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自閉症の長男を含む3人の子と、うつ病を患い43回の入院と3度の自殺未遂をした妻を抱えながら、同期トップで東レの取締役に就任した佐々木常夫氏。そんな彼が、実体験を通じて語る「家族とは何か」、「仕事とは何か」、「生きるとは何か」——。社員が活き活きと働くためのマネジメントと、いかにして人を育てるかを解説していただきました。
まずは私の家族についてご紹介します。
子供は長男、次男、長女と年子が3人いるのですが、一番上の子が自閉症という障害を持って生まれました。自閉症は、こだわりが強く、コミュニケーション能力に欠陥があるのが特徴です。幼稚園は先生が面倒を見切れず、退園させられ、小学校でもトラブル多発で、私が頻繁に呼び出されました。中学校になるとイジメによって不登校になりましたが、高校に入ると急に授業に興味を持ち出し、成績はクラスでトップに。ところが高校3年のときに幻聴が聞こえだして混乱。やっと卒業するも、一時は入院するほどでした。退院後、施設の近くにアパートを借りて一人暮らしを開始。その頃、私は大阪に転勤になったことで単身赴任となり、毎週金曜日に横浜に帰り、日曜日は長男のアパートに泊り、月曜日は朝一番の新幹線で大阪に戻る、という生活を送るようになりました。
一方、私の妻は、1984年に急性肝炎で入院したのを皮切りに、以後20年間にわたって肝硬変やうつ病で入退院を繰り返していました。うつ病になった要因はいろいろありますが、一つは自分が原因で障害を持った子を産んでしまったと思っていたこと。もう一つは、もともと彼女は家事などで手を抜かない完璧主義者だったため、自分が病院で寝ている間、旦那が仕事をしながら家事もして、障害のある子供の面倒まで見ている状況が、辛かったのでしょう。自分を責め、それがうつ病を悪化させていました。ついには自殺未遂にまで至るほどでしたが、私も仕事があるので24時間彼女を見守っているわけにもいきません。
84〜87年、パートナーは肝炎のため3年間で5回入院。子供は中2、小6、小5の3人。そうした中、私は仕事も家事もすべて計画的・戦略的に行おうと、毎朝5時半に起床して、3人分の食事と弁当を作り、18時には退社。土曜は病院に見舞いに行き、日曜は一週間分の家事をしました。また、会社では仕事の計画性・効率性の徹底、結論先行、会議時間の半減を目指し、資料の簡素化や、何事も常に先を読む仕事のやり方をしました(ビジネスは予測のゲームです)。さらに、趣味や交友範囲などの削減および絞り込みをし、テニスや推理小説とは一時決別もしました。
私にとって非常にラッキーだったのは、当時小5だった娘の存在です。彼女は母親譲りの料理好きで、最初は私の料理の手伝いをしていたのですが、そのうち自分で料理の本を買ってきて、やがてその辺りの主婦顔負けの料理の腕前になりました。私の帰宅が遅くなっても、娘が料理を作って待っていてくれました。私は彼女のことを“戦友”と呼んでいますが、まさに最大のサポーターでした。ところがこの戦友が戦線離脱…。96年に母親の対応に疲れ、家を出たのです。私は一人でもできると思ったのですが、その翌年から、前述したパートナーのすさまじい入院生活が始まりました。
さきほど申したように、計画的・戦略的な行動を徹底させようと思っていたのですが、当時私は経営企画室長をやっており、対応する相手は経営ボードメンバーばかり、社長から会長、副社長、専務までいろいろな人がおり、上司が常に7〜8人いるような状態です。当時の東レは会議が多くて長い、資料も読み切れないくらい出てくる。おかげで私は定時には帰れなくなりました。
一方、97〜03年までの7年間に約40回も入退院を繰り返したパートナーですが、03年以降は一度も入院しなくなりました。なぜ彼女は回復したのか。2003年は、私が東レ経営研究所の社長になった年です。社長ですから、会社の仕事のやり方は私が決められます。つまらない会議はやらない、会議はできるだけ短くする、資料は簡潔にまとめる、通常は全員定時に帰宅する。毎日家に早く帰ってサポートすることが、彼女の安心感に繋がり、うつ病を治していったのだと思います。
誰もが仕事と私生活・家庭を充実させることを求めています。しかし、それができない最大の障害の一つが、長時間労働と非効率労働なのです。仕事の成果と長時間労働とは、必ずしも関係はありません。周りに重荷を背負った人は案外多いものです。身体障害者、精神障害者、要介護父母、引きこもり者…。ちょっと手を差し伸べてあげることが、彼らの大きな救いになります。
