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先行き不透明な時代において、人の重要性はますます高まっており、多くの日本企業がリーダーの育成を最重要課題に挙げています。しかし実際のところ、リーダーを十分育成できている企業は少なく、逆に多くの企業が短期的なリーダー研修の実施に終始しているのが現状です。果たして中長期的なリーダー育成の在り方とは? またリーダーがリーダーを育てるためにはどうしたらいいのか? GEクロトンビルの牛島氏にお話を伺いました。
GEではリーダーを育成することをどう捉えているのか。その根底にあるフィロソフィーにはどんなものがあるのか。また、メカニズム的にはどんなことを行っているのか。本日はこういった切り口でお話させていただきます。
まず私が所属しているクロトンビルについて簡単にご紹介させてください。クロトンビルとは地名からとった愛称で、ニューヨークのマンハッタンから車で約1時間、クロトン・オン・ハドソンという村にあります。森に囲まれた閑静な場所で、東京ドーム約4個分の敷地の中に、講堂・バー・宿泊棟などさまざまな施設があります。企業内大学としてだけではなく、社員同士で交流したり、重要な経営会議を行なったり、お客様を招待して未来のビジネスやリーダーシップの在り方について一緒に学ぶなど、まさにGEのカルチャーの発信基地です。
GEのリーダーシップ開発は、今、大きな過渡期にあると言えます。その背景にあるのが、最近よく耳にするキーワードでもある「VUCA」というものです。今の国際政治や国際経済、社会の変化、テクノロジーの発達などを考えたときに、未だかつてないほどに変動性(Volatility)があって、さらに誰も先が読めない不確実性(Uncertainty)や理解困難な複雑性(Complexity)があり、出来事の因果関係が不明瞭で前例もない曖昧性(Ambiguity)に満ちた時代であるということです。私たちGEもこうした環境下、リーダーシップについて真剣に考え、実現していこうとしています。そんな混沌とした状況において、リーダーたるもの、どうあるべきか、何をするべきか。リーダーシップに対するアプローチは大きく変わってきています。一方で、まったく変わらないものもあります。それは「GEでは全員がリーダーであれ」という考え方です。そしてそのためなら、時間と労力とお金を相当つぎ込む。その点は一貫して変わっていません。
リーダーは、ポジションによって人を動かすのではなく、影響力によって人を動かしていかなくてはなりません。そしてその影響力をいかにつけていくか。GEにおけるリーダーシップカルチャーは、次の3つに集約されています。1つ目は、「We are collaborative」。優れたリーダーというものは、他のビジネスとの垣根を超えて、コラボレーションできる人です。彼らは何よりもネットワークを大事にします。2つ目は、「We are experiential」。良いリーダーとは、実践によって学ぶ人です。彼らは経験こそが最上の教師と考えます。そして3つ目は、「We are a meritocracy」。いわゆる能力主義の重視です。能力を示してパフォーマンスを上げられないと、リーダーとは言えないのです。
GEのリーダーシップに対するアプローチは、将来を予想してそこに合わせていくのではありません。これはVUCAの時代には通用しないからです。それよりは、今この時代に何が求められているのかを明確に示していくことが重要なのです。そして人々がそこに到達できるように支援すること。そして一人ひとりが何をしなければいけないのか、責任を明確にすること。そして自分自身が進化し続けること。いわゆる「上がり」のようなことは許されず、上に行けば行くほど、どんどんチャレンジが多くなっていきます。
