです。しかし企業によってはこの役割を人事部ではなく経営企画部に任せるところもあるようです。この判断の材料は「人事部にはこの責任は重すぎる」「そもそも人事部には無理」という気持ちが働いたのではないかと思います。

人事部の新たな役割を自覚し、役割を見直す

 著者は、仕事上、多くの経営者の方とお会いする機会があります。そうした時に、自社の人事部についてお伺いすると、おおいに変革を期待していることがわかります。しかし一方で、人事部が自力で変革をすることは不可能だと考えている方も少なくないようです。その主な理由としては、人事部に新たな役割を説明しても、その本質を理解してくれない、できない理由(現状業務でいっぱいで人がいない、変革を起こせる人材がいないし、スキルや経験、ノウハウもない……など)ばかり並べる、などが挙げられます。

 同じような理由で、海外企業でもはじめは変革が難航しました。現在は見事に変革を遂げた欧米の優良企業でさえ、最初からうまくいったわけではありません。(これらの変革の歩みを第5回のコラム「経営戦略に必要な人事部とは」でご紹介しています)
 変革に適した人材もノウハウもない中、そうした企業を突き動かしたのは、期待されている役割がこれまでになく重要で、遥かに高度化されたものであること、そしてこの役割を務めることができない人事部は不要とされると理解したことです。これにより “変革への覚悟”ができたのだと分析をしています。

 変革への覚悟は、経営陣と人事部とのタウンミーティング、ワークアウトを何度も繰り返して形成されてきました。第2回のコラム「分離された経営戦略と人事戦略の実態」でも解説しましたが、そもそも経営と人事部との間に壁があり“戦略的パートナー”の言葉の意味や役割に大きな乖離があります。経営と人事部との間に、共通言語がないので、まず共通言語を作るために何度も議論を繰り返し、“戦略的パートナー”の定義にブレのないものにしていきました。そして“戦略的パートナー”として、第5回のコラムに記載した8個の重要任務を執行することを共通言語として決めることができたのです。

トップダウンの変革ではなく、ボトムアップの変革を

 欧米の優良企業の行った変革の方法に共通するところは、トップダウンの変革ではなく、ボトムアップの変革でした。トップダウンはあくまでも人事部に対する変革の要望、理由づけ、意義を伝え、理解させ、共通言語がなければ共通言語を作るための議論を含めた機会を提供することだけした。
 人事部が、自ら“戦略的パートナー”になりたいと思うことができれば、経営陣は人事部主体のプロジェクトにし、人事部に任せることが成功要因となることを知っていました。
 失敗要因はこの逆です。トップダウンによる変革では、プロジェクトがうまく機能したとしても、終わってみると人事部から「これは自分たちで決めたのではないのでできない」「人事の実態に合っていないことを要求されても、そもそも無理」「プロジェクト後の責任だけを人事に押し付けるなんて無責任」などの声がありました。これでは人事部自身が変革の意義を理解していない、納得できていない状態のままプロジェクトがスタートし、終わる。そして同時に「後は人事部、よろしくね!」と言われ、そこで初めて人事部の不満が爆発して、結局プロジェクト失敗に終わるのです。トップダウンによる人事部改革の失敗例は、例外がなくこのケースのようです。

 人事部の変革には経営陣と人事部との間の認識を一致させ、人事部自身に変革への意義、意欲、さらに覚悟を決めさせるプロセスが重要となります。このプロセスは手間も時間もかかりますが、ここで惜しみなく議論ができれば、変革への成功のチケットが得られでしょう。逆に、このプロセスを軽視してプロジェクトをスタートしても、求める終着点には到達できないかもしれません。

