松本 利明 著 
明日香出版 1620円

本書のタイトルは言葉が尖っている。「稼げる」「稼げない」「男」「習慣」という単語で構成されているわけだが、使い方がうまい。似たような言葉を使ったビジネス本はいくらでもある。「できる」「できない」はその典型だが、手あかが付きすぎている。また「できるヤツ」とは優秀な人材を意味しているが、そもそも定義がない。何ができるから優秀なのかよくわからない。本書は「稼げる」「稼げない」というモノサシで優秀人材を定義し、その思考・行動・生活習慣の共通項をまとめている。
「稼げる男」と「稼げない男」の習慣
「習慣」は最近よく見かける言葉だ。似たような言葉に「慣習」があるが、こちらはある社会や集団で共有されている行動様式だ。日本人は「はじめまして」とあいさつし、お辞儀する。握手することはない。それが日本社会の慣習だ。
 習慣は個人が後天的に身に付けた行動様式だ。ある現象が起こる時にどのように思考し、行動するか。人間は幼児から小児、青年、大人に成長していく過程で、さまざまな経験を経て習慣を形成する。そして個人の能力になる。英語でも「Habit is second nature.(習慣は第二の天性)」という。
 1979年のノーベル平和賞を受賞したヘレン・ケラーは、習慣の重要性に触れた言葉を遺している。「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になる。言葉はいつか行動になる。行動はいつか習慣になる。習慣はいつか性格になる。性格はいつか運命になる」。
 本書の趣旨もヘレン・ケラーの言葉に通じている。「稼げる男の流儀」を習慣にすれば稼ぎ続けることができる。習慣にできなければ、その成功は一過性に終わる。

 自己を開発することで成功を導く啓発本の歴史は古く、デール・カーネギーの「人を動かす」は1936年に出版されている。内容は、「人を動かす」「人に好かれる」「人を説得する」「人を変える」原則である。相手に働きかけて自分に有利なように行動させようという発想である。軸は自分に置かれ、相手を動かして成功をおさめる。
 本書の軸は柔軟だ。他人(外部)と自分の関係を相対的に捉えている。他人を説得して変えることはなかなかむずかしい。そもそも説得しようという言動が反発を招く可能性が高い。
 著者は発想の転換を提案する。他人を変えるのはむずかしいから、失敗する。ならば自分が変わればいい。自分が変われば関係が変わる。関係が変わってしまえば他人も変わっている。そして関係者全員とうまくやっていこうというわけだ。なかなか上手な方法だ。

 本書がうまいと思うのは、論述が二項対立であることだ。二項対立とは、ある価値判断を海と陸、白と黒、善悪、損得、好き嫌いなどという二項で分けて論考することだ。人間の能力は低く、善という概念だけで善自体を理解することは困難だ。悪という概念を踏まえて善という概念の輪郭が見え始める。
 本書ではタイトルで「稼げる男」「稼げない男」という二項を立て、各テーマでさらに詳細に「稼げる男」「稼げない男」の特性を論述している。
 たとえば、
稼げる男は話を「求められる自分を」を目指し、稼げない男は「なりたい自分」を目指す。
稼げる男は話を「解決」を目指し、稼げない男は無駄に「悩む」。
稼げる男は話を「聞き」、稼げない男は自分で「しゃべる」。
 こういうアドバイスは若手ビジネスマンに有効だろう。しかしキャリアをはじめる前の学生にも教えたい内容だ。

 学生や若手社員に対し、キャリアとはこれからの未来にあり、なりたい自分になることがキャリアと言うキャリアカウンセラーが多い。このようなキャリア論を著者は正面から否定しているわけではないが、文章から察するに正反対のキャリア像を持っているように思える。
 「あとがき」に次のような趣旨の文がある。「なりたい自分ではなく求められる自分を周りから聞き、それに応えられるようにしていれば、気づいた頃にあなたの後ろに自分らしいキャリアと言える道ができているでしょう」。
 一般に流布している「キャリア」は未来を夢見る観念的なものが多い。本書で論じられるキャリアは現在時制で実践的だ。こういうキャリア観、キャリア像が常識になることを望みたい。
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