慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授 岩本 隆氏

タレントマネジメントツールの普及に伴い、近頃は日本でも人事データの“見える化”を進める企業が増えています。そこで問われるのが、“見える化”したデータをいかに経営に活かすかということ。社員個々の人材データベースを構築・共有し、それをしっかりと経営に反映させることで、初めてタレントマネジメントの真の効用が生まれるのではないでしょうか。人材の“見える化”が組織と個人にとっていかに重要なのか。慶應義塾大学大学院特任教授の岩本隆氏に解説いただきました。

経営における人材マネジメントの重要性が高まっている理由

「人材の見える化」が組織と個人の成長をドライブする
そもそもなぜ人材の研究を、我々のような経営学のビジネススクールがやっているのか。まずは経営において人材マネジメントの重要性が高まっている理由をいくつか紹介させていただきます。

先進国では今、労働力による大量生産型ビジネスの減少により、あらゆる企業が付加価値創造型のビジネスにシフトする必要性に迫られています。日本も同様に、特にリーマンショック後は尻に火がついた状態です。

従って、日本でも一人当たりの生産性と組織全体の生産性を高めることが経営にとっての至上命題となっており、先進的企業では、人材マネジメントの仕組みをブラックボックス化するなどし、競争力の源泉にしています。例えばスターバックスコーヒーでは、アルバイトにさえ分厚い研修資料が配られ、家族にすら見せることが禁じられているそうです。

また、さまざまな分野でタレントの争奪戦が起こっており、近頃は企業だけでなく教育機関でさえ、タレント獲得に必死になっています。こうした背景から、人材マネジメントは今や経営にとって極めて重要なテーマとなり、人事部だけでなく、経営者自身が真剣に取り組まなくてはいけないものとなってきました。

サービスフロンティア4.0

政府はGDP600兆円の実現に向け、IoT・BigData・AIを駆使することにより、GDPの75%を占めるサービス産業の生産性を飛躍的に向上させ、世界に冠たるサービス産業群を創出することを目指しています。サービス産業を、自動車産業に匹敵する外貨獲得産業として、国際競争力を抜本的に強化し、世界の成長市場を一気に取り込もうというわけです。そしてGDGの全体の増加分120兆円の内、90兆円をサービス産業で生み出そうと考えています。
では一体どうやってそれを生み出すのか。そのために掲げているのが、「サービスフロンティア4.0」です。主に3本柱として…(1)サービス業に対して、IoT、FinTech等の導入のための補助金を出し、それによって生産性を一気に底上げする。(2)新たなサービスフロンティア市場を創出する。(3)それを国際展開していく…ということを掲げています。

 サービスフロンティアの例としては、観光フロンティア、スポーツフロンティア、健康フロンティア、シェアリングフロンティア、クリエイティブ・フロンティア、エネルギー・フロンティア、教育フロンティア、業務フロンティアなど。これらサービス業の生産性を高めることは、まさに人材マネジメントに関わってくる重要なポイントと言えるでしょう。

タレント争奪戦の事例

「人材の見える化」が組織と個人の成長をドライブする
1つ目は、トヨタ自動車とグーグルの間で激化する人材の争奪戦です。トヨタ自動車が米スタンフォード大学、MITと共同で始めた研究プロジェクトでは、ロボットやAI(人工知能)の分野で名高い研究者Gill Pratt氏が、そのリーダーに就任。これに対してグーグルでは、米フォード自動車の技術職や韓国・現代自動車の米国法人責任者などを歴任したJohn Krafcik氏を、自動運転車プロジェクトの責任者として招聘しました。このように今、IT業界と自動車業界との間では引き抜き合戦が目立ち始めています。

そしてもう1つは、大学の講義をオンラインで、無料で誰もが受講できるMOOCの事例です。これによって、モンゴルに住む16歳の天才少年がMITから合格通知を受け取ったことが話題になりました。大学の授業を無料にする代わりに、世界中の優秀なタレントをMITに集めようというのが狙いです。授業料を取らずに、研究で企業からお金を集められるようにするのが、アメリカの大学経営の最先端の考え方となっています。

ヒューマンアセットマネジメントの考え方

Human resource(人的資源)とは、人間は単なる労働力でなく、会社が持つ資源であるという考え方です。そこから発展したのが、人材を資本として考えようというHuman Capital(人的資本)。これは、人間が持つ能力(知識や技能)を資本として捉えた経済学の概念です。しかし、成長企業、ベンチャー企業などの人材マネジメントを考えると、Human Capitalの考え方では足りないことがわかり、その結果Human asset(人的資産)という考え方が生まれました。これは人材を資本でなく、資産の視点で捉えるというものです。会計をよくわかっている方なら理解できると思いますが、バランスシートの左側で考えることが重要になってきます。

ヒューマンアセットマネジメントのポイントとしては、投下資本をどの程度アセット化できるか、IA(人材・組織力、知的財産、ブランドなどの無形資産)をどう大きくするか、IAを含むROAをどう高めるか…この3点が重要です。無形資産を含めて皆さんの会社には、さまざまなアセットがあるかと思います。例えば、経営者、設備、技術や知財、ブランド、人材マネジメント…など。この中でどのアセットが利益に貢献しているか、現状を踏まえて今後どこを強化していくべきか、ぜひこの機会に考えてみてください。これからのビジネスを考えたときに、最も強化すべきなのは人材マネジメントであるという答えがおそらく出てくるだろうと思います。

皆さんの会社は今どのフェーズですか?

(1)人事データを収集する
→経営に活かすための意味のあるデータが定義できているか。

(2)人事データを「見える化」する
→実際に社内の人材をどの程度把握しているか。

(3)人事データを分析する
→どんな分析ができているか。

(4)分析したデータを経営に活かせている

タレントマネジメントツールの用途

タレントマネジメントツールが現在どういう用途で使われているか、Cornerstone On Demand社のデータを例にご紹介させていただきます。同社で最も使われているのは、圧倒的に「Learning」です。以下、「Performance」、「Succession」、「Connect」、「Compensation」、「Recruiting」、「Onboarding」・・・と続きます。つまり多くのタレントマネジメントベンダーにとっては、ラーニング以外はまだまだチャンスがあるということでしょう。

タレントマネジメント施策~3社の事例

「人材の見える化」が組織と個人の成長をドライブする
ケース[1]:旭硝子「スキルマップ」
従業員を専門分野別に登録し、どの会社のどの部門に、どんなスキルをもった従業員がいるかを“見える化”することで、人材の有効活用やコミュニケーション促進を図ります。

ケース[2]:味の素
 国内外の関係会社から次世代の経営幹部候補200人を選抜し育成する人事制度。世界規模で人材情報を“見える化”することで、早期の登用や適所への配置につなげます。

ケース[3]:カシオ計算機
 カシオ計算機の人事ビッグデータ分析によるハイパフォーマー育成モデルを構築。パフォーマンス、コンピテンシー、モチベーション、スキル・知識、経験の5種類のデータを使って、統計学的に分析し、自社のハイパフォーマーモデルを導き出しています。さらに同社では、人事部が保有する既存データを活かし、業績、アセスメント、多面評価、コンピテンシー、モチベーション、経験など、分析に足りないデータを追加で調査。これらを人財データベースとしてまとめています。

“見える化”したデータを経営に活かす

日本国内でもタレントマネジメントツールの普及が活発化し、人事データの“見える化”に取り組み始めた企業が増えてきています。しかし、ただ単にデータを“見える化”しただけでは意味がありません。“見える化”の目的は、“見える化”したデータを分析して、経営に活かすことです。まずは経営にとって最も重要な課題から取り組むこと。そして、そのためにどういうデータを集めて“見える化”するのか、どういう分析をしていくのか。その点をしっかり押さえることが重要ではないかと思います。
「人材の見える化」が組織と個人の成長をドライブする
登壇者プロフィール
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授
岩本 隆


東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。 日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。
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