慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介氏
変化の激しい時代、そして多くの仕事がサービス業化している現在の日本において、人が育つ職場というのはどういうものなのか。ビジョンと人材像の実質化から、コミュニケーション・仕事を通じた人材育成、キャリア自律に至るまで、人が育つ組織について包括的に整理された15要件を、慶應義塾大学大学院 特任教授 高橋俊介氏に解説いただきました。
変化の激しい時代、そして多くの仕事がサービス業化している現在の日本において、人が育つ職場というのはどういうものなのか。ビジョンと人材像の実質化から、コミュニケーション・仕事を通じた人材育成、キャリア自律に至るまで、人が育つ組織について包括的に整理された15要件を、慶應義塾大学大学院 特任教授 高橋俊介氏に解説いただきました。
変化の激しい時代に「人が育つ組織」の要件とは?
本日のテーマは人材育成です。もう少し詳しく言うと、人の育つ職場とはどういう職場なのかをお話させていただきます。変化の激しい時代となり、日本企業が得意としてきた従来の縦型OJTだけでは人が育たなくなってきました。一方で、製造業の現場が日本からどんどんなくなり、現在日本に残っている職場はサービス業的なものが圧倒的に多くなっています。こうした「変化の激しい時代」と「サービス業」を意識したときに、人が育つ組織の要件とは一体どういうものなのか。
日本の組織における人材育成はどちらかというと製造業、とりわけ大企業のものをベースに形作られてきました。今なお、それらと共通する部分はたくさんありますが、改めて今、さまざまな企業を対象にヒアリングを行い、調べ直してみた結果が、本日ご紹介する「人が育つ組織の15要件」です。
私が提案し、2013年にサービス産業の多い沖縄県で創設された「人材育成企業認証制度」は、「従業員が働きがいを感じ、スキルアップとキャリア形成を行うことができる人材育成に優れた企業を認証する制度」です。その中核的な指標として、今回ご紹介する15要件を使っています。使い方のイメージとしては、社員全員を対象に15項目それぞれについて、「当社はちゃんとできている」「どちらかといえばできている」「どちらかといえばできていない」「まったくできていない」の4段階でアンケート調査をし、「ちゃんとできている」「どちらかといえばできている」のいずれかに75%以上の社員が○を付けている項目が、15項目のうち8つ以上あるかどうか。それが人材育成企業として認められる基準です。
大きく分けて5分野、それぞれに3要件ずつ、合計15項目となっています。もちろん、これらをすべて完璧にできる必要はありません。組織の特徴、あるいは業種の特性などによって向き不向きもありますので、「これは当社には合わないだろうな」と思ったら捨ててください。そうして15項目のうち8項目くらいは75%の社員が○をつけるような状況を、一つの目安にして聞いていただければと思います。
(1)ビジョンと人材像の実質化
これはビジョンと人材像が実質的に機能しているかどうかということ。目指すべき人材像や行動、志向などが社員にきちんと浸透しているかどうかが大きなポイントです。●ビジョンと人材像の明確化
組織として目指す姿、期待される行動や人材像などが明確に定義されている。
→企業ビジョンやビジネスモデルと整合性のある人材像が定義されているか。ビジネスと人材マネジメント・人材育成は表裏一体の関係です。
●人材像に基づく採用・評価・登用
「期待される人材像」に基づいて人材の採用が行われ、その基準が評価制度や人材の登用基準にも十分反映されている。
→例えばスターバックスコーヒーでは、アルバイトを採用する際、コーチング型の面接を行い、スターバックス流のやり方で育てられるかを見ています。こうして採用された学生アルバイトは平均3年勤務する。なぜなら成長実感を持てる職場だからです。
●ビジョンと人材像の浸透・共有
組織として目指す姿や、期待される人材像の意味するところが社員にも広く浸透し、共有され、具体的な仕事の場面での意味を社員ひとり一人が理解している。
→朝礼の唱和だけでは不十分。社長だけでなく、それぞれの現場のリーダーが自分たちの職場の身近な具体例を使って、自分の言葉で話すことで、腹落ちさせることが大事です。