人事部が戦略的パートナーになる

 変革プロジェクトの目的は、人事部が“戦略的パートナー”になることですが、ではこれまで務めてきた役割はどうなるのでしょうか。
 人事部が“戦略的パートナー”に全面刷新するのかといえば答えは「いいえ」です。第5回のコラムでもご紹介しましたが戦略的パートナーとしての役割は人事部全体の半分です。
もし、仮に人事部に10名の要員がいたとします。その場合、5名が戦略的パートナーの役割、2名が組織・風土変革のエージェントの役割、2名が、人事管理のプロの専門家、そして1名が従業員のチャンピオンの役割という役割のポートフォリオを作る必要があります。これは一例で、実際は役割を兼務することもあると思います。まずは現状の人事部の要員の力量分析から始めなければなりません。ただしその前提条件として、人事業務サービスなどでアウトソースできる給与系機能(給与、賞与、年末調整、持株会など)や福利厚生などの運用は社内では行いません。

 まず、人事部の全機能、全サービスの洗い出しを実施します。著者の経験では、およそ700程度の項目となりました。たとえば、採用のキャリア採用では、①年間採用計画策定、②採用予算策定、③募集内容作成、④エージェント依頼、⑤書類審査、⑥一次面接試験……、このレベル(以下の表の中項目)で採用、教育研修、処遇、評価などの全機能、全サービスを洗い出します。
 これらの項目ごとに、現在の役割を当てはめていきます。
以下の分析表は、現在の状態と、3年後の変革終了後の“ありたい姿”に向かっての各年の遷移を設定したものです。A、B、C、Dの表記は、表の下に解説しています。また、外部委託はアウトソースを意味しており、社内では行いません。
 この事例は、著者がGEのグループ企業の人事部変革プロジェクトのリーダーとして実際に携わった時のものです。
人事部の変革
 外部委託(アウトソース)をする場合、社内と委託会社とのパートナーシップが必要です。これが形成できないと、人事部が戦略的パートナーとなれないこともあります。役割のポートフォリオを作成した内容に合わせて、3年後の役割の比率を検討しなければなりません。戦略的パートナーの役割を5割と設定したなら、3年後の役割を整理して5割になっていなければなりません。そうならない場合は、特にCの人事管理のプロの専門家の比重を検討します。アウトソースできるものがないかも併せて検討していきます。

“ありたい姿”を設定してからスタートを決める

 先ほども述べましたが変革を起こす場合は、3年後の“ありたい姿”を明確に設定します。この目標が設定できれば、そこに向かってのプランを検討します。その際、年度毎の状態も設定し、簡単なロードマップを検討しておきます。
 先の表では、戦略的パートナーの役割のポートフォリオから、変革する機能に対する対応を検討しました。次はAと設定した項目の実業務を見直さなければなりません。その時とても重要なのが、人事部と現場との“共通言語”です。
 いくら人事部が戦略的パートナーとなりたいと思っても、現場の管理職から戦略的パートナーとして認められなければ、良きビジネスパートナーとして機能しないからです。ですからここでは信頼関係の構築も重要です。
 
 戦略的パートナーとしての役割を新たに設置した各項目において、人事が現場を知らないもの、または知っていたとしても不完全なものはないかを確認します。これに該当する項目があれば、人事部は積極的にその現場に入っていくようにします。
 たとえば、先の“年間採用計画策定”で、現在は毎年、各組織の管理職宛に質問票を出し、必要人数やその理由、予定時期などを回答してもらっているとします。変革後の新たな戦略的パートナーは、まず各組織の使命や役割、組織戦略や年間目標、組織課題を理解します。そのうえで現場の管理職と面談し要員増加の必要性などをヒアリングし、悩みや要望を確認していきます。そして会社の採用方針や計画、状況などの説明しながら支援を行うのです。

 戦略的パートナーとなるためには、人事部の根本的な原因を分析し、それを解決しなければなりません。その代表的なものとして、

①現場の管理職や従業員、さらに経営陣とのコミュニケーションの質
②現場の業務と従業員の状況・状態の把握(問題が起こって初めて実態が理解されることも多い)
③経営戦略、組織戦略、事業目標の理解(併せて、理念、ビジョンの再確認)
④各組織の重要課題、緊急課題の把握
⑤現場の業務知識
⑥現場を見る

 これらの対応が、人事部の変革として必要となります。

 次回は、タレントマネジメントの実現について2回に分けて具体的な構築方法を紹介していきます。