これらの中でも特に2つ目——人々がそこに到達できるように支援することについて、GEではリーダーシップ開発において実際にどのようなことを行っているのかをご説明いたします。その筆頭にあるのが、経験を通してのラーニングです。ラーニングの80%は実際に仕事をすることによって実現していきます。この80%のラーニングの中に、コーチングやストレッチアサイメント等も含まれます。そして残り20%は、私が所属しているクロトンビルのリーダーシップトレーニングやスキルトレーニングなどです。さらにリーダーシップ開発において柱になっているのが、リーダーシッププログラムというもので、これはさまざまな領域におけるリーダーを促成栽培するイメージです。例えば2年なら2年、異なる仕事をローテーションで行います。意図的に次世代リーダーを集中的に育成するのですが、これには「Early career」「Experienced」「Accelerators」の3段階があり、「Early career」は日本で言うと新卒のイメージです。仕事の経験はないけれど、優秀な人材を採用。ローテーションのもと、さまざまなビジネスを経験させて、チャンスをどんどん与えていきます。「Experienced」が中途社員に、「Accelerators」では我々のベストタレントにファーストトラックとなる機会を与えます。現在、全世界で4000名程度がこのプログラムに入っており、GEのシニアリーダーの約30%はこのプログラムの卒業生です。
GEのリーダーシップ開発については、書籍化などもされ、世の中に広く認知されつつあります。また外資系企業のHRのヘッドには、GE出身者が多いため、GEのプラクティスが多くの企業で展開されています。しかし、いくら外部の人たちがGEのプログラムを学んでも、真似できないことがあります。それはカルチャーです。特にリーダーがリーダーを育成することに対するコミットメントの高さは、一朝一夕には築けないカルチャーでしょう。何しろGEトップのジェフリー・イメルト自身が、多忙にも関わらず、自分の時間の30%を育成に使っているという事実があります。そうなってくると当然、イメルトの下にいる他のリーダーたちにも徹底されるようになります。世の中では一般的に「Leaders developing leaders」という表現が聞かれますが、GEでは「Leaders teaching leaders」という表現を使用しています。「developing」ではなく、あえて「teaching」という言葉を使うのには、理由があります。GEのシニアリーダーは、実際に研修の場に足を運んで、自分自身が講師になるのです。このカルチャーこそがGEにおいて一番大きなものだと思います。
須東 | 「Leaders teaching leaders」をどうやって実現させているのか。また、そのために人事はどんな役割を果たしているのでしょうか? |
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牛島 | ポテンシャルの高い人たちを育てていくというのは、例えそれが自分のビジネスと直接関係がなくても、やらなくてはいけない責務だというのが、そもそも植え付けられています。それこそがまさにGEのカルチャーです。具体的な例を挙げると、GEでは自分たちの業務時間外にボランティア活動を行っており、例えば小学校に行って、GEの創始者であるエジソンの名を冠した「エジソンプロジェクト」を実施しています。これは世の中のためになる発明の種を探してみよう、というワークショップですが、こういったボランティア活動には必ずビジネスリーダーがスポンサーとしてつきます。他の会社なら、こういうことをお願いすると「忙しいんだから勘弁してよ」と一蹴されそうですが、GEのリーダーたちは当たり前のようにそういう役割を務めている。リーダーたるもの、そういうところには必ず顔を出さないといけないという強烈な不文律があるわけです。もちろん「面倒だから嫌だ」と顔を出さないリーダーもいますが、そういう人たちはいつの間にか淘汰され、リーダーでなくなっていきます。つまりもともと背景として、こういうカルチャーがあるのです。 そういった中で人事はどのような役割を担うのか。実はジャック・ウエルチの時代、彼は過激な施策を行った人でしたが、その中の一つとして経営企画の部署を廃止しました。ビジネスリーダーたるもの、きちんと自分でプランニングをして、実行しなければならない、経営企画のブレーンに頼っていてはいけないと、そういう意味合いで、経営企画を廃止。そのかわりビジネスリーダーは、ファイナンスとHRをうまく活用してビジネスの絵を描いていきなさい、ということでした。これは何を意味するかというと、GEの中ではファイナンスやHRのポジショニングが比較的高く、リーダー達との距離が近いということです。このため、人事はリーダー達に直接働きかけ、さまざまな場面や会合に引っ張り出します。そうした場で、社員を鼓舞してもらったり、自分自身のストーリーを共有してもらったりしてもらっています。もちろん、リーダーシップ研修でも必ずゲストスピーカーとして参加者とダイアローグをしてもらってもいます。 |