(2)コミュニケーションを通じた人材育成
組織において人を育てるとき、大事な要素となるのが「人が人を育てる」ということ。人が人を育てるための最大のポイントはコミュニケーションです。言葉なくして人は人を育てられません。ここでは、どんなタイプのコミュニケーションが行われているかが重要になってきます。●コミュニケーションを通じた相互理解と支援
社員は、自分の仕事における期待や果たすべき役割について、上司や周囲の先輩、同僚等と十分なコミュニケーションを通じて理解しており、仕事への取り組みにあたって周囲から支援を受けている。
→PC環境で職場が静かになった。職場の高齢化と若者の社会性低下も課題。月1回上司と部下の面談を実施している企業もあります。
●フィードバックによる気づきを通じた能力開発
この会社では、上司だけではなく先輩や同僚、部下、後輩など多様な人から、ポジティブ・ネガティブ両面のフィードバックを受けることを通じて、ひとり一人が気づきを得ている。
→上司が部下を育てるのではなく、皆で育てる仕組みがないと、フィードバックのタイプが偏り、人間観が固定化しやすいです。
●相互に学び支援し啓発し合う組織
この会社では相互学習の場が多く、互いに教え合い、学び合い、刺激し合うことが習慣となっており、社員はそうした機会を十分得ている。
→上司の役割は、教えること以上に教え合う職場を作ることです。
(3)仕事を通じた人材育成
組織において人を育てるとき、「人が人を育てる」ことともう一つ大事なのが、「仕事が人を育てる」ということです。人を育てるような仕事、成長するような仕事の仕方をしているかどうかがポイントになります。●仕事及び必要能力の体系化可視化と自身の能力水準の把握
ひとり一人が、仕事の全体像や背景、仕事遂行に求められる能力発揮水準、それと比した自身の現在の能力発揮レベルを理解した上で、日々の仕事に取り組んでいる。
→仕事の深みと自身の位置を見失うと、仕事をなめてかかるようになります。
●仕事における背伸びを通じた能力開発と成長
一人ひとりが常に成長できる仕事に取り組めるように、育成を意識した背伸びの仕事付与、課題付与が行われ、その過程で経営者や管理職が社員を支援している。
→上司は部下に課題を付与するときに、育成をどの程度意識しているか、成長のためだと理解させているか、そもそも成長に有効な課題で、育成目的で付与可能な課題があるのか。
●キャリアステップの提供による成長の継続
この会社は、個人の中長期的、継続的成長や、キャリアの形成のための次のステップを社員に意識させ、その機会を提供している。
→この会社で長く頑張りたいかどうかは、成長実感以上に成長予感と相関が高い。将来がわからない時代にキャリアパスは見せられないが、次のステップを見せることは重要です。
(4)職場育成機能を補完する人材育成投資
職場育成機能だけでは不十分なため、OFF-JTや自己啓発などで補完する必要があります。●充分な初任者導入教育
入社時(新卒、中途とも)や、職種転換の時など、個人が大きな変化に直面する際、新しい職務、職場に適応するための支援や学びの機会が、会社から十分に提供されている。
→新入社員の早期離職は、ちゃんと手を打てば確実に低下します。
●職場では得られない特定スキル・基礎理論や教養の獲得
この会社は、職場での育成機能(OJTなど)ではカバーしきれない能力育成・開発のために、職場外の学習機会、研修等の充分な人材育成投資を行っている。
→新しいビジネスモデルのノウハウ、一般教養や基礎理論、万が一の時の判断力養成などは、職場では開発できません。
●長期的視点の意図的なコア人材育成投資
この会社は、リーダー人材、高度専門人材の育成など、日常業務では育ち難く育成に時間のかかる人材を長期的視点で発掘し、育成に取り組んでいる。
→リーダーシップは必要になったときに身につけようとしても無理です。また高度専門職は経験豊かな実務専門職とは違い、社内業務経験だけでは育ちません。
(5)人・仕事・キャリアへの取り組み姿勢の形成支援
どんなに人材育成投資をしても、基本になるマインドセットや、仕事に取り組む姿勢が不足していては、なかなか効き目は上がりません。●個人に焦点を当てた人間尊重の風土と人への関心