最近多くの企業で、ワーク・ライフ・バランスという言葉が使われはじめています。日本語で、仕事と生活の調和という意味です。しかしこれは仕事を定時に終わらせて、私生活を充実させようということではありません。ワーク・ライフ・バランスとは、個人も会社も共に成長するという戦略であり、仕事の改革があって初めて実現できる経営戦略です。ですから、きちんとしたタイムマネジメントが不可欠です。そしてタイムマネジメントをするためには、強いリーダーシップが必要となります。つまり人を育てるマネジメントをしていかなといけません。私が課長になったとき、「仕事の進め方の基本10箇条」というものを伝えました。良い習慣は才能を超えていきます。それは以下の通りです。
「仕事の進め方の基本10箇条」と合わせて、「偏見を含めてのアドバイス」というものも発信しました。それが以下の15の内容です。
タイムマネジメントで最も大事なことは、何かを正しく掴むことです。ですから、タイムマネジメントとは、時間の管理ではなく仕事の管理です。ここで3つの仕事術をご紹介します。
1つ目は、計画先行・戦略的仕事術です。主なポイントとしては、戦略的計画的立案は仕事を半減させる、スケジュール化の癖をつける、最初に品質基準を決める、デッドラインを決めて追い込む、プレーイングマネージャーになるな、最初に全体構想を描く、締め切りは1週間前、締め切りは交渉次第、スケジュール表で時間を見る、時間予算の把握、自分へのアポイントを入れる、部下の昇格準備は1年前から、部下力の強化…などが挙げられます。
2つ目は、時間節約・効率的仕事術です。ポイントとしては、プアなイノベーションより優れたイミテーション、仕事は発生したその場で片づける、拙速を旨とせよ、時には寝かすのは有効、人は決めつけろ、口頭より文書が時間節約・様式を決める、長時間労働は「プロ意識」「想像力」「羞恥心」の欠如…などが挙げられます。
そして3つ目は、時間増大・広角的仕事術。ポイントとしては、パレートの法則・捨てる仕事を決める・拙速を旨とせよ、出ない・会わない・読まない、上司との付き合いは最重要課題、2段階の上司との上手な付き合い方、会議は最小限に・ミーティングは頻繁に、隙間時間の活用・いつも身近に仕事のファイルを持つ…などが挙げられます。
より良いタイムマネジメント実現のためには何が必要なのでしょうか。働き方と生き方には決意と覚悟が必要です。また、仕事の工程表を作ることも重要でしょう。そして、このようなトップの意識と行動が会社を変えていきます。
最後に、人を育てるマネジメントとして、リーダーがやらなければいけないことをお話します。
自分の考えを確立させ、主体性を持つこと。自分のミッションを正しく掴んで、目的を明確にすること。何が重要か、優先順位を決めること。仕事の効率化のために、コミュニケーションと信頼関係を大事にすること。組織を構成する人は十人十色ですから、それぞれの人に合わせた対応をすること。多くを語るのではなく、多くを聴くこと。時間的(精神的)な余裕を持つこと。そして最後は、自分流のリーダーの在り方を自然体で持つことです。
私は自分の著書の中で、「働く君に贈る25の言葉」というものを書きました。そこから5つの言葉を抜粋してご紹介します。まず、目の前の仕事に真剣になりなさい。そして、欲を持ちなさい。欲が磨かれて志になります。自分を偽らず素のままにいきなさい。自分を磨くために働きなさい。そして、それでもなお人を愛しなさい。
以上、駆け足になりましたが、ご清聴ありがとうございました。
佐々木 常夫 氏 元株式会社東レ経営研究所社長
株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。 東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。 家庭では自閉症の長男と肝臓病とうつ病を患う妻を抱えながら会社の仕事でも大きな成果を出し、01年、東レの取締役、03年に東レ経営研究所社長に就任。 内閣府の男女共同参画会議議員、大阪大学客員教授などの公職も歴任。「ワーク・ライフ・バランス」のシンボル的存在である。 著書に『ビジネスマンが家族を守るとき』『そうか、君は課長になったのか』『働く君に贈る25の言葉』『リーダーという生き方』『働く女性たちへ』『ビジネスマンに贈る生きる「論語」』『それでもなお生きる』『実践・7つの習慣』『上司の心得』『50歳からの生き方』などがある。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞。