どうやら2016年新卒採用から新卒の就職活動の開始時期が遅くなるようです。今回はこれに関して私見を述べてみたいと思います。

開始時期を遅らせることに意味があるのか?

 長期化する就活が学生の学力に影響を与えていて、3年冬からでは早すぎるからもっと遅くすべきだというのが時期を遅らせる根拠となっていますが、遅くすると今度は卒業までの期間が短くなってしまい、4年の後期まで就活がずれ込んでしまう学生が増えることが想定されます。
就活のせいで卒論が提出できずに留年する者、両方とも結果が出せずに留年する者、卒論は提出できたが就活できずに卒業する者、今までよりも就職率が下がることだけは明白だと思っています。これはおそらく今まで以上にいろいろな非難にさらされることが想定されます。学生は、今まで以上に限られた時間の中で結果を出さなければならないという緊張感に包まれながら、就活を行うことになると思われます。

 しかし、これは考えようによってはプラスの面もあります。大学教育が社会の求める人材育成ニーズに即していないという非難が増えていますが、その多くが社会人基礎力をはじめとする社会で働く上での実践的な力の育成に、大学教育が有効に機能していないという指摘です。では、社会の求める実践的な力とはどのような力でしょうか? 専門的な分野はさておき、基礎的な能力面で見ていくと、「自らの主体性を発揮して自主的に行動」する力や、「失敗を恐れずに果敢に挑戦するマインド」、問題や障害に遭遇した際に「正解探しをせずに自らの創意工夫でその課題を乗り越える努力を行う」ことなどです。これは本学の「就業基礎力12の力」の中から企業側がより強く求める能力として回答していただいた上位3つの能力です(約500社の企業から回答いただいたアンケートの集計)。

こうした能力は何がしかの結果を求められる状況下で、自主的な選択と集中、トレードオフなどの判断を行い、効率的・効果的に自分のリソースを目標達成に集中するような経験を通して鍛えられる能力だと考えています。つまり、今までよりも限られた時間で就活も学業も両方結果を求められるという厳しい状況を設定することによって、上述した働く上で必要な力を養う実践的な環境を設定することができるのではと考えた場合、もしかしたらこれはプラスの面もあるのではと考えられるわけです。

机上の議論で決めることは?

私の知る限り、採用と就職支援の現場では、今回の時期を遅らせることに対して肯定的な意見を述べる方は残念ながらほとんどいらっしゃいません。否定的な意見、もしくは決まったものに粛々と従いますというような諦観に近い意見が多いように感じています。しかし、もしかしたらこのような効果を狙って非難を省みずに断行しようとしているならば、それはある意味大英断なのでは?と思ったりもしますが、残念ながらあまりそのようにも感じられません。

 なぜこのようなものがいつの間にか決まろうとしているのか? その過程を冷静に振り返ってみると、実はとても不思議なことに気づきます。もともとは就活時期が早すぎる、それが学生の学力低下に影響を与えているという論調からこの議論が始まっていると認識しているのですが、それを裏付けるデータがほとんどないということです。「大学4年の4月~5月に就活のためにほとんど学校に来ない学生が多くてけしからん」という教育現場の声があるのは事実でしょう。しかし、就職活動の時期と大学生の学習力の相関関係が検証されていないのに、いつの間にかそのような理由で時期がずらされようとしているわけです。今回の一連の流れの中で、私自身は決まったものに粛々と従うというスタンスで受け止めていたのですが、どこかでとても違和感を感じておりました。「なんか違うのでは?」という思いがあったのですが、それはおそらくそういうことなのではと思います。

就活に関するデータは実は根拠が脆弱なものが多い

私自身、大学の就職支援の現場の仕事についてはじめて実感できた部分が多いのですが、世間で使われている就職関係のデータについて、これほどまでに信頼性が低いものが多いとは思っていませんでした。たとえば大手の就職サイトの発表する学生の内定率の推移のデータですが、あの数字は大学の就職支援の現場で実感値とは相当の乖離があるように感じます。これまではあまりその根拠について注意したことがなかったのですが、あれは基本的には就活サイト利用者の中での有効回答者の集計になっています。就職支援の現場で仕事をして実感できたことで、気づいてしまえば当たり前といえば当たり前の話なのですが、苦戦している学生はこの手のアンケートには答えたがらないため、これは実態よりもかなり高めの数字が出てしまうということです。この時期に「周囲の友人がみんな内定をもらっているのに、自分だけがまったく内定をもらえない・・」と言って、就職支援室で涙ぐむ学生が多いのですが、これもまったく同じ状況で、就活が終わった学生しか就活の話をしないので勘違いしてしまうわけですね。では、この数字は無意味かというと決してそんなことはなく、経年変化や男女、理系と文系の状況などは比較することができるわけです。これも最近注意して見ていると、マスコミも数字だけでなく、その部分を中心にとりあげているようですので、その報道姿勢に問題はないと思うのですが、私も含めた多くの関係者や学生、企業の採用担当者は数字(内定率)に一喜一憂して振り回されてしまっているのではないでしょうか?

 上述した内容はほんの一例です。実は就職率の分母の数字や有効回答者数の定義づけなどについても、実はかなりぶれているものがあるようです。そういう意味では、今の就活の功罪をマクロ的な視点で実態数字を正確に指し示すことはできていないということになります。


 恥ずかしながら本学もそのあたりについてはまだまだの部まずは徹底的な現状分析から分が多いので、あまりここで上から目線で偉そうなことは言えません(笑)。本学も含めて全般的に旧国公立大学は「実態の見える化」については私立大学に比べて相当遅れているように感じます。北陸、特に石川県は全国的に見ても就職支援に優れた結果を出していらっしゃる私立大学が多いので、少しでもそうした取り組みを見習わねばと思いながら、こつこつやっているのが実情です。 

 本論に戻りますが、まずは今の就活の実態がどのような状況で、何が問題でどこをどうすべきかを「見える化」することこそ、喫緊の課題ではないかと思います。これからの日本経済の成長の源泉はやはり人材育成に依存する部分が大きいと思います。国が一体となってこれからの日本の成長のエンジンになる人材育成に取り組まないと、これからのグローバル競争に勝ち抜くことはますます困難になってきますよね。場合によっては産官学共同で、まずは人材育成の有効性を「見える化する仕組みづくり」から議論すべき時期に来ているようにも感じます。

 そういう意味ではHRプロの皆様に、「就活の見える化」の仕組みづくりに対しての提言をぜひ期待したいところですね。

 では今回はこのあたりで・・・。
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