この会社では、日常の多様なコミュニケーションを通じて、個人が人間として相互に関心を持ち合い、人として尊重し合い、支え合う風土が確率されている。
→例えばサイバーエージェントは、当初高い退職率に悩まされたそうですが、個人に焦点を当てる諸施策などで大幅に改善しました。
●気づきや腹落ちを通しての仕事観や仕事への取り組み姿勢の形成
この会社では、ひとり一人が気づきや納得のプロセスを通して、しっかりとした価値観やマインドセット、姿勢を持ち、自分の仕事に取り組んでいる。
→例えばベネッセスタイルケアでは、入所者「お見送り」の後に必ず振り返りの会を実施しています。
●高い視線や広い視野を持ったキャリア自律の意識の形成
この会社では、ひとり一人が高い視点と広い視野を持ち、主体的に、向上心を持って自身のキャリア形成に取り組んでいる。
→自分のキャリアへの主体的取り組み姿勢は、単純に目標を持てという話ではありません。
株式会社ジェック 取締役 越膳哲哉氏よりご質問
――――変化の激しい時代の中、近頃は「自分のなりたい姿を描くのが難しい」という声をよく耳にします。さきほど自律的キャリア形成のお話がありましたが、この部分をより一層効果的に促進させていくにはどうしたらよいのでしょうか?先の見えない時代にキャリア目標など設定しても意味がありません。どうしても目標がないと元気が出ない人は、元気を出す材料としてキャリア目標を立ててもいいと思います。が、決してその通りにはなりませんので、状況が変わったときに目標を変える柔軟性だけは持っていてください。キャリアモデルも10年、20年前の人とは状況がまったく違うので、真似などできない。ですからあまり有効性はないでしょう。
ではどうしたらいいのか。1番目に重要なのは、自分なりに仮説を持って仕事に取り組む、自分が仕事の中で大切にしている価値観がある、自分がやりやすいように仕事をしている…など、主体的に仕事に取り組むこと。2番目に重要なのは、人間関係に対する投資や布石といったネットワーキング行動。そして3番目に重要なのは、自分のスキルアップのための自己啓発に時間とお金をどれだけかけているか。仕事に主体的に取り組み、それを継続し続ければ、結果振り返ったときに自分らしいキャリアが出来ているでしょう。
ただし、チャンスを与えてくれるのは周りの人たちなので、布石は打っておいてください。そしてスキルも意図的にあげる努力をしてください。この3つさえやっておけば、キャリア目標など立てなくてもまったく問題はありません。ぜひ多くの方々に実践していただければと思います。
登壇者プロフィール
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
高橋 俊介
東京大学工学部航空工学科卒業、日本国有鉄道勤務後、プリンストン大学院工学部修士課程修了。
マッキンゼーアンドカンパニーを経て、ワイアット社(現在Towers Watson)に入社、1993年代表取締役社長に就任。その後独立し、ピープルファクターコンサルティング設立。
2000年5月より2010年3月まで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。
2011年9月より現職。個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティングに従事。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
高橋 俊介
東京大学工学部航空工学科卒業、日本国有鉄道勤務後、プリンストン大学院工学部修士課程修了。
マッキンゼーアンドカンパニーを経て、ワイアット社(現在Towers Watson)に入社、1993年代表取締役社長に就任。その後独立し、ピープルファクターコンサルティング設立。
2000年5月より2010年3月まで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。
2011年9月より現職。個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティングに従事。
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