須東 | 次世代のリーダーをノミネートする際は、どこを見て判断するのでしょうか? |
牛島 | GEには以前は「GE Growth Values」、現在は「GE Beliefs」と呼ばれる行動指針・価値観があります。これに沿って考えたときに、それをちゃんと体現しているのか。もう一つは、実際にリーダーとしてどんな行動を取ってきたのか、さらにその結果どんなポジティブなインパクトを与えることができたのか。シンプルに言うと、そのあたりです。 |
須東 | GEを別格として見るのではなく、日本企業がリーダー輩出企業になるために、学ぶべきことを伺いたいのですが、いろいろやるにあたって能力は結晶性知能と流動性知能に分かれていると思うんです。流動性知能とは新しい適応をするもので、問題解決能力などがそれに当たります。一方の結晶性知能とは持っているものを活用して、仮説を立てたり、応用したりすること。そういう意味で、どちらかというとGEの方々は結晶性知能の高い方がノミネートされて、専門性という部分を大切にされている印象です。逆に日本企業の場合は、ゼネラリストとしていろいろな仕事ができる人が評価されるため、流動性知能を持った人が重視される傾向にあるような気がします。そのあたりの専門性を育てるということに関して、「Early career」の部分ではどのように対応されているのでしょうか? |
牛島 | GEではすべての社員に対して、ある特定領域に関する深い専門知識が求められます。リーダーであっても何かしら強い専門性を持っていること、それが絶対条件です。そのためクロトンビルの研修では、ソフトスキルやリーダーシップの研修だけではなく、ファイナンスやIT、HRなどの専門コースもたくさん用意されており、必要に応じて受けてもらっています。ただ近頃は、ラーニングのやり方も、選ばれた一部の人だけを対象にしていません。不確実な時代に対応していくためには、集団の知性をうまく活用することが不可欠です。よって研修対象者を広げるべく、eラーニングを使い、しかも従来の紙芝居のようなeラーニングではなく、もっとインタラクティブに多様なことが実現できるような新しいプラットフォームづくりを進めています。 |
須東 | GEのリーダーシップカルチャーを維持するために、どのような工夫をされているのでしょうか? |
牛島 | リーダーシップカルチャーとは、究極的に言うと、組織開発によって築かれ進化していくものだと思います。例えば何かしらの目的をもって制度を導入したり、オピニオンサーベイを行い、その結果に応じてフォローアップをしたり、人材開発があったり…それらが有機的に絡み合っていく中でこそ、リーダーは育ち、そういうメカニズムも生まれてくるのではないでしょうか。 |
須東 | では、そろそろ時間も来ましたので、「リーダー育成を考える」トークセッションを終了させていただきます。本日はありがとうございました。 |
牛島 仁 氏 GE クロトンビルジャパン
リージョナルラーニングリーダー
米国ローレンス大学卒。コロンビア大学にて国際教育開発学修士。 AIGのニューヨーク本社にリーダーシッププログラム生として入社し、日本支社人事部にて採用・評価制度・海外人事等を担当。人事企画マネージャー、人事課長を務めた後、DHLジャパン株式会社に人材・組織開発の責任者として入社。 2010年より2年間、ドイツ本社コーポーレート人事にてシニアエクゼクティブオフィサーの人材開発スペシャリストとして勤務。2014年より現職。各種人事団体や心理学会にて事例発表や講演を数多く行ない、人事専門誌への寄稿も多数。また、各種アセスメントツール(EQ検査、ストレス耐性検査、行動特性検査)開発のアドバイザーも行なっている。
須東 朋広 氏多摩大学大学院 経営情報学研究科 客員教授
2003年、最高人事責任者の在り方を研究する日本CHO協会の立ち上げに従事し、事務局長を経て、2011年7月1日より現職。 多摩大学大学院 客員教授、青山大学・専修大学 非常勤講師、HR総研 客員研究員を兼任。2012年より、経済産業省「人を活かす産業」懇談会の委員も務めるなど、様々な委員会で活躍。 著書に『CHO〜最高人事責任者が会社を変える』(東洋経済新報社、2004年共著)、『人事部の新しい時代に向けて』『人事部門の進化;価値の送り手としての人事部門への転換』『キャリア開発とその成果』(産業能率大学紀要、共著)など。学会発表や人材関連雑誌など寄稿